「いいかパンダ、よく聞け。オレはハルディングじゃない、ハーディングだ」
【狂乱の自分メモです。ノークレームノークエスチョンの自己責任でおねがいします。】
ミラノ・スカラ座 ヴェルディ作曲『リゴレット』
指揮:グスターボ・ドゥダメル
演出:ジルベール・デフロ
@NHKホール 15時
さて。NHKホールが揺れるほど熱狂の初日を終え、本日2公演目となる『リゴレット』。
ああ、やっぱり私はイタロ・アメリカンがデフォルトだなぁ。
どんどんアメリカ的に洗練されてきたドゥダメルと、イタリア・オペラの融合。
今、この時期に、このコラボレーションが見られて本当に本当に感謝です。
まぁ、これはもう、自分自身の長い音楽歴によって形成されてきた独自の「好み」の問題だから、
よくできたとか、だめだとか、正解とか、間違いとかにはまったく関係ないし、
たぶん他人のさまざまな賛否とも評価ともまったく相容れない感想だ。
自分にとっては、彼が描き出す音のひとつひとつがものすごく腑に落ちる。
それだけで、もう、じゅうぶん。
財産はたいても、後悔ないです(涙)。
他の人が話すとめんどくさい内容でも、この人が説明してくれると説得される……みたいな。
たとえば、第3幕のクライマックス。嵐の場面。
歌をかき消すような激しい爆演は、歌の伴奏としては間違いなのかもしれない。
でも彼が描くのは、歌声をかき消すような、人間の激情すらも覆い隠そうとする嵐だ。
そしてそれは、そんな嵐とタイマン張れる歌い手の力量を信じてこその激しい表現。
賛否があるのもわかるし、というか当然だと思ったけど、そこも含めて面白い。
大自然の前では、人間はどんなにか無力な存在かを思い知らされ、それが人間ドラマの悲しさとあいまって爆発的に悲しい。
ある意味で乱暴、けれどロックンロールを感じる音像。そんな部分にもぐっとくる。
初来日も見逃したし、今回が初めてナマで見るドゥダメルなんですが。
そもそも彼がオペラ振ってるのは、演奏会形式以外では聴いたことがなかった。
だから、正直、どういう風に期待したらいいかわからなかったところもある。
それでも、ずっと、一度はスカラを振る彼が見たかった。
ラテン系DNAに由来するタテ割りのビート本能に支えられたキレキレの切れ味と、
ロマンティックな歌心。物語を読み聞かせるように長大な交響曲を表現する卓越した構成力。
そういうものが、実際オペラの中ではどんな風に作用するのかを聴いてみたかった。
これが最初というのは、私にとってはものすごく幸運だと思った。
スカラがハーディングとドゥダメルというふたりの若手を大切にしてきたのは、
それなりに理由がある。
それを見たかった。確かめたかった。
そんなことを考えながらの初日と、2日目。
で、ダニエルの話してもいい?(*゜∀゜*)
ハーディング指揮の『ファルスタッフ』に続いて始まった『リゴレット』。
そのリハーサル初日に、ハーディングがこんなツイートをしていた。
この人のツイッターは友達ときゃっきゃっしてるのが主で、ほとんど仕事の話はしない。
それが、なんかもう、こんなことわざわざ書くなんて。゜(゜´Д`゜)゜。
てか、そもそも、わざわざリハーサル見に行ったんですかという(゜´Д`゜)。
同じアバド、ラトル門下で同世代で、世界中で何かと比較されてきたふたりですが。
なんだかホントに兄と弟みたいで……こりゃ、萌えるなっつーほうがムリだろうが。
このふたりのツーショット写真なんて、今回の来日会見が世界初かもしれない。
(*゜∀゜*)
(*゜∀゜*)
(*゜∀゜*)
(*゜∀゜*)
「ハルディングおにいさんて呼んでいい?」
「だめ。」
天才は「運」も才能のひとつと言われるが。
同じ時代に生まれたライバルに出会えるかどうか、というのは
なによりも重要な「運」かもしれない。
ONとかKKとか、ジョンとポールとか。
互いを燃えあがらせ輝かせる、正反対の個性と互角の力を持つライバル。
そういう意味では、ものすごく運命的なふたりである。
英国クラシック界が見出した優等生と、ほとんどアパッチ野球軍みたいな南米の天才児。
ドゥダメルの名が知れ渡るきっかけとなったコンクールの審査員だったマエストロ・サロネンは、彼の指揮を見たとたんLAフィルのトップである女性プロデューサーに興奮して電話をかけ、
「He is a Conducting Animal !」
と叫んだという。
あ、まちがえました。
いや、あの、最初は、オペラ公演なのに指揮者が人寄せパンダみたいなのってどうなのよ、
とも思ったんですが。
実際、ステージに出てきた姿を見たら白黒の燕尾服がパンダみたいだし。
なかなか、この存在感はゆるキャラ的でかわいいし。
なんか、今後は素直な意味でパンダでいいかなと思い始めております。※個人の感想です。
レヴァイン巨匠の「きゃ、くまさんみたい」的な魅力で。
今回はじめてナマでドゥダメルを見て、
サロネンが言った意味があらためてよくわかった気がする。
そもそも、初日、期待渦巻く中でオケピに登場した時の静かな存在感がちょっと意外だった。
カリスマ性を振りまきながら派手派手に登場するとは思わなかったけれど、
自分に浴びせられる喝采のほうをちらっと振り向き、小さく頷くとオーケストラに向き直った。
シャイ、というのとは違う。クールでもない。
板前さんが、客の邪魔にならないようそっと厨房に入って包丁を手にして仕事を始めるような感じで。
でも、ひとたびバトンを振り上げると、 あの《グスターボ・ドゥダメル》が姿を表した。
音楽が好きで好きでたまらない、というのが全身からほとばしっている。
だから、この人はベルリンでも子供オーケストラでも同じアティテュードで接するし。
名門楽団の老練楽士にまで「音楽を始めた頃の気持ちを思いだした」と言わせてしまう。
なのに仕事が終わったとたん、カーテンコールではやんちゃ坊主みたいな笑顔になる。
ものすごいカリスマ。
今日は、観客がいっせいに双眼鏡を取り出す風景から「野鳥の会シート」と呼ばれるNHKホール3階席に座っておりました。
そんな遠くからでも、音楽を操る手に目が吸い寄せられてしまう。ああ、あの指先だ。と思う。
あまりファンタジーなことは書きたくないけれど、彼の手の美しさは本当に“魔”だと思う。
今年はじめにベルリンフィルのデジタル・コンサート・ホールで収録された映像で、
曲の最初から何分間も彼の手だけをアップで追った映像があった。
珍しい映像だなと思ったけれど、幾多のマエストロの映像を収録してきたベルリンのスタッフにしても
ドゥダメルの「手」には、何かを感じたのではないか。
- アーティスト: ドゥダメル(グスターボ),レブエルタス,ストラヴィンスキー,マルケス,バーンスタイン,ベートーヴェン,チャイコフスキー,シモン・ボリバル交響楽団,エーテボリ交響楽団,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
- 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
- 発売日: 2012/08/22
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