Less Than JOURNAL

女には向かない職業

アパラチアのクリスマス


 去年のクリスマスは、B-52'sのフレッド・シュナイダー率いるテクノ・ユニットThe Superionsのバカバカしくも美しい『Destination...Christmas!』で浮かれていたっけ。もちろん一昨年は、我らがボブ・ディラン先生の『Christmas in the Heart』ばかり聴いていた。
 毎年12月になると、手あたり次第にいろんなクリスマス・アルバムを聴いている。そして、1枚か2枚はかならず「今年はこればっかり聴いているなぁ」というアルバムがある。その年いちばんのお気に入りクリスマス・アルバムっていうのは、自分自身にとっての1年間をしめくくるエンディング・テーマみたいな存在なのかな。特にそんなことを考えていないのに、毎年、無意識のうちにそういうアルバムを選んでいるような気がしている。

 今年は、このうえなく美しいクリスマス・アルバムとの出会いがあった。
 マーク・オコーナーの『An Apparachian Christmas』。
 ここ数日は毎日、このCDばかり聴いている。今の私にとって、物足りないところが何ひとつないアルバムだ。こんなにもパーフェクトな音楽、あるのかしら。と思うほど。

 内容は、みなさまご想像のとおり。
 オコーナーとヨー・ヨー・マ、エドガー・マイヤーによる『アパラチアン・ワルツ』(1996年)、このトリオにジェイムズ・テイラーアリソン・クラウスが加わった『アパラチアン・ジャーニー』(2000年)などのアパラチアン・シリーズ、その番外編とでも呼ぶべきクリスマス・スペシャルだ。
 このタイトルを初めてニュース記事で見た時から、心はアパラチア山脈へ……。それくらい楽しみにしていたアルバムではあったのだが。もう、想像を遙かに超えた素晴らしさだった。


 今回はマーク・オコーナーのプライベート・レーベルからのリリースだが、さすがミスター・アメリカン・弦楽器奏者! アパラチアン・ファミリーの面々はもちろん、多彩なゲストが参加している。若手実力派ジャズ・シンガーのジェーン・モンハイトがオコーナー率いる“The Hot Swing Trio”とジャジーに歌うクリスマス・ソングもあるし。オペラ界の女王、私の大好きなルネ・フレミング様も登場する。彼女がオコーナーのバイオリン(ここではフィドル、ではないかなと)とデュエットする「アメイジング・グレイス」はアルバム中でも白眉といえる1曲で、何度聞いてもトリハダものだ。ロンドン・フィルハーモニー+オコーナー、そしてルネ様による賛美歌「まぶねの中に」にも落涙。クリス・シーリーやスティーヴ・ワリナーといったカントリー〜ブルーズ仲間も参加している。アリソン・クラウスの歌う「Slumber My Darling」は『アパラチアン・ジャーニー』収録曲だったり、JTも旧作からの再録だったりと新録だけではないのだけれど。それでも、アルバム全体がホーム・パーティのようなあたたかな雰囲気に包まれている。ふだんはコワモテの辣腕ミュージシャンたちが、笑顔でそっと目くばせを交わす光景が目に浮かぶ。

 紙吹雪とシャンパンの泡がキラキラ光る、都会の華やかなクリスマス・パーティのイメージではない。荘厳なミサに紛れ込んだような、今日だけはお行儀よくしないと…みたいな堅苦しさもない。けれど、今年のクリスマスはこんな感じがぴったりだなと思う。あくまでも個人的な気持ちとして、だが。

 アルバムは、オコーナー=マ=マイヤーの『アパラチアン・ワルツ』で幕を閉じる。慈愛に満ちた深い響きは、まるでこの曲がクリスマス・ソングであるかのような余韻を残す。

 人々がいて。日々の暮らしがあって。1日の終わりに音楽がある……。

 そんな日常に降りそそがれる祝福のしずくが音になって、キラキラと輝いているよう。

 どんなにつらい1年だったとしても。時が止まらない限り、クリスマスの日はかならずやってくるのだな。


☆クリスマスを過ぎても、冬の間じゅう……いや、1年中すばらしいアルバムです。驚きのお値段だし!ぜひ!

An Appalachian Christmas

An Appalachian Christmas