Less Than JOURNAL

女には向かない職業

エル・システマ・フェスティバル2013

10月11日
エル・システマ・フェスティバル2013
@東京芸術劇場コンサートホール
エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス(EYOC)
指揮 ディートリヒ・パレーデス
ピアノ 萩原麻未

 狂乱の(←じぶんが)スカラまつりから早くも1ヶ月。

「最初は “今回は、ハーディングとドゥダメルが並んで来日することに意味がある” とかゆってたくせに、きみ、ハーディングに冷たかったねー」と言われて、「そんなことない。わしゃ、ハーディングにだって7まんえんくらい使うたでぇー」などと、愛を金額で表現するという成金エロおやじのような下劣な人間に成り下がってしまったオレである。それはひとえに、あまりにも身の丈以上の散財をした後遺症ともいえよう。なので、そんな汚れた自分を深く反省して、汚れた心をすっきり洗濯すべく、東京芸術劇場で行われた若者たちの爽やかな祭典《エル・システマ・フェスティバル2013》に出かけてまいりました。

 広島〜東京と行われた演奏会や数々のワークショップを含む、エル・システマ・フェスティバル。今回来日したエル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス(EYOC)を、あのシモン・ボリバル響と混同している知人がけっこういたんですが。まぁ、説明してもややこしいからなのか、あんまりちゃんと説明されていなかった気もするんですが。彼らは、現在もドゥダメル音楽監督を務めるシモン・ボリバル響の教え子世代にあたるユース・オーケストラ。しかし、ユースといってもエル・システマのオーケストラの中ではトップに位置するユースなので、ちょうど5年前にシモン・ボリバル・ユース・オーケストラとして来日した頃のシモン・ボリバル響に近いスタンスというか。前回の来日は見ていないので何とも言えないけど、5年後にはシモン・ボリバル響で活躍しているメンバーもいるだろうし、このオーケストラもどんどん成長発展していくのだろうなと思った。


 正直なところ、特にユース・オーケストラには興味がなかった。というか、その、エル・システマを説明する時に言われる「ドゥダメルを輩出した奇跡の音楽教育システム」という点ではもちろん注目はしているし、ドゥダメルの名を知ったのもシモン・ボリバル・ユースだったわけだし。欧米のオーケストラとは何かが根本から違う、圧倒的にキレのいいグルーヴ感は本当に得がたい、素晴らしいものだと思っている。ただ、ドゥダメルという指揮者を抜きにして考えると、エル・システマは、良くも悪くもあまりにもよくトレーニングされすぎているような印象が強すぎる(個人の見解、です)。コンテストの優勝バンドに近い満点感というか、自分自身も楽器のプレイヤーだったらもっともっと面白さがあるんだろうな……みたいな。あと、その教育システムをとりまく雰囲気がちょっと苦手というのもあるし。さらには、あまりにも「ドゥダメルって、ベネズエラ柄のジャンパー着てマンボ!っていう人ですよね」みたいなことを言われすぎて、どうも、最近、いいかげんマンボ旋風が食傷気味というのもあり(笑)。

 が、まぁ、なんというか、それでもやっぱり、長年見ている遠縁の子供たちみたいな親近感もあるのは間違いなくて(笑)、あと、この日グリーグで共演するピアニスト萩原麻未さんを見てみたいというのもあって、急遽予定を変更して出かけてみることにした次第。あ、あとは汚れた心の洗濯だ( ・∀・)。

 と、なんか、なんでこんなにものすごく言い訳をしているのかよくわかりませんが。

 とにかく、えーと、ごめんなさい、見に行ってよかったです。いろんな意味で。ということなんです。

 今回も、150人前後(数えてません)の大所帯。楽屋も満杯なのだろう、開演前トイレに行ったらドレスに着替えた女の子たちが何人か鏡の前でキャッキャッとスペイン語でしゃべりながら髪やメイクを直していた。なんかもう、いきなり微笑ましい( ・∀・)。保護者気分高まる。

 オープニングはヴェルディ運命の力」序曲。いきなり音圧もガツン、と来るし。先日聴いたばかりの名門スカラ座と比較するのもアレだが、持って生まれた「タテ」のDNAはやっぱしたいしたものだとあらためて実感したり。

 そして、萩原麻未さん。痛快!プレイも所作も日本人ばなれした豪快さんで、めちゃめちゃカッコよかった。もともとワイルドなパワーヒッター型なのだろうけど、同じくパワー・ヒッター系のEYOCと共演することでさらに触発されたのか。のびのび。神がかった精緻さとワイルドさが共存するユジャ・ワンのような妖艶な魅力とは全然別ジャンルだが、どっちかというと、若さも手伝ってのわんぱくなチャーミングさというか。アクセル踏みすぎ?みたいなところも結構ありつつ、そこも含めて魅力的。思わず「わっ!」と声に出してしまいそうなくらいの凄みも、煌めきもある。
まさに、新作を出したばかりのユジャ/シモン・ボリバルのコンビの下級生バージョンって感じ。このまま一緒に成長して欲すい。好きだなぁ、こういうプレイヤー。聞き手を、とても自由な気持ちにしてくれる。大ファンになりました。

 と、まぁ、ここまではわりと、卓越した演奏力に感服しつつも、ユースの無垢なエナジーに癒やされたりしながら、ほのぼの鑑賞してました。
 が。
 後半のチャイコフスキー5番はブッたまげました。前半も悪くはなかったけど、さすがにレパートリーに得手不得手はけっこうあるのか……な( ・∀・)。この作品はドゥダメル/シモン・ボリバルでCDも録音されているし、エル・システマ全体としても十八番なのか。前半、思ったよりも強くないのかなとも思った金管も、ここではバリッバリに炸裂してたし。この日のいちばんの見せ場は、フィナーレに向かうにつれての一丸っぷり。手に汗にぎり、息をのんだ。縦横無尽、しなやかにドライヴしながらも、どっしりと腰の据わったグルーヴに終始貫かれている。この感じに、初めてシモン・ボリバルドゥダメルの演奏を聴いた時のことを思い出した。

 指揮者はEYOCの音楽監督を務めるディートリヒ・パレーデス。80年生まれというからドゥダメルより1歳年上。指揮者になる前は長らくシモン・ボリバルコンマスとして活躍、ドゥダメルとの初来日公演にも参加していたそうだ。このオケ特有のパワフルさを知り尽くしているのがわかる、安定感たっぷりの統制力。頼もしい。でも、アプローズに応えて出てくる時にズボンの尻ポケットに指揮棒を入れていたのが、なんだかキュートだった。わんぱく学級をまとめるのに、なりふりかまわずジャージ姿で走り回る担任の先生のイメージ。
 前述のように、彼らはあまりにも素晴らしくトレーニングされているだけに、ともすればコドモ軍隊みたいな雰囲気になってしまう危険も十分にあるのだろう。でも、ふと思ったのは、ドゥダメルがいつもシモン・ボリバル響を「家族」にたとえることは、軍隊ではなく家族になるという個々の人間力こそが「音楽」の形成にどれだけ重要なのかをあらわしているのではないかと。


 パレーデス率いるEYOCのサウンドにも、ドゥダメル率いるシモン・ボリバル響と共通するものをあれこれ見出すことができたし。逆に、こういうことの出来るオーケストラを率いて、ドゥダメルだからこそできることってのもよくわかったし。エル・システマからドゥダメルの色を抜いたら、何が魅力なのかもうっすらわかった気がするし。あるいは、ある意味ではドゥダメル本人がいなくてもエル・システマの中にはっきり存在し続けるドゥダメル、という圧倒的な存在感も感知することができたし。

 つまり「ここからがドゥダっちで、ここからがシモン・ボリバルという音楽性の配分も、この公演を通してよくわかりました。


 エル・システマというアイディアだけでは、ここまでの大きなムーブメントは起こらなかっただろうし。ドゥダメルが今ではない時代に生まれていたとしたら、あるいはエル・システマというゆりかごで育つことがなかったとしたら、これだけのスーパースターにはならなかったのかもしれないし。
日本の音楽教育の王道とは別の道を歩み、若くしてパリのコンセルヴァトワールに行った萩原麻未さんにしてもそうだけど、いつどこに生まれて、誰と出会うかも、才能のうちなんだな−。

 それにしても、ベネズエラでドゥダっちってどれだけすごいヒーローなんだ。と、あらためてしみじみ。

 彼が「なる」って言えば、今すぐ大統領にだってなれるわ。ぜったい。



※以下、実在の人物・出来事とはいっさい関係ございません。







「よっ!大統領」






「あ、しゃちょ〜\(^o^)/」





「なんでパンダが大統領で、オレが社長なんだよ」






「こないだおにいさんとウエノ行ったとき、そう呼ばれてたじゃないですかー\(^o^)/」





「パンダ、その話を誰かに言ったらぶっとばす」





「はーい\(^o^)/」


(※どうしても、今のオレはこれをやらないと気がすまないのですみません)




 あ。ちなみにアンコールで、ついに本物のマンボも体験しました!

 終わって、いきなり暗転→全員ベネズエラのジャンパー。
 という展開は、もはや、最初のプロムスでのサプライズとは別モノの、むしろラテンの様式美というか。そういう感じなのだとは思いますが、でも、ここが文化交流の要っつーか、これがひとつのお約束になっているというのはすごいことだし。楽しかったです。

 ただ、観客も当然ラストがどうなるかわかって期待しているし。演じる側も“アンコールのお約束”ということで、本来ヴェルディよりもチャイコフスキーよりも“自由”なパフォーマンスであるはずのマンボが、もはや「楽しく、そしてはっちゃけて」と譜面にきっちり書いてあるかのような決まり事になっているんだなぁというのも伝わってきて、そのあたりは、最近とみに“マンボ苦手意識”の芽生えている私には、ちょっと息苦しくはあった。
アンコール1曲目の「ティコティコ」はともかく、マンボはちょっと粗っぽいかなぁという印象だったし。言うまでもなくマンボ!はクラシック界のバーンスタインが作ったマンボで、それを南米の若者がバーンスタイン以上に深く体にしみこんだラテンのマナーでやってのける、という逆転が最初は面白かったわけで。そこらへんは、むずかしいとこだとは思います。だからといって、マンボ!封印とかいうのも意地悪な話だし。そもそも、彼らも別にイヤそうに演奏しているわけではなく、すごく楽しそうだったし。私も、心配してるとかいうわけではないんですが。マンボ呪縛、だけは何とか避けて楽しくのびのび活動を続けて欲しいです。と、親戚のおばちゃんのような〆ですが。