Less Than JOURNAL

女には向かない職業

NYP、そしてMacca

 年末年始、心に残った2枚の新作DVD。

 1枚はアラン・ギルバート指揮、ニューヨーク・フィルによるコンサート『A CONCERT FOR NEW YORK』。もう1枚は、ポール・マッカートニーの音楽ドキュメンタリー『THE LOVE WE MAKE〜9.11からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡』。

 昨年9月、アメリカは2001年の同時多発テロから10年を迎えた。『A CONCERT FOR NEW YORK』は、その記念イベントとして9月10日にマンハッタンのリンカーンセンターでおこなわれたコンサートを収録したもの。

 演奏されたのは、マーラー交響曲2番『復活』。

 “In Remembrance and Renewal The Tenth Anniversary of 9/11”と副題に掲げられた当夜のコンサートに、これほどふさわしい演目はなかったはずだ。テロの犠牲者を悼み、鎮魂の祈りを捧げ、困難に立ち向かった英雄たちを讃え、共に生きぬいた10年という歳月を振り返り、誇りと祈りと誓いをこめて歌いあげる“復活”……。
 2009年からNYフィルの音楽監督を務めるギルバートは、同楽団初の“ネイティブ・ニューヨーカー”の音楽監督。ちなみにお母様は日本人で、NYフィルの現役バイオリン奏者。お父様も同じくNYフィルのバイオリン奏者だった。いわば、長嶋一茂松井秀喜クラスの大打者だったとして、彼が“生え抜きの4番打者”としてジャイアンツを牽引しているようなものだ(ありえねぇw)。そんなわけで就任以来、地元での評判も上々のようだ。地元民ではないが、私も最近のNYフィルが大好きだ。エリート多国籍軍であるNYフィルにも、最近はいい意味でのローカル色というか、温かみが加わった気がするし。就任直後のツアー以降、来日公演がないのが淋しいところなのですが。

 で、そんなギルバートの在任中に“9・11”から10年という節目がやってきたことにも、何か運命的な巡り合わせを感じてしまう。
 生粋のニューヨークっ子が指揮する、NYのオーケストラによる『復活』。単純に音楽的な面だけでもギルバート/NYフィル3シーズン目の底力を堪能できるし、ましてや特別な夜に捧げられた演奏だ。端正でパワフル、言葉にしがたい気迫。観るたびに、時おり熱波のように伝わってくる感傷に胸が苦しくもなる。それでも、繰り返し観たくなる。そしてニューヨークの街にとってのマーラーという作曲家について、あらためて思いをはせる。102年前、NYフィルが常任指揮者に迎えたのはマーラーだった。

 アラン・ギルバートといえば、昨年7月に都響と共演したサントリー・ホールでの公演も忘れられない。あの時のブラームスと、フランク・ペーター・ツィマーマンをソリストに迎えてのベルク。本当に励まされた。1音、1音に真摯なメッセージがこめられているような。まだまだ混乱ちゅうの日本に来てくれて、ミラクルとしか言えないものすごい演奏を都響と共に実現してくれた。ありがたかった。しかも、前から5列目くらいだったんで、巨漢ギルバートさんが大汗かいて熱く指揮する様子を間近で見られたのだった。かっこよかったなぁ。

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 そして、もう1枚はポール・マッカートニー卿。
 ポール・マッカートニーは2001年9月11日、滞在中のニューヨークで同時多発テロを目撃した。その後、彼は驚くべき迅速さでベネフィット・コンサートを企画。なんと、わずか1か月後の10月20日マディソン・スクエア・ガーデンで“The Concert for New York City”を開催した。当時のインタビューや開催までの様々なやりとり、リハーサル風景、ライブ当日のダイジェスト映像やバック・ステージでの様子などをドキュメンタリー作品としてまとめたのが『THE LOVE WE MAKE〜9.11からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡』。
 これも昨年、9・11の10周年にあたって制作された作品だ。
 今になって知る、開催までのポールの奮闘ぶり。彼がアメリカという国に抱き続けている想い。当日のバック・ステージで出演者たちが語らう、さりげなくも本音の会話。事件からわずか1ケ月後という時期ならではの、まだまだパニック状態で混沌とした街のリアルな空気感。あらゆるものが、9・11という《時》を語りかけてくる。10年後の世界に生きる私たちに向かって。
 もちろん社会的な側面にもがっちりと踏み込んではいる。が、基本的には9・11を背景にした“音楽ドキュメンタリー”だ。ポールの楽屋を訊ねてきたジェームズ・テイラーを、ポールが「オレの昔のカノジョのお兄さんが、彼のプロデューサーで…」とバンド・メンバーに説明したり。「ボン・ジョヴィのステージが観たいから、もう行くわ」と楽屋を出ようとするステラ嬢ちゃんに「オレよりアイツラがいいのか」と拗ねるカワユスなパパとか。なかなか楽しい場面ももりだくさん。

THE LOVE WE MAKE~9.11からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡 [DVD]

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▼こちらが、以前リリースされたコンサートDVD。

 というわけで。まったく偶然だったのだが、続けさまに9・11にまつわる2枚のDVDを観ることになった。でも、今、この時に観られてよかったな。
 ひとつの街が……あるいは国が、困難と共に生き続けていくことについて思いを巡らさずにはいられなかった。
 作品の中でもアラン・ギルバートが、ポール・マッカートニーが「音楽の持つ力」について、それぞれ語っている。さりげないけれど、音楽というものを知り尽くした彼らの言葉は深く心に沁みた。よかったらぜひ、映像で観てください。

 もちろん、アメリカでのテロ事件と日本の震災や原発問題は、まったく異なる出来事ではあるけれど。同じ場所に暮らす人々が、心を寄せ合うことで生まれる大きな力は確実にある。そう信じたい、とあらためて思った。

 音楽は決して無力ではない。だけど、無敵でも万能でもない。ものすごく不思議なもの。NYフィルの演奏にも感じたし、10年前のベネフィット・コンサートの様子を観ても感じた。音楽は、人々の怒りや悲しみのパワーを何かまったく違う他のモノに変換して供することが許される、ただひとつの魔法の装置。そんな役割がある。たぶん、ただ楽しい気持ちにしてくれるとかイヤなことを忘れさせてくれるだけじゃなくて。もうちょっと、いろんなことをしてくれる。
 時に音楽は、自分の意志ではどうにもならないものを揺さぶって覚醒させてくれる。あるいは、自分の中で怖じ気づいている何かを引きずり出してくれる。そして何よりも、人と人を繋いでくれる。たとえほんの一瞬でも、人と人とが心を寄せ合うきっかけを作ってくれる。
 それだけでもう、じゅうぶんだな。ぜんっぜん、じゅうぶんだ。

 明日で3・11から10か月。まだ何も終わっていない。まだまだ、振り返って感慨にふける余裕はない。新しい年を迎えたからと言って、リセットできないことが多すぎる。けれど、それでもお正月はやってきた。ありがたい。何があろうとも、時間だけは変わりなく進んでいるのを実感する。時が止まらない限りは、私にだって何かしらのことは出来るだろう。縁あって生まれてきた場所で、自分にできることを精一杯やる。そのことを、今年も来年も再来年もずっと忘れないようにしよう。

 あけましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしく。