Less Than JOURNAL

女には向かない職業

今野雄二さん

 夜半になって、今野雄二さんが亡くなったことをツイッター経由で知った。

 私が中・高校生の頃はまだMTVもなく、当然ネットもなく、音楽の情報はひたすらラジオや雑誌からだった。そんな時代、テレビ(もちろん地上波しかない)で最新の音楽情報やビデオクリップが毎週見られる番組といえば、今野雄二さんが出演する水曜日の《11PM》。その頃、ロキシーミュージックを初めとする今野さんのプッシュする音楽で好きになったものもあれば、好きにならなかったものもあった。だけど、今、ニューヨークで何が起こっているのか、ロンドンで何が起こっているのか、東京では何が始まるのか……を、楽しげに紹介してくれる今野さんの音楽コーナーを、毎週ほんとに楽しみにしていた。まだ家にはビデオデッキもなく、文字通りテレビにかじりついていた。お金も情報もカンもない思春期、わたしに音楽を教えてくれた授業のひとつは間違いなく水曜イレブンの今野雄二だった。誰も名前も聞いたことがない、ワケのわからない音楽を、今よりもっと大きな影響力があって、もっとマスだったテレビ番組で紹介する……いわば「説得する」という作業に近いような時もあったけど、それを情熱を持って紹介することによってバカな中学生も心を動かされる。そのすばらしさを身をもって知ったわけで、特に意識はしていないけど、今の仕事をしていることにも影響がないわけではないんだと思う。

 その頃、今野さんがプロデュースしたニューウェイブ・アレンジの「It's my Party」のカヴァー・シングルが好きだった。覆面オールスター・キャスト名義で、誰がいたんだっけ。忘れちゃったけど。女の子が、自分のパーティで彼氏を男に奪われて泣いてるっていう設定になっていた(*^_^*)。

 まだ仕事を始めたばかりの頃に、とある映画の試写に行った。終映後、関係者で満員のエレベーターに向かって突進していったら、閉まりかけた扉を片手で押さえて、片手でどーぞと手招きをしてくれた人がいて、顔を見たらホンモノの今野雄二!とビックリした。その時、いつか一人前になったら、ちゃんとご挨拶をしたいと思ったことをものすごくよく覚えている。なんというか、いつかは11PMのお礼を言えたらなと思っていた。

 その後も企画した書籍で原稿を書いていただいたり、そもそも同じ雑誌で執筆をしていたのでお会いして話をする機会はたくさんあったはずなのに、今野さんはなぜかお会いできないままの人だった。というか、お会いできないけど、すれ違うことがとても多い方だなーといつも思っていた。というのも、先月末まで15年以上、我が社のオフィスは今野さんのお宅のご近所だったのだ。だから、同じクリーニング屋さんで、私の前に並んでらしたこともあるし。ワインショップでは、袋はいらないよってボトルをそのままぶらさげて店を出る所作がとてもスマートで、なんかうっとり見とれてしまったこともしばしばだし。近くにある老舗のお店に年上の業界人と行くと、よく「ここ、昔、今野さんに連れてきてもらった」と言われた。て、なんか、こんなこと書くとストーカーみたいなんだけど、ホントにたまたま、ものすごくよくお見かけしていたのだ。そのたびに、ああ、ひとこと声をかけてみようかと逡巡しては、いつか、きっと、次の機会に……と思っていた。なんとなく、まだ、己を名乗るほどの人間ではないなと思ってたのかな。よくよく考えると、じゃ、どれほどの人間になるつもりだったのかと思うけど。とにかく、結局、今野さんも私もまったく違う事情で代官山から離れることになったということだ。

 95年、ドン・ウォズが作ったブライアン・ウィルソンのドキュメンタリー『駄目な僕』。この作品に感銘を受けたということで、今野さんがミュージック・マガジンにブライアンの記事を書かれたことがある。その時、前号か何かで私が同サントラについて書いた記事を引用してくださっていて、なんか、とても嬉しかった。

 加藤和彦さんが亡くなったのも、つい先日のような気がしているのに。まだ日本の音楽シーンが未成熟で発展途上にあった時代から、たくさんの財産を残してくれた方がまたひとり、自ら死を選んで旅立ってしまった。直接お会いしたいとか、お仕事したいとか、自分が興味のある音楽について何か教えてもらいたいとか、そういうことではなくても、まだまだ、たくさんのことを世の中に刻みつけていただきたかったと思うし。好きな映画や音楽を楽しむ、そんなフツーの時間をまだまだたくさん持つことのできる若さだったと思うし。残念だし、淋しいし、なんか、うまく言葉で説明できないけどちょっと悔しい。

 奇しくも、なのか、そうでないのか、は知らないけれど。よりによってフジロックロキシー・ミュージックが出た翌日だなんて。なんということ。そのこともあって、よけいに淋しい気持ちになる。

 どうぞ、安らかに眠ってください。合掌。