Less Than JOURNAL

女には向かない職業

終わりよければパンダよし〜大阪ストラットPt.2〜

【これが最後のじぶんメモ+夏休み日記+妄想の墓場です。事実とは異なる大きな意図的誤記や妄想、たぶんに苛立つ内容wが混濁していて危険です。まちがってもコンサート・レポートなどというお高尚なものではないので、どうぞお気をつけてご覧ください】

ヴェルディ・ガラ・コンサート》

9月25日(水)19時 フェスティバルホール

《festival hallオープニングシリーズ》
ミラノ・スカラ座ヴェルディ生誕200年祭〕大阪特別公演
グスターボ・ドゥダメル指揮
マリア・ホセ・シーリ(ソプラノ)/スチュアート・ニール(テノール
ミラノ・スカラ座管弦楽団


長きにわたるオレの暴走スカラ妄想日記におつきあいくださったみなさま、本当にありがとうございました。これにて、いちお大団円でございます……。

NHK音楽祭とは逆に『アイーダ』が先なのは、たぶん合唱団を先に帰すとかいうスケジュール上のことだろうが。ドゥダメルとオーケストラにとっては1ヶ月近くに及んだ日本滞在のラストをガラ・コンサートで締めくくるというのは、いかにもフィナーレって感じでよかった!ちなみに大阪2デイズは《ヴェルディ生誕200年祭》と銘打たれているけど、これって大阪独自の“まつり”ですよね。いやぁ、まつり好きとしてはポイント高し。

ていうか、正直、前夜の『アイーダ』があまりにも凄くて燃え尽きちゃってたので。こちらとしても、もう、この日はちょっと長めの(そして濃い)アンコール・タイムみたいな気分で。て、別にお座なりに聴いてたってわけではないですよ。9月5日のハーディング指揮コンサートから始まって、連日ものすごい集中力で全身バッキバキに力をこめて聴いていてヘンな興奮状態が続いていたもので(笑)。むしろ、最後にようやくリラックスして落ち着いた気持ちでふつうにコンサートを楽しめたという喜びでいっぱい。

でも、もしかしたら楽団としてもちょっぴりそういうところはあったかも。なんとなく、最後はのびのび思いきり楽しみましょう(o゜▽゜)o〜みたいな雰囲気もあって。最初から最後まで笑顔いっぱいで楽しめて、とても気持ちよかった。



「わーい!いっぱい振っていい?振っていい?」

パンダものびのび。


みたいな。


ボズ・スキャッグスとカウフMANを足したみたいなコワモテのコンマスも、終始うやうやしく「マエストロ、今夜この楽団はマエストロのものでございます」みたいな笑顔で。


あ、そうだ。忘れてた。
このツアーが終わったら、もうパンダって呼ぶのやめるって決めてたんだ。
いやぁ、しかし、いろいろ、ほんとにパンダ頑張ったよねー。

しかも、これが終わった後はルツェルン音楽祭・松島でのユース・オーケストラのワークショップも開催。で、そのまま夜のフライトでLAに戻り、月曜日にはLAフィルのオープニング・ガラ。それだけかと思ったら、前日のユースYOLAのフリー・コンサートでも指揮するらしい。そのむちゃくちゃハードな旅程は、LAタイムズのブログでも詳しい記事になっていたほど。でも、マネージメントによれば滞在中には家族とのバケーションも楽しんだとか。よかったよかった。てっきり、日本の思い出はハルディングおにいさんに連れていかれたじゃんがらラーメンとAKB劇場だと……(※個人の妄想です。事実とはまるで異なります)。LAPのオープニング・ガラも大切だけど、日本に行くなら復興中の東北をどうしても訪れたかったとか。その気持ち、本当にありがたい。深謝。

コンサートについては、内容としては東京のガラコンと同じですし。で、当然のことながら、大阪ならではの盛り上がりも最高。とにかく楽しかった。ということで。以上。

今回、スカラのオフィシャル・ツイッターが動画投稿サイトのtellyに膨大な動画を掲載しているのだが。この夜のラストの「運命の力」序曲や、アンコールの「カヴァレリア・ルスティカーナ」もまるまる掲載されているので、ご興味あればぜひご覧ください。
しかし、この来日中の動画投稿はすごかった。リハーサル映像とか、カーテンコールとか、舞台袖から撮影した1曲まるまるとか。ウルトラ大サービス。
もちろんファン・サービスという意味もあるのだろうけれど、このツアーでの演奏がスカラにとっていかに“収穫”だったかという思いのあらわれでもあった気がする。あと、日本ツアー(滞在中のオフも含めて)を本当に楽しんでくれたんだなぁとも思う。財政危機とか、演目数が大幅に減るというニュースもあったし、総裁も変わるし。そもそも、スカラに限らずヨーロッパのオペラハウスの経営は今後さらに難しくなっていくのだろうけど。とりあえず潤沢な予算のある日本引っ越しツアーで、今後の可能性を考える上でも意義深いチャレンジができたことはとてもよかったのでは。と、えーと、とにかく2年越しの500円玉貯金も焼け石の水だった自称プチ・パトロンのオレも喜んでおります(ノД`)。

浅学の勝手なイメージだけど、スカラっていうのは何があろうと絶対的なテッパンで、特に『リゴレット』などは気絶していても満点の演奏ができちゃうと思っていた。だから、そこに俊英ドゥダメルがやってきたとしても、まぁ、スカラのほうは「お坊ちゃん、お手並み拝見しましょうか。ふふふ」と優雅に構えて、難なくいつもの音を出すだけだと思っていたし。ドゥダメルにしても、彼は多分に渋谷系的というか、サンプリング世代というか、意外と形態模写から始まったミクスチャー・スタイルみたいなところもあるので、いかにスカラ的に振るか……みたいなところにぐっとフォーカスする可能性があるなぁとも想像していた(とにかく、しつこいようだけど、ドゥダメルのオペラっていうのがあまりにも予備知識なくてイメージできなかったんで)。
ところが、始まってみればパンダ……いや、ドゥダメルは「ねぇねぇ、もっともっとガンガン行きましょうよ〜(o゜▽゜)o」とか、無邪気に平気で仕掛けてくるし。スカラのほうも「悪いね、うちは100年コレでやってるんでねっ!」みたいな意地を張ってみせたり。かと思えば、ある瞬間にはスッとドゥダメルに束ねられるまま激しく大きく歌い出したり……。まぁ、ここは好みの問題でしょうが。個人的には、ものすごくいい意味でのスカラの我の強さというか、独特の「全然ちゃんとしてない感」から生まれる色っぽさに感動した。やっぱ、イタリアってわからずやだよね(これまたいい意味で)。
ほんとに、毎回いろいろ面白かった。まぁ、日本のオペラ・ファンにとってドゥダメルってのはどうだったんだろうとか、逆にドゥダメルからクラシックが好きになったような若いファンにとっては、いきなりスカラ座という敷居の高さはどうだったんだろうとか。そういうことも思わないわけではないけど。ま、それはそれとして、自分がよかったからいい。私としては、やっぱり、ここは押さえておかねばと、いちばん最初に信じたとおり。スカラでよかったしパンダでよかった。たぶん、今の自分が観たかったものと、今しか観られないものをたっぷり観られた。

次にドゥダメルが来日するのは、来年9月のウイーン・フィルとのこと。
期待もありつつ、「うーむ、ウイーンかぁ……」というのもありつつ。
またもや、ウイーン部屋かわいがりツアーになりそうな予感が(´Д`)。
はやいとこ、ずばりLAフィルが来日すれば話が早いのにね。
とまれ、1年後の彼は、すでに今とは違う存在になってるはず。楽しみだ。

今回、ドゥダメルはオペラに向いてないのではという意見も耳にしたけど。私の考えでは、そんなはずない。彼がオペラを苦手なはずもない。だってサルサの国の人だもの(笑)。これからベネズエラでもオペラを作っていかなければならない国家的急務もあるし、オペラ指揮者としても個性を確立していくに違いない。
で。そんなことよりも。
サルサ、で思い出したこと。
やっぱり彼はラテンの人だなぁと私が思うのは、よく言われるリズム感うんぬんよりも、あの、とびきりのロマンティックさとか、センティメンタルへの欲求という点なのだ。
今回も「これぞスカラだ!いえーい!」という感じの甘く、なおかつ男くさいロマンティシズムが爆発する瞬間、ドゥダメルの背中がすごく嬉しそうになるのが何度かわかった。
きっと思わず「ロマンティコ!」って呟いているはず、みたいな(笑)。

もはやドゥダメルの手兵といえる固い信頼関係で結ばれたLAフィルは本当に素晴らしいのだけれど、たとえばNYフィルの熟成したコクのあるロマンティシズムにはかなわないなぁと思うことが多いし。郷里シモン・ボリバル響の面々は、もちろんラテン系ならではのロマンティコもセンティミエントもたっぷり持っているのだけれど。ただ、若さゆえに深みの面では物足りなかったりする。今回のスカラ・ツアーでドゥダメルが何よりも欲しかったのは、スカラの歴史によって育まれた“ロマンティコ”や“センティミエント”だったのかもしれない……なんてことも、ツアー終盤になってふと思った。
崩しもするし、揺らしもする。タメもするw でも、ここにしかないもの……は、しっかり深くリスペクトして大切にすくいあげて、自分なりに磨きあげていた気がする。


まぁ、そんなわけで来日が決まってから2年近く続いたオレのスカラまつり終了。
いや、もう、ここ5年くらいのいろんな思いが一気に炸裂してしまった。
スカラ、ハーディング、ドゥダメル。最強の3点セットだもの。
まぁ、自分の足下を確かめる旅だったのかな。と。



思いおこせば『リゴレット』初日。
漠然と「ああ、これなんだな」と思ったら、背筋がぞくぞくっとした。
何が「これ」なのかは、まだ言葉ではうまく説明できない。
これからもできないかもしれない。
ドゥダメルだけではなく、ハーディングや、スカラ座や、その他すべての、世界中で起きている音楽の新しい躍動。その一端に、たしかに触れた思いがした。自分が魅了されているのはこれなんだ、と初めてはっきり実感した瞬間だった。
その夜、帰宅したら夫に「オレが『SMiLE』の世界初演を観た時の気持ちがわかったか(笑)」と言われた。わかる人にはわかると思うけど、それはもう、ものすごい究極の例を持ち出されたわけだ。まぁ、客観的に見ても、それくらいの感じだったらしい。てへっ。

コンサートが終わって、すっかり秋めいた夜空を見上げながら、めそめそしながら、くねくね蛇行歩きしながら、のんびりとホテルまで帰ってきた。
ああ、終わってしまったなぁという気持ちではあった。
でも実は、終わったというよりも、始まってしまったなぁという気持ちのほうが強い。



なぜならば!






スカラまつりは終わりましたが!






オレのまつりは、まだまだ続くのです!







ていうか、これからがまつり本番とゆっても過言ではございません!




次のまつりは、来年2月開催予定!



パンダの次は……

















く……くまモン!?







「あ、ヌエバ・ヨルク・フィルハルモニックのアラン・ヒルベルトせんぱい!こんにちはー\(^o^)/」










「やぁ、パンダ君こんにちは(^_^)」

(…………アランしか合ってねぇよ)




そう。NYフィル音楽監督に就任シーズン以来、ようやくアラン&NYPが日本に帰ってくるのです!
ああ、この日をどれだけ待ちわびたことか。



来年はギルバート/NYP、ネゼ=セガン/フィラデルフィア、来日じゃないけどドゥダメル/LAPと、オレにとっての現時点でのアメリカンBIG3まつりが実現(予定)。ギタリストにたとえると、まさにジャック・ホワイト、デレク・トラックスジョン・メイヤーの新3大ギタリストそろい踏み状態である。やばい。もうドキドキしてきた。





「そういえばパンダ君、ウチのフィルハーモニックも来年の君との共演を楽しみにしていますよ」


※注・ヒルベルトせんぱいは、NYアッパーウエスト育ちの超インテリおぼっちゃまなのでお上品です。






「早くリンコルンセンターで、ヒルベルトせんぱいのオルケストラとブルックナー演奏したいなー(*^O^*)」






「そうだ!パンダ君はベネズエラ出身だから、ラミちゃんみたいに野球が得意なんだろうね? マンハッタンに来た時には、僕たちのチーム“フィルハーモニック・ペンギンズ”ともぜひ対戦をお願いしたいな」








「ぺ、ペンギン………………?」


('-'*)


('-'*)


('-'*)


('-'*)


('-'*)



(?_?)









「いいかパンダ、よく聞け。ラトル門下たるもの、野球なんてチャラチャラしたお遊びやってんじゃねぇよ。男ならフットボールだろ、フットボール!」






うん、やっぱり今後もパンダでいきます。

(つづく)←まつりが。




【じぶん備忘録】
9月13日に『リゴレット』タイトル・ロールを歌ったホル……じゃない、ゲオルグ・ガグニーゼ(George Gagnidze)さん。この来日ツアーではヌッチさんまつりの陰に隠れてしまったような感じで残念だったが、個人的にはとても印象的で素晴らしかった。柔らかいのにキレのよい声も気持ちよくて、ドゥダメルの音との相性もよかったのではと思った。で、そしたら、今になって気づいたのだが、このゲオルグさんは今年1月にメトのライブビューイングで上映された『アイーダ』でアモナスロを歌っていた人だった!この時もいいなぁと思っていたのだ。あと、その後、今年のメト新演出版『リゴレット』で歌ったタイトル・ロールがよかったと米記事で読んで気になっていた人でもあった(アイーダと同じ人とは気づかなかったけど)。おお、どうりでよかったはずだ。でも、この人だと気づいていたら最初からもっとワクワクできたのに残念。今、ライブビューイングのプログラムを見たら表記が“ジョージ・ギャクニッザ”なのね。こういう、日本語表記ばらばらな人って難しい。特にクラシックの人はいろんな国の難しい読み方の名前が多いからw、日本語で覚えないでアルファベット表記を“目”で覚えるようにするのがよろしいのだろうなぁ。