船越英一郎としてのウディ・アレン
●『タロットカード殺人事件』(2006)
近年のウディ・アレンの、いい塩梅の《抜け感》がたまらなく好きだ。
ちなみに、前にも書いたが、ウディ・アレン先生がイイ感じになりだした様子と、ボブ・ディラン先生がDJに挑戦されるわクルマCMに出演されるわの『どう思われてもけっこう』状態に突入してノビノビされだした様子が、どうにもだぶって見えてならない。
長いこと「これがわかったらエライ人」という踏み絵の役割をさせられ続けてきた伝説の男が、いきなり庶民が予想もしていなかった方向に解脱した。という感じが似てるってことなのか。て、なんだそれ。
この『タロットカード殺人事件』と、その前の『マッチポイント』。2作とも、舞台はロンドン。そして、まぁ、ヒッチコック趣味とアレンらしいユーモアが云々……と言われているが、思うに、どちらもウディ・アレン史上最強の《2時間ドラマ》だ。『マッチポイント』のほうは、ちょっとシリアス系の正当派《火サス》。で、『タロットカード〜』のほうは、もう、土曜とか日曜を超えて《月曜ドラマランド》が入ってるかってくらいの、めちゃめちゃカネのかかったユルユル系みたいな。
そもそも、最近じわじわと2時間ドラマ色(ファンの期待を裏切るヒネリのなさ、というか)が出てきた印象はあったのだが。ここにきて遂にふっきれたというか。加速したというか。やっぱ、アレン映画といえばマンハッタン!をいったんリセットするには、ニューヨークを離れてロンドンに行ったのはナイス判断だったのか。
鍵となるのは、2作連続でヒロインを演じるスカーレット・ヨハンセン。
スカーレットという久々の絶対的ミューズを得たことでアレンは復活した、という評判だったが。それって、ミア・ファローとかダイアン・キートンをミューズに据えた時とはちょっと意味が違う。そこがポイントだ。なんか、もう、おぢさんが、典型的なおぢさんキラーのスカちゃんにメロメロ……てな感じの、あまりにも直球ド真ん中な図式なのがもう、めちゃめちゃ、素敵。まさしく、ディラン先生がDJをやるっていうので、どれだけ革新的なトークをするのかとワクワクしていたら、「それではお聞きいただきましょう。キング・オブ・ウエスタンスウィング、ボブ・ウィルス〜♪」みたいな超まっとうなことを言うもので、それを予想外に思うも、次の瞬間、まっとうなことをまっとうに伝えるディラン先生を《予想外》だと思った汚れた自分を反省し、ディラン先生のカッコよさの神髄に触れた思いになる……という感じに近い。ややこしいけど。なぜスカーレットを起用したかってゆーと、スカーレットが若く美しく人気があって演技も一生懸命で勉強家で性格もいいからだ、それ以上の理由が何か必要か? てな。
もう、見れば見るほど『タロットカード殺人事件』は2時間ドラマの最高傑作である。
しかも、夏休みスペシャル特番みたいな。予算倍増、豪華キャスト、豪華ロケ敢行、だけどファミリーで楽しめるようにお色気控えめで、おもしろギャグも満載、そして夏休みだからちびっコにサービスで幽霊も出しちゃうヨ! みたいな。
ウッディ・アレンが演じるのはニューヨークから来た、さえないインチキ手品師。
この設定からしてすでに、完璧な2時間ドラマ定番の匂いぷんぷん。
日本ならこの役はもちろん、キング船越(三の線モードの)で決まり。
スカーレット・ヨハンソンは同じくアメリカからやってきた、美人で、好奇心旺盛、だけどおっちょこちょいな、ジャーナリスト志望の女子大生。
ええ、そうです。
THAT'S 浅野ゆう子!
トレンディドラマ以前、2時間ドラマの女王として華麗なるブレイクを遂げた当時の浅野ゆう子のためにあるような役ではありませんか。
ふたりは、旅先(観光名所も随所に挿入必須)で起きた怪事件をきっかけに出会い、イヤイヤながらも一緒に事件を究明するハメに。最初はお互いブツクサ文句を言いながらケンカばかりしていたが、事件解決のために力を合わせるうちにいつしか奇妙な友情と信頼が生まれ……。
おいおい。
まさに定番中の定番、ちょっとポンチなハラハラ・プラトニック状態!
いや、マジで、アレン先生は80年代《火サス》マニアじゃないかと疑ったよ。
美人でおっちょこちょい。というわけで、この作品でのスカーレットは本当にダサダサなアメリカ人観光客ファッションをさせられっぱなし。ふだん着はメガネにキュロットスカートで、色気のない女子大生ですよーという設定を強調。しかも、この映画における唯一のセクシー・シーン(火サスでいうと、本筋にあまり関係ない場面なのに番宣とスチール写真でバカみたいに使われまくる場面)はスカーレットの水着姿なんですけどね。これがまた、信じられないことに深紅のスクール水着! これもまた、昔、浅野ゆう子が白い水着にマジックペンで落書きされまくってニコニコしていた不遇時代のCMを思い出させる、おそろしくふつうのスク水。
今や世界一妖艶な美女とされ、彼女を起用するすべての映画監督はいかに彼女をセクスィーに撮るかに持てる才能のすべてを振り絞るといわれるスカーレットにね、誰がキュロットスカートはかせて、おっちょこちょいなこと言わせて、赤いスク水を着せて、事件の真相を探るために《美女に変装》して容疑者に接近するも、根がおっちょこちょいなのでドジばかり……みたいなことをやらせますか。
それはもう、伝説のウディ・アレン監督しかいないでしょう。
まぁ、そんなことさせちゃう裏側には、当然、「若い美人にメロメロなダメおじさんでぇーす」と言いながらも、女王スカーレット様に有無をいわさず羞恥プレイもどきの役をさせられる大監督のサドっぷり……みたいなものもチラ見えして、ここは長年アレン先生のナルに慣れ親しんできたファンの萌えポイントではあるのだがね。
が、ま、基本はそーゆーアレン映画の王道である裏読みなしが好ましい、つか、裏読みなしで楽しむ歓びを与えてくれる火サスなわけで。
いわば、
現代の2時間ドラマ帝王である船越英一郎と、かつて2時間ドラマのミューズであった若き浅野ゆう子が時空を超え、2時間ドラマ用語で言うところの《迷コンビ》を組む。
みたいな、まさに夢の豪華キャストによる究極の《2時間ドラマ》。
すげぇ。
わざわざ時空を超えてまで《迷コンビ》を組むのか!?
みたいな。
凡人には理解が及ばぬ価値観。そこがいいのよ。そもそもウディ・アレンっていう人はずーっとそんなことを続けてきたわけだしね。と、ものすごくムチャな着地を試みてみる。ま、でも、すでにこの話は、ねじれまくってるし。別に着地しないでもいいか。
冒頭シーンでは、死んだ新聞記者の幽霊が三途の川を渡っている。そこで、彼が物語の発端について完結に説明をしてくれる。で、この幽霊がまた、出演場面は少ないものの、この物語に欠かせない重要な役割を果たしているわけで。これは2時間ドラマで言うところの、最後にクレジットが出る「特別出演」枠だよ。おお、ことごとく2時間ドラマだなぁ。この幽霊役はできれば、これも時空を超えて船越父にお願いしたいものだ。そうでなければ福山とか、海老蔵とか、そういう唐突な大物を。
(あ、特別出演といえば、疑惑の貴族邸の女執事役はぜひ、市原悦子のカメオ出演を!)
ところで、そもそも日本の2時間ドラマってどーゆー狙いで始まったのかなぁと考えてみると……ひょっとして、もともとはヒッチコック劇場とかのイメージだったのかな。だとすると、ヒッチコックのユーモアとサスペンスをアレン流に昇華させたとされるロンドン・シリーズが火サスってのは、あながち……いや、そんなバカな。
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