Less Than JOURNAL

女には向かない職業

夜茄子よ、なぜ私を目覚めさせるのか?

《どこまで続くかわかりませんが、旅の覚え書きシリーズ【2】》

〜本当にあった!!紐育婦人野鳥の会!!の巻〜


 到着日は零下の寒さでしたが、この日はようやく春の日差し。ぽかぽか、いいお天気で気持ちがいい。マンハッタンって、こんな都会なのに空がきれいだよね。

 さて。アランお礼参りの翌日、またもやリンカーン・センターへ。
 今度はエイブリー・フィッシャー・ホールのお隣。リンカーン・センター正面にそびえる、華麗なるメトロポリタン・オペラにデビューにございます。いきなり夜会では敷居が高うございますから、ややカジュアルなマチネーからでございます。



 それにしても、本当に美しいメトのアトリウム。これまで写真や映像では何千回となく見ていたけれど、実際この目で見た瞬間に溜息。なんだか、初めてニューヨークを訪れた時の植草甚一氏の気持ちはこんなだったのかなぁと想像してしまったり……。そして実際に見てよくわかったけど、このシャンデリアはものすごくフォトジェニックなのだ。どの角度から撮っても、べっぴんさん。入り口から天井を見上げるだけで、ときめいてしまいました。オンナノユメダナー(ノД`)。

 で。マチネーといっても、いきなりヨナス・カウフマンですよ。そう、あれから3年。ついに、ワタクシにも人生初ナマ夜茄子の日がやってきたのです。しかも今回はリチャード・エアの新演出による『ウェルテル』。とても美しい舞台美術と演出も評判で、初日からカウフマンの熱演も大絶賛されていた話題作。その最終日はLive in HD生中継もあり、つまり日本でも4月に《ライブ・ビューイング》で上映される舞台を見ることができたというわけなのです(号泣)。

2014年3月15日 1:00p.m.@The Metropolitan Opera
Jules Massenet 《Werther》
---New Production(Last time this season)

Conductor:Alain Altinogle
Production:Richard Eyre

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Sophie Koch(Charlotte)
Jonas Kaufmann(Werther)
Lisette Oropesa(Sophie)
David Bizic(Albert)
Jonathan Summers(The Bailiff)


 リチャード・エアの演出は、完全に高級歴史メロドラマ。悪い意味じゃなくて、物語や音楽の中に哲学も心象風景もしっかり描きこまれて完成度が高いからメロ方向に大きく振れても作品じたいは《壊れない》という計算なのだろう。美術も素晴らしい。おお《第四の壁》とは、まさにこのことかー!!と思う額縁状のフレームの中にモネやセザンヌの絵画のような美しい風景が広がっている。まるで古いハリウッド映画の“歴史ドラマ”のような、そんな雰囲気のオープニングから物語の中へフッと引き込まれる。視覚トリックを効果的に使った演出も、映画の場面転換を見ているような自然さだったし。演技面では歌手への要求も高かったはずだけど、そこはキャストの力量が見事に発揮されていた。というか、キャストへの信頼ありきの演出だった。

 当初は、カウフマン&エリーナ・ガランチャの2大スター共演が予定されていたわけだが。ガランチャさま、ご懐妊のため降板。で、代役で起用されたのが、今回がメト・デビューとなるソフィー・コッシュ。実力派で美形で申し分ないんだけど、実は『ウェルテル』に関してはあまり期待してなかった。DVDでパリ・オペラ座公演でのカウフマン&コッシュの『ウェルテル』を見ただけの偏見ではありますが、その時のコッシュさんのシャルロットがオバチャンぽいというか、もっさりしてる印象で。どうも今ひとつ納得いかなかったっつーか。
 でも今回のシャルロットは素晴らしかった。知的で思慮深く優しく、心の内側にものすごい強さとものすごい弱さが共存している……ちょっとダウントン・アビーの長女的なところのあるシャルロット。うじうじうじうじ悩んで悶絶している姿があまりにも似合うカウフマン・ウェルテルとのコントラストも美しく、まさに名コンビ!!という感じだった。もし当初のガランチャだったらちょっと強すぎて、内に秘めた儚さが足りなかったかも。まぁ、想像ですけどね。実際、見てみたかった気もするし。でも、ラストシーンでの、歌と所作だけでオーケストラを凌駕するような名演を見られたのだから、やっぱりコッシュさんでよかった。カーテンコールでは、カウフマンに負けず劣らず熱狂的な喝采を受けていた。

 そしてカウフマン。熱いぜ、夜茄子!
 いやぁ、本当に「カウフマンはナマで見るとぜんぜん違う」と言われているのが、よくわかりました。彼は、天性のライヴ・パフォーマーだ。最初に登場する時には、ちょっと抑えめな感じでフッと入ってきて。そこからぐんぐん、舞台も客席も含めての《場》の空気をとらえて自分自身のほうへと引き寄せてゆく。技術の巧さや声質の善し悪しとは別のところにある、音楽としての調和の美しさへのこだわりが一瞬、一瞬から伝わってくる。ライヴならではの彼の魅力、ナマの空間だからこそ体験できるカウフマン宇宙の奥行きというのものを、初体験ながらも味わうことができた気がした(でも、来日公演は行きませんけどね!!)。しかも、こうして初めて見たのがカウフマンの新境地開拓とも絶賛されている『ウェルテル』の最終日……だったというのは幸運としかいいようがない。もう、カーテンコールは涙、涙。こんなにも泣けてしまうなんて。
 『ウェルテル』は、ウェルテル役の歌手が持っている魅力と長所が全編どーっと滝のようにほとばしりっぱなし……みたいな、オペラです(※個人の感想です)。なので、カウフマンのウェルテルというのは本当にもう、これ以上何を望むのかという理想の配役。悶絶必至。そもそも人妻に横恋慕の美青年が「奥さん、なんで僕のこと好きになってくれないんですかぁぁぁ」と悶々しまくって、最後には「好きすぎて死んじゃいます」っていうストーリー。それを夜茄子がやるのだから、そりゃもう客席目線で申しあげるならば人妻冥利に尽きますわよ。(*´・ω・)(・ω・`*)ねー。

 あのダーク・ファンタジーな歌声はとびきり魅力的であると同時に、作品を選ぶ難しい声でもある。が、ウェルテルの内なる苦悩を表現するのには理想的だ。ぴったり。とりわけ3幕での「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」を歌い終えた時の喝采はすごかった。オペラのショー・ストッパー、というものを初めてナマで体験した。観客の熱狂をとらえてそっとひと呼吸おいた、指揮者アルタノグルの絶妙な間合いも粋なものだった。

 カウフマンといえば、彼が歌い出すと歌劇場中のマダムがいっせいに双眼鏡を構える……と聞いておりましたが。今回、アタクシも愛用の双眼鏡を手に4階席で参戦。ついに“婦人野鳥の会・紐育支部”の仲間入りをしましたわよ!! いやぁ、冗談かと思っていたけれど本当にすごい。私の右隣にはおそらく七十代くらいの、真っ赤なスーツが似合うマダム。左隣には、ちょっとお若い(アラ還くらい?)ご姉妹か友人同士の女性。カウフマンが歌いはじめたら、みんな一斉に双眼鏡ガン見。「春風よ〜」を歌う有名なくだりでは、左隣の女性たちも双眼鏡奪い合ってたし(笑)。
 わたくしも、カーテンコールでソフィーさんと抱き合って会心の笑みを浮かべる夜茄子を双眼鏡ごしに見た時は涙を禁じ得ませんでした。今回は音楽的にも演出面(つまり視覚的)でも大成功だったと思うし。涙どころか、ほんとうにもう、ちび……あ、お下品でごめんなさい。
 やっぱり夜茄子はすごいー。
 今さら何を言ってるんだ、ですが。
 すごいもんはすごい。

 この舞台をまた映画館でも見られると思うと、今から楽しみです。ちなみに、初めてLive in HD収録というものを見ましたが(て、メトが初めてだから当たり前だ)。あれだけのカメラワークなのに、劇場で見ていてもまったくカメラが動き回るストレスを感じさせないのはすごい。メトのゲルブ総裁は、メト入り前からメトのテレビ中継に関わっていたり、キャリアの初期にはバーンスタインの番組も手がけるなど映像メディアを知り尽くした人。これだけオペラ、バレエのシアターライブが増えてきても、メトがダントツなのは当然だなとあらためて納得した次第。

 美しいものは、想像だけでも心を豊かにしてくれるけど。想像しているだけではだめ。本当に美しいものは、この目で見に行くことも大切。あまりにも上質なものに触れると、そんなこと思っちゃいますね。はぁ、また貯金しないと(涙)。



はぁ。夜茄子!あなたはどうして夜茄子なの。。。。


↑悶絶死。


そして夜茄子のニュー・アルバムは『ウェルテル』と同じく、失った恋の幻を抱きしめながら悶々と死へと急ぐ若者を歌う『シューベルト 冬の旅』ですわ。悶絶させたら宇宙一、カウフ悶。

シューベルト:冬の旅

シューベルト:冬の旅

Live in HD予告編。