Less Than JOURNAL

女には向かない職業

昔ふう中華そばとTボーン・バーネットと私


 ラーメン道には疎いので、おおざっぱなラーメン話になることをお許しください。と、最初にあやまっておきます。

 で。 

 しばらく前のこと、名門つけ麺店の弟子筋にあたる新店がオープンするまでの舞台裏…というテレビ番組を見た。このお店で出すメニューはふたつ。ひとつは、昨今のブームの主流とは対極にある革新的な新ブランドつけ麺。そして、もうひとつのメニューはいわゆる、昔ふうのシンプルな中華そばなのだそう。この名門系列の家元?にあたるつけ麺店の創業者が昭和30年代の東京でよく食べていた……というラーメンの味をイメージして作り上げた、とのこと。*1

 熾烈を極める東京ラーメン戦争のさなか、名門系の流れをくむ若手が世に問う革新的つけ麺。ということは、シロートの想像ですが、音楽でいえばオリコンチャート初登場でトップ10入りの使命を背負った新人バンドみたいなものではないかと思うんですが。私が何よりも興味深く思ったのは、最新型のつけ麺と、昭和の中華そばが二枚看板という点。このバランスが、面白いなぁと。だって、それってなんだろ、コブクロとセンチメンタル・シティ・ロマンスの二枚看板みたいなことでしょ。それはすごい。

 最近の人気ラーメン店というのは、どこも魚粉がナンタラとか、●●系の○○味とか、どんどんマニアックになっていく、もしくは、どんどん消費されてゆく流行サウンドにも似た刺激を売り物にして競いあっている印象がある。もちろん、それが全部ではないのだろうけれど。ただ、先日ふと、おいしい「ふつうの中華そば」が食べたいなぁと思った時に、そういえば最近、ごくごくシンプルな東京風のしょうゆラーメンって見かけなくなったなぁと思ったのだ。
 札幌とか福岡みたいに名物ではないけれど、東京には昔からフツウに東京ふうのラーメンというものがあった。それは、子供の頃から“どこの店にもあるラーメン”だったはずなのだけれども。いつの間にか、なかなか見つからなくなっていた。もはや、フツウのラーメンは日高屋みたいなファストフード的なスタンス以外には需要がないのかな。なんてことを考えていた矢先だったので、「名門筋の人気店が出す、昔ふう中華そば」というニュースが気になったのだと思う。


 いまや、「フツウの中華そば」を食べるためにわざわざ有名店を探し歩く時代なのか。と思ったところで、ふと、気づいた。


 音楽も同じだよね。と。

 その好例といえば、今をときめくTボーン・バーネット先生の仕事である。


《昔ながらのまっとうな中華そばを、いま考え得る最良の素材と手段を得て再構築する》


 これと同じことを、Tボーンは昔からずーーーーっとやり続けているのだ。彼としては、自分にとってアタリマエのもの、フツウのものを作り続けてきた意識が強かったはずなのだが。昨今ではTボーンがプロデュースする作品が「ナウい」とか「オシャレ」とかいうネジレ現象まで起きているようじゃないか(笑)。これはまさに、昔ふうの中華そばが流行の最先端に躍り出るのと同じことだ。うれしいけど、なんかフシギ。

 最近の彼はノリすぎじゃないかってくらいノリノリで、秀逸な“中華そば仕事”を次々と出しまくっているのだが。なかでも特筆すべきは、春に出たウィリー・ネルソンの新作『Country Music』。

Country Music

Country Music

 これはウィリー翁がクラシック・アメリカーナの名曲――広義のカントリー・ミュージックという風に言ってもいい――を歌うカヴァー・アルバムだ。ナッシュヴィルのスタジオで、当地の名プレイヤーたちと共に録音されている。同じくTボーンのプロデュースで2009年のグラミー賞を獲ったロバート・プラントアリソン・クラウスの「Rising Sand」とほぼ同じメンバーで、まぁ、つまりTボーンにとって現時点で最強の一軍スタメンが勢揃いしてるってことだ。

 日本ではあまり馴染みのない曲が多いかもしれないけれど、アーネスト・タブやマール・トラヴィス、ドク・ワトソンらの名曲や、トラディショナル・ソングが取り上げられている。いちばん知られているのは、細野晴臣さんも近作で歌っている「Pistol Packin' Mama」あたりだろうか。

 このアルバムがよくて、よくて、もう、本当によすぎて困ってしまう。

 4月以来、ずーっと手元に置いてある。楽しい時も、つらい時も、眠い時も、淋しい時も、隙あらばコレを聞いてしまう。
 何がそんなにいいのかって訊かれると、うまく説明できないのだけれど。それはたぶん、余計なことを何もしていないところがいいってことなのだと思う。
 個性派プロデューサーと組んだり、ジャズやポップスを歌ってみたり、ジジイになってもロックンロールしてみたりレゲエしてみたりと、いろんな冒険をしてきたウィリー翁が、ここに来て『Country Music』としか名付けようがない王道カントリーで勝負。
 いい曲を、その曲に最もふさわしいスタイルで、ただアタリマエに歌っている。
 ただそれだけのアルバムなのだけど。その“ただそれだけ”が、今の時代、何よりも得難い魅力となっているのだ。つまり、なんてことないけど死ぬほど美味な中華そば……みたいなアルバムってことだ。

 ちょっとひねくれた言い方をするならば、同じくウィリー翁がスタンダード・ソングを歌った不滅の金字塔アルバム『スターダスト』のカントリー版と評することもできるのだけど。カントリー歌手であるウィリー翁がジャズ・スタンダードを歌うというコンセプトからして洒落たひとひねりだった『スターダスト』に対して、こちらはもう、究極の《モチはモチ屋》なアルバム。タイトルからしてズバリ『Country Music』だもの。
 本来ならば、こんなヒネリのなさすぎるコンセプトやタイトルや内容はありえない。が、ヒネリがないってのは、裏を返せば究極を意味する。タイトルも選曲もサウンドも、すべてはウィリ−・ネルソンにしかできない奇跡のバランスの上に成立したアルバム。どんなに実力派でも人気者でも――ジャック・ホワイトでもブラッド・ペイズリーでも誰でも――コレをやるのはまだまだ早い。息を吸って吐くだけで、全身からホール・オブ・フェイムのエキスが滴り落ちるような貫禄が身について初めて作れるアルバムである。

 ただし、このカヴァー・アルバムは1曲目だけはウィリー翁によるオリジナル曲。その名も「Man With The Blues」。タイトルだけでもシビれるが、曲はもっとシビれる。この曲は、昔ながらの中華そばを出す店の入り口に掲げられた看板。屋号みたいなものかな。“大勝軒”とか、元祖××とか。

 でも。ウィリー・ネルソンがこういうアルバムを作るのは、やはりTボーン・バーネットというプロデューサーがいたからなのだ。間違いなく。だって、たぶんウィリー・ネルソンにとっては空気のようにアタリエマエのものだから、それを商品化する価値観というのは第三者の登場によって初めて育まれるのである。

 常に斬新な創作ラーメンを作り出す有名店のガンコなマスター(ウィリー・ネルソン)が、仕事を終えて店じまいした後にひとりで作るまかないラーメン。ある時、たまたまそれを御馳走になった業界ナンバーワンのあやしいフードプロデューサー(Tボーン・バーネット)が、「こんなカンタンなもの商売になるかい、昔はどこにでもあったフツーのラーメンだよ」と渋る店主を説得して商品化……みたいなイメージです(笑)。

 ピュアな音楽は“素材”だから、商品としては加工したほうが価値が高まる。
 という、音楽シーンに長らく常識としてはびこってきた付加価値幻想。それは、ホントに幻想なのだ。ピュアであることと素朴であることが混同されることで生まれた幻想、もしくは誤解。Tボーン・バーネットは、それをブッ壊すことによって新たなルーツ音楽ムーブメントを生み出した。

 Tボーンのプロデュース作品には、何となく共通する匂いがある。郷土色というか、個性は異なっていても同じ土地で生まれた音楽って感じがするのだ。その土地――仮にTボーン宇宙と呼ぶ(笑)――は、なんというかミラクル・パワー・スポットみたいな場所なのか何なのか、訪れた者に奇跡を起こす。よその土地では古くさいとか素朴すぎると思われていたような音楽であればあるほど、このTボーン宇宙では生き生きとモダンに輝き出すのだ。そういう魔法がある。ただ、まぁ、魔法使いと呼ぶには、Tボーンはあまりにも理論的で現実的で職人気質なんだけどね。森ガールならぬ森ジジイ的インチキ臭やメルヘン臭は皆無で、そんなクール&ガンコ職人なところも最高。

 カントリー、ブルースを中心としたルーツ・ミュージックのピュアな魅力をメジャーでモダンなフィールドに送り込むTボーンの手腕は、ロック・ファンの間では昔から注目されていた。それこそローリング・サンダー・レビューの昔から。が、広く世間に知れ渡るようになったのは、やはり映画『オー!ブラザー』のサントラでアカデミー賞を受賞した頃からだろうか。以降、ピュア原理主義をどんどん突き詰めてきた感のあるTボーン先生だが。この『Country Music』でひとつの到達点を迎えたように思う。

 少し前に出たジェイコブ・ディランの『Women+Country』も素晴らしくて、以前ウォールフラワーズ時代にプロデュースを手がけた作品と比べても、よりピュアなエネルギーを引き出している点でお気に入りなのだが。ウィリーの『Country Music』と聞き比べると、やっぱりジェイコブの方がオーヴァー・プロデュースな部分=Tボーンの功績が大きいのが見えてしまって。そのあたり、気になりだすと気になっちゃうのよね。
 素材が熟成しているほど、Tボーンは裏方に徹する。だから、若いジェイコブに対してはまだまだ、オレの力を貸してやらねば……といった思いもあるだろうし。まぁ、そんなアニキ的なTボーンも嫌いじゃないし。どっちがいいということではない。カントリー・ミュージックは好きじゃないけど、Tボーンのオルタナ・カントリー的な世界が好き…というロック・ファンも多いだろうし、そういう人にはウィリーのアルバムは地味すぎると感じるかもしれないし。


 なんかもう、最近のTボーン・バーネットには風が吹きまくってるのか、自分で吹かせまくってるのか、とにかくノリノリすぎてハズレなし*2。やってる仕事も多岐にわたりすぎて追いかけきれないんですが。

 ついでと言っちゃなんだけど、もうひとつだけ。

 最近のTボーン・バーネット《昔ふう中華そば仕事》として(笑)忘れてはいけないのが映画『クレイジー・ハート』。主演男優賞を含む4部門でアカデミー賞ノミネート。ジェフ・ブリッジスが主演男優賞を、そして主題歌「The Weary Kind」によって作/歌唱のライアン・ビンガムとプロデューサーのTボーンが歌曲賞を受賞した。今やハリウッド・サントラ大巨匠としてもブイブイゆわせているTボーン先生だが、この映画では音楽プロデュースのみならず作品製作者としても名を連ねている。つまり、自らカネを出しても作りたかった映画ということです。

↑日本公開を待ちきれずにUS版DVDで見たんですけど、日本版も来月には出ますね。楽しみ。
 

 しかし、最初に映画の紹介記事を読んだ時はビックリした。今どきこんな映画、ホントに作ったの?と思ったくらい。ある意味、ちょっとすごいストーリーだなぁと。

 主人公のバッド・ブレイク(ジェフ・ブリッジス)は57歳、落ちぶれた元カントリー・スター。古巣のレーベルもクビになり、アルコールに溺れてボロボロ。結婚生活も破綻。古巣のレーベルもクビになり、さびれた場末のクラブやモーテルのショウでかろうじて食いつないでいるが、泥酔してステージをメチャクチャにすることもしばしば。弟子筋のトミー・スウィート(コリン・ファレル)は、今や世界的スーパースターなのに。そんな時、彼の人生に興味を持った若いべっぴんの新聞記者でシングルマザー(マギー・ギレンホール)が取材を申し込んでくる。で、なんだかんだで一夜を共にして二人は恋に落ちて。ブレイクは、愛するひとのために復活をめざして……なんたらかんたら。

 そう、あまりにも典型的な《カントリー歌謡ドラマ》なのだ。

 カントリー歌手の富と名声、そして庶民の音楽であるカントリー音楽の原点の狭間での自分探し……。日本ではほとんど公開すらされないことが多いけれど、カントリー歌手が主役の映画はたいていそんな感じで、人気歌手が主演した作品も多い。
 さしずめ日本でいえば大映ドラマか火サスか水戸黄門か。そんな風に想像していた。
 しかし、そこにTボーン・バーネットがイッチョガミしているという。
 なぜだろう? なぜ、あえてメロドラマに本気で取り組むのか?
 それを言うなら、主演のジェフ・ブリッジスにしても同じこと。クリス・クリストファーソンのコスプレかってくらいに似ているけど、カントリー歌手になりきって熱演。あの名優が、そこまで入れ込む音楽映画というのはどれほどすごいのか。

 まぁ、百聞は一見にしかず。実際に映画を観たら、あっとゆー間に疑問は解けた。ちなみに、日本公開を待ちきれずに米版DVDを買いました。

 『CRAZY HEART』は、確かにコッテコテのカントリー・メロ・ドラマの現代版といえるだろう。
 これまでB級娯楽映画の世界で脈々と続いてきた、伝統的な骨格をしている。
 が、それでも『CRAZY HEART』はB級娯楽映画ではないし。実は、正確に言うならば、コッテコテのカントリー・メロ・ドラマのように見せかけつつも、そうじゃない。

 とても普遍的でわかりやすいがゆえに、過去さまざまな作品の中で使われてきたストーリー。マンネリの心地よさも含めたカンタンさゆえ、ぞんざいに扱われがちだった登場人物やシチュエーションの設定。つまり、結果として、良質なスタンダードでありながら、ゆえに使い古されてしまった素材。それを《超一流》の作品としてリメイクしたのが、『CRAZY HEART』だ。B級映画に大金をかけて底上げするような、そんな成金的な発想の映画ではないかと疑った自分の想像力のなさが恥ずかしい。

 まさに、Tボーンが音楽プロデュースでやっているようなスピリットが全編に息づいている。カントリー・ファンにとっては、ジェフ・ブリッジス演じる主人公の中にさまざまなミュージシャンの面影を見つける楽しみもある。基本的に見た目はクリス・クリストファーソンなのだけど、ライブ場面はウェイロン・ジェニングスっぽかったり。お騒がせセレブっぷりには、ジョニー・キャッシュの影を見たりもする(笑)。これでウィリー・ネルソンっぽいところを見つけたら“ひとりハイウェイメン”だわ。

 ネタバレになるので詳しくは言えないけれど、ものすごくいいところで引用されるのが、ビリー・ジョー・シェイバーの歌詞だったりするのもまた心憎いポイント。アカデミー最優秀引用賞をあげたいくらい。

 最近の音楽映画といえば、たいていが実在のミュージシャンのbiopicだったり名作リメイクだったりする。ところが、この映画は小説をベースにしたフィクション。なのに、まるで実在のミュージシャンの伝記のようなリアリティがある。この点ひとつをとっても、この映画にこめられた意欲が伝わってくる。つまり主人公のミュージシャンも完全オリジナル・キャラなわけで、ジェフ・ブリッジスはゼロからのキャラ作りにどんだけ情熱を注いだのかということもうかがい知れるし。当然、サントラも同様に、まるでノンフィクションのような存在感を持った楽曲が並んでいる。かつての大スター歌手という設定にふさわしい、主人公がドサ回りで歌い続ける昔のヒット曲とか。彼の弟分で、今や全米ナンバーワンのスーパースターの歌う、いかにも今どきのカントリー・チャートっぽい曲とか。架空のヒット曲でありながら、現実のヒット・チャートにも通用する楽曲を作りあげる。という仕事は、そりゃもう、Tボーンの腕の見せどころ。劇中ではブリッジスが歌った「The Weary Kind」。この曲を書いたのは、映画にもちょこっと顔を出しているライアン・ビンガム。プロデューサーのTボーンと共にアカデミー賞の楽曲賞を受賞したビンガムは、この映画をきっかけに今もっとも注目される新しいカントリー・スターとなった。
 

Junky Star

Junky Star

↑新譜も超カッコええでーす♪


 そんなわけで。もはや無敵モードでブイブイと快進撃を続けるTボーン・バーネットが「かわええのぉ、癒されるのぉ」とゾッコンなのが、誰あろう、前回エントリーでご紹介したひみつ姉妹ことThe Secret Sisters。まぁ、早いものであっとゆー間に10月。ついに出ました、待望のデビュー・アルバム。これがすごい。Tボーン師匠はエグゼクティブ・プロデューサーとして、姉妹のためにスタジオやビンテージ機材に凝りまくったザ・オレ流の環境を用意。さすがに現場プロデュースまでは出来なかったようだが、それでもデビュー前から積極的に宣伝活動にも参加。自らギターを弾き、姉妹と共に何度もステージにも立っている。なんか、力のはいりようがスゴいです。このアルバムについてはまたあらためて書きたいと思いますが、前回のジャック・ホワイトとのナウなコラボから一転。評論家のデビッド・ワイルドが“エヴァリー・シスターズ”と絶賛しているとおり、まさに現代に蘇るエヴァリー・サウンドでございますよ!
 

Secret Sisters

Secret Sisters

↑こんなにいいアルバムが、このお値段でっ!?ビバ円高

 今年のMyベスト・アルバム、早くもウィリー・ネルソンとひみつ姉妹はエントリー確実だな。

*1:ごめんなさい、本当におおざっぱな説明で。話題のお店だそうで、麺ツウの方ならば何処の何のお話かすぐおわかりと思いますが。間違いがあってはいけないので、なんとなくぼんやり書いてます(笑)

*2:音楽のアタリハズレはリスナー個々の感覚なので、結果には個人差があります(笑)