Less Than JOURNAL

女には向かない職業

人生の車幅感覚。

昨日の『浜ちゃんと!』は、坂下千里子が浜ちゃんに車庫入れを教わっていた。生まれてこのかた、わたしは千里子に感情移入したことは一度たりともなかった。が。昨日という昨日ばかりは、千里子が自分なのか、自分が千里子なのかわからなくなるとゆーほどに、千里子と一心同体になってました。テレビの前で。

  • ベンツとベンツの間にクルマを入れる瞬間の恐怖。
  • 夕方のスーパーに行って駐車しようとしたら、後ろが大渋滞になってそのまま逃走。
  • もちろんコインパーキングなぞは論外。
  • そのくせクルマだけは、運転スキルとあまりにも不釣り合いに立派。

などなど、「オーラの泉」で家の間取りを当てられて「ひえー」とか驚いているゲストと同じ心境だったとゆっても過言ではない。いやー。千里子が浜ちゃんに頭バシバシはたかれて「ミラー見れ」「後ろ見れ」「ドア開けて見れ」「そこで切り返さんかいッ」と叱られるたびに、自分が叱られているようでナミダ目になりました。チビチビ左右に切り返してるうちに、何がなんだかわかんなくなってる千里子に胸がキュンとしました。が、かとゆって、なかなかストライクゾーンに入らない千里子に「がんばれ」と思っていたのではない。だって、もう、あれだけのヘタクソの場合、がんばれ以前の問題である。雄大な土地が余ってる土地ならともかく、都内で運転する意味があるのか? そのクルマを運転する資格なし! オレのクルマの隣には死んでも停めるなよ!……などなど、おそらくわたし自身を含めた大半の視聴者が感じていたであろう千里子に対する苦々しい苛立ちは、すなわち全部自分自身への叱責として返ってきていたわけである。そもそも、大きなワゴン車を入れるに充分な駐車スペースを今、とっさに“ストライクゾーン”と表現した時点で、もう、わたしの駐車トラウマっつーか、“千里子度”が知れるというものである。
しかも、テレビを見ていて気づいたのだが、わたしの車幅感覚っつーのは今さらながら素晴らしくめちゃめちゃである。バックに入れ始める角度を見て「おいおい、そこからじゃ入んねーよっ」と先輩風を吹かして千里子にツッコンでみたものの、あれれ、果たしてばっちりの角度ですーっと入りました。
えーと、クルマの先っちょについてるポール、大阪では“ヘタクソ棒”と呼ばれているそうですが。わたくしのクルマには、世の中で最高にカッコ悪いとゆわれている“舶来ブランド・ヘタクソ棒”が燦然と輝いております(T_T)。それでも! それでも! ヘタクソ棒の恥辱の甲斐なく、自分が運転してるクルマの幅がサッパリわかりません。幅っつーか、大きさもよくわかってないかもしれません。そもそも今乗ってるクルマを「けっこう小さくてイイかも!」と思ってたのに、みんなに「わー、でっかいなー」とゆわれておりますし。しかしまぁ、考えてみると、わたしはクルマだけでなく、そもそも人生そのものが車幅音痴だな。自分の車幅をわかってないまま走り続けているのだ。だから追い越す勇気も、狭い路地の抜け道を通って渋滞を避ける器用さも、気のむくまま好きな場所に停めて楽しむ自由も手に入れることができないのだ、などとデタラメに書いてみたら、なんか、ホントにその通りのような気がしてきてちょっと泣けてきました(悶絶)。
そして、番組を見て気づいたことがもうひとつ。車庫入れ音痴が車庫入れしている時の顔は、めちゃめちゃスゴい形相である。もう、千里子の必死顔とゆったら、しいてたとえれば地獄の三丁目。つーことは、わたし……きゃぁ、やめてー、おぞましすぎる。
しかーし。浜ちゃん(と千里子)のおかげで、ヘタクソなりの車庫入れテクをあれこれ学ぶことができました。さらには、それでもさすがにわたしは千里子よりはちゃんと運転してるし駐車してるグッドドライバーだぞよ……という妙な自負をもって、今日、自分を試してみた。駅ビルの駐車場に停めてみた。
うわっ!
ひょっとして、わたしの車幅音痴は一生直らないのでしょうか。神様、わたしのクルマ……いや、わたしの人生に魔法のヘタクソ棒をください(号泣)。