Less Than JOURNAL

女には向かない職業

J・エドガー


 アメリカの陰謀を描いた、あるいは歴代大統領が登場するノンフィクションや小説には欠かせない、初代FBI長官のジョン・エドガー・フーバー1920年代から、70年代に亡くなるまで8人の大統領に仕えてきた……ということは、米国史のあらゆる重要場面にかかわっているわけで。とりわけ天敵だったロバート・ケネディ司法長官に「お前がオムツをしていた頃から私はこの世界にいるんだぞ」と胸ぐらを掴む勢いで啖呵を切る場面なんかは、もう、日本人の私でさえ、何度ドラマや小説の中で見たことか。なんかもう、忠臣蔵の名場面みたいな感じだ。

 自らの地位を利用して手にいれたVIPたちの極秘情報を記したファイルをどっさり隠し持っていて、それを恐喝の道具に使って取引をしていたとか。誰それの失脚や暗殺に関わっていたとか。マフィアとの親密な関わりとか。果てはUFOや超常現象に関する情報までコントロールしていたとか。マジメな話からトンデモ話まで、真実のわからない話が「実は、フーバー長官の仕業らしい(ひそひそ)」的な結論で締めくくられることは多い。生涯独身だったのは同性愛者だったからだとか、ものすごいマザコンだったからだとか、女装癖をマフィアに知られて脅されていたとか……謎めいた私生活もまた伝説だらけで、よくも悪くも米国史の《ブラック・ボックス》的な存在というか。
 あるいは、アメリカ好みの言い方をすれば「神話」か。

 私なぞにとっては実在の人物というよりも、むしろ、数々の“さもありなん”話のミステリでおなじみのキャラクターとして親しんできた人物。ラドラム初期の傑作『囁く声』も、数々の“フーバー伝説”を散りばめた謀略小説だ。

 そのフーバー長官の生涯を、クリント・イーストウッド監督が描いた『J・エドガー』。やっと見てきた。

 物語は晩年の回顧録執筆の場面から、時代を行きつ戻りつ進んでゆく。

 日本人でも断片的に知っている有名なエピソードが次々と、淡々と描かれる。けれど、詰め込まれたエピソードも多くてテンポよく、あっという間の2時間余だった。

 近代米国史の中でもとりわけキャラの立ったダーク・ヒーローはあまりにも伝説が多すぎて、その存在そのものがどんな映画よりも面白いわけで。それだけにイーストウッド監督らしい、淡々として物静かな語り口や映像感覚にぴったりの題材だったのかも。

 ものすごく存在感のある素材は、ヘンな味付けをしたらいけないのだ。
 フーバー長官の「悪者」ぶりを際立たせるでもなく、かといって「ホントはいい人」説を強調するでもなく。たまたま国家のために生涯を捧げることになったひとりの人間、としてのフーバーを描き出している。タイトルが「フーバー」ではなく「J・エドガー」というのも、映画の本質を象徴している。真実はわからないので、独自の解釈によるところも多いのだろうけれど……ここでは彼をきっぱり同性愛者として描いていて、そのことが数々の仕事にも影響を及ぼしたと示唆し、また、部下でもあった恋人と交わされた深い愛情を、物語の重要な縦軸として丁寧に描いている。

 《情報》が何にも勝る武器になることにいち早く目をつけ、時代の発展と共に広域化する犯罪に対応する連邦捜査を確立し、指紋採取に始まる科学的捜査というジャンルを発展させ……。フーバーの数々の功績がなければ『クリミナル・マインド』も『CSI』もなかったんだなぁ。彼がいなければ、インターネットもこんな風には存在しなかったのかもしれない。まちがいなく、現代の《情報社会》のはじまりを作ったひとりだ。けれど一方では、個人が掌握するには大きすぎる権力を持ってしまったツケも回ってきた。国家の近代化になくてはならない光を射した一方で「影」の部分を担わざるを得なかったのは、宿命としか言いようがないのだろうか。

 あくまでイーストウッド監督による、この映画を観ての感想だけれども……私には“J・エドガー”という人が、己の考える正義を貫くあまりダークサイドに墜ちていったダースベイダーに見えた。

 屈折した人生観や、権力と共に暴走する狂気といったものと同じくらい重要な要素として描かれているのは、彼の並外れた「仕事オタク」としての顔。そして、ふつうの、ひとりの愛国者としての顔。彼は最初からものすごく自分の仕事を愛していて、国を守る使命に人生を捧げることにも躊躇しなかった人間として描かれている。
 けれど、どこかで何かがすれ違ってゆく。

 ダースベイダー。

 そういえば、最近、世の中とゆーものについて考える時によく思い出す名前だな。

 主演のレオナルド・ディカプリオの老人顔メイクが不自然という評判もあるが。私としては、とっちゃん坊やフェイスのまま歳を取ってゆく感じが、(実際はどうあれ)自らの目的達成に没頭するあまり子供じみた意固地さに足を掬われたフーバー長官のアンバランスさをあらわしているようでいいなと思った。

 イーストウッド監督はいつものように「さて、みなさんはどう思いますか?」と投げかけたまま、物語をしめくくる。

 宿題が多いんだよね。監督の映画は(´・ω・`)。

 個人的には、もうじき出るスプリングスティーンの新作アルバムとぴったりと重なった。テーマがというより、出されている宿題が……かな(笑)。

 そんなこともあって、今、観に行ってよかったなと思いました。


 ちなみに、J・エドガーの母を演じたのはジュディ・デンチ
 FBI長官のママが、MI6の“M”(*゜∀゜*)!


【追伸】そうだ、ピート・シーガーをいじめたのもJ・エドガーだったじゃまいか!(`ε´)