Less Than JOURNAL

女には向かない職業

俺のハンカチ王子がこんなに可愛いわけがない。

 ハンカチ王子とは何か?

 もちろん、元祖*1の話ではない。


 2013年9月14日、ベルリン・フィル定期公演。名門ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督アラン・ギルバートさんはバルトークバレエ音楽『かかし王子』を指揮し、大喝采を浴びた。



Bartók: The Wooden Prince / Gilbert · Berliner Philharmoniker
YouTubeトレイラー

 なんというか、すでに、そもそも選曲がよいですよねー。もちろんひいき目ですが。
 『かかし王子』なんて、あらすじ読んでも何だか結局よくわからないし。アランが振らなきゃ絶対に自分から聴こうとは思わない作品ですが。彼の指揮するバレエ音楽は、この作品に限らずいつも面白い。映像的というか。名演とかそういうことはさておき、聴いていてワクワクする。ダンサーがいないダンス音楽を、いかに音楽だけで成立させるかというところにまできっちり意識が届いている感じが好き。もともと彼は小学生の頃からリンカーン・センターでバレエのマチネ公演を見るのが楽しみだったというから、ふつうの男子よりもバレエ音楽に対して早熟だったはず。女の子がバレリーナに憧れるというのとは違う、客観的な視点でバレエの楽しみ方を早々に覚えていたというか。観客としての感受性が生きているというか。だから今、NYフィルの劇公演“Dancer's Dream”みたいなこともできちゃうわけで。

 で。
 話は戻ってベルリン・フィル。上のリンク先はトレイラーなので見ることはできないのだが、楽章の合間でアランが内ポケットからハンカチを出して汗を拭くんですわ。ゆっくり落ち着いて汗をぬぐい、またポケットにハンカチをおさめる。自分もひと呼吸つきながら、オケにもひと呼吸。その絶妙のタイミングといい、仕草といい、なんとも優雅。
 その姿、まさに死闘甲子園のマウンド上で泰然とポケットから綺麗に畳まれたハンカチをとりだした元祖ハンカチ王子のごとし。

 つまり。


 ハンカチ王子の、かかし王子

ですよ!



 キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ!!!


 以来、オレの中ではアランがハンカチ王子になりましたっヽ(^。^)丿。
 よかったよ、かかし王子じゃなくて。


 て。

 すみません。それだけのことなんですけど。



 まぁ、そんなわけで。
 この秋も、オレのハンカチ王子まつりが止まりません。
 という、宣戦布告みたいなことを本日は書こうかと思った次第です。



 で。やっと本題ですが。




 先日、今年4月に古巣ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニック・オーケストラ(RSPO)に客演した時のブルックナー8番がRSPO公式サイトにアップされた。

公式サイト内《RSPOplay》
The Royal Stockholm Philharmonic Orchestra performs Anton Bruckner's Symphony No. 8 under the leadership of Conductor Laureate Alan Gilbert. Recording from April 2014.

 これも名演。
 ただ、いかんせん、こちらのサイトは回線が細いのか一度たりとも全編通して見られたことがない。いつも途中でフリーズしちゃう。なので、まぁポチポチと1楽章ずつクリックしてみて、回線の機嫌がよさそうな時に見るのがよいです。ま、タダなんでね。

 そして映像の見所はもちろん、ストックホルムの白夜よりも美しくきらめく白いハンカチ

きゃー(o゜▽゜)o


きゃー(o゜▽゜)o


きゃー(o゜▽゜)o


 2楽章が終わったところでのハンカチ王子をお見逃しなく。
 いやぁ、男性がハンカチで汗ふく姿に、こんなに萌える日が来るとは思わんかった。このぶんだと、夏には喫茶店のおしぼりで顔ふいてるおじさんにうっかり萌える日が来ないとも限りません。
 そして、さらに見逃してはならないのは(←Toじぶん)最後のシーン。演奏が終わった瞬間には汗をふいたハンカチをしまわず手にしたままオケを讃えるので、もう、あなたパバロッティですかってくらいにハンカチひらひら。これがもう、ストックホルムってくらいで、ハンカチ王子どころか、華麗なる白夜のスウェーデン貴族フェルゼン伯爵かと。


きゃー(o゜▽゜)o


 ところで。早くもNYフィルで5年目を終えたアランだが。実はRSPOのほうが在籍期間は断然長い。2000年からNY就任前までだから、8年。これはかなり長い。奥様も同楽団のチェリストだった方だ。そんなこともあってか、彼らとの共演ではNYフィルと同様にニュートラルなアラン・ギルバートという感じもあって妙に落ち着く。
 RSPOはノーベル賞の授賞式でも演奏する由緒正しい楽団で、いかにも北欧らしいどっしりした威厳ときらびやかさを持っている。暴れ馬のパワフルさと、雅な繊細さ……という、つまり、古きよきニューヨーク・フィルの味わいとも共通するところがあるような気もするし。あるいは彼らとアランのコンビネーションは、上質な北欧モダン家具にニューヨークのエッジィなセンスを加えたような……そんな魅力なのかもしれない。うむ。

 NYフィルでのアランといえば、北欧大好きでおなじみ。今シーズンはデンマークの作曲家であるニールセンの交響曲全曲プロジェクトを完結させたばかりだし、指揮者としても作曲家としてもサロネンと深い親交がある。音楽監督に就任した年にはフィンランドの作曲家リンドバーグをコンポーザー・イン・レジデンスに迎え、ブロンフマンとNYフィルによるリンドバーグのピアノ協奏曲はグラミー賞にもノミネートされた。それはもちろん、このストックホルム時代の影響が大きいわけだし。もう、あまりに北欧が好きすぎて良くも悪くもというところもあるんだけど。逆にRSPO時代には、アメリカ人作曲家であるラウスの作品集を録音していたり。なかなか、さすが学究派でいろいろ次々と考えてる。

 今年2月の来日公演では、前半はラウスからのリンドバーグブロンフマン)というアラン・ギルバートによるアラン・ギルバートならではのプログラムがあった。あいにく現代音楽は本当にまったく人気がなくてビックリするほど客席ガラガラでしたが(´・ω・`)。あれはアランによるNYフィルのコンポーザー・イン・レジデンス二人の作品を並べたという、ハンカチ王子ヲタにはたまらない選曲であり、こういう面白さこそが今のNYフィルなんだけどなーと、こんだけ現代音楽チンプンカンな私でさえ思ったのだが……。ちょっともったいなかった。

 それはさておき。

 そんなわけで、今年もオレの中ではハンカチ王子が止まりません。

 ニューヨーク・フィルの2013-14シーズンはオーケストラにとって、ひとつの大きな区切りの年だった。昨シーズンから今シーズンにかけてのことは、またあらためて書きたいんですけど。アラン・ギルバートにとっても今年は、気持ちを新たに次のステップに進むタイミングかもしれない

 と、そんなタイミングで、やっぱりハンカチ王子は元祖同様に「持ってる」男だと実感したのが今年9月、腕を骨折したリッカルド・シャイーさんの代役として参加したライプツィヒ・ゲバントハウスとの共演だった。本拠地の開幕公演から英国BBCプロムス公演まで、約2週間にわたる長期の代役。よくスケジュールがあったなと思うけど。ライプツィヒでの開幕公演、そのあと1万5千人の観客を集めて行われた市街地でのオープンエア“第九”フェス、そして舞台をロンドンに移してのプロムス2公演もすべて大成功だった模様。特にプロムスは、お祭り最終日の前夜2日間。つまり実質“大トリ”公演。

 先だって発表された英グラモフォンマガジン・アワードでは、最高賞のレコーディング・オブ・ザ・イヤーをシャイー/ゲバントハウスのブラームス集が受賞。一般投票で選ばれるアーティスト・オブ・ザ・イヤーを獲ったカバコスも、同じコンビとのブラームス集を出したばかり。



 と、あからさまにシャイー/ゲバントハウス激推し中の英国で、シャイーさんの代役。しかも、意外にもアランは今回がプロムス・デビューだったそう。指揮者という職業に「びびる」とか「ステージフライト」とかいう感覚があるのかどうかはわからないけど。いくら気心知れたオーケストラとの共演とはいえ、間違いなくアウェーでのプレッシャー含みの大仕事だったはず。が、そんな中で彼は見事にやってのけた。
 こういうスタミナ勝負のプログラムになるとゲバントハウスの底力がよくわかる。ガタイのいい文化系か、あるいは文武両道か。でも、そういうタイプのオーケストラとアランは本当に相性がバツグン。ラジオで聴いただけで何とも言えないけど、各メディア評とかツイッターなどを眺める限りでも絶賛の嵐。ツイッターではプロムスのお客さんらしき人が、これまでも何度かアランが代役でGJだったのが印象的だったそうで、たぶんサッカーで言うところの“代打の神様”みたいな選手の名前を引き合いに出していた。いやぁ、オレが喜ぶのもおかしな話なんですが、こんなアウェー感たっぷりの場所での大絶賛はファンとして誇らしく嬉しかったです。

 1日目がマーラー3番で翌日は“第九”という、もう、天丼の翌日がカツ丼みたいなメニュー。超満員のロイヤル・アルバート・ホール、しかも本当に独特の雰囲気の熱気渦巻くプロムス。英国サイドの合唱団も従えての大編成は、写真で見るだけでも圧巻の壮観だった。が、まったく非力さを感じさせる瞬間もなく、エネルギッシュすぎてオーバーランする過剰さもなく。馬力のあるオケならではの持ち味を生かしつつ、丁寧に丁寧に繊細さを引き出してゆくあたりは、さすがNYフィルの音楽監督だ。パワフルエレガント系NY男子の本領発揮、という感じ。第九に関しては、去年NYフィルでも熱狂のソールド・アウト公演となった名演を残しているので、まぁ、自信もあったのだろう(*゜∀゜*)。

 英国での評価が高まったところで来年はNYフィルを率いての英国ツアーがあり、その期間中にオーケストラの未来についてのシンポジウムでの講演もある模様。となると、今回は英国進出にあたっての足場固め!としては理想的な展開で、しかもシャイーさんすでに元気そうだったし(^_^;)……も、もしや、これは権謀術数渦巻く芸能界の壮大なシナリオでは、なんて考えてしまうのはノーマン・レブレヒト爺のブログ読み過ぎですか。読み過ぎですよね。でも、あまりにもいい流れだなぁ。権謀術数ではなく、ここは素直に“持ってる”と思いたい。

 最近ふと久しぶりに、5年前のNYフィル1年目の音源を聴いていて、ずいぶん音が変わってきたなとあらためて思った。5年前は、それはそれでしっかり逞しく見事にやってると思っていたけど。すっかり自らのオーケストラとしてフィルを率いている今となっては、当時の演奏は巨大なオーケストラを若者が指揮している感がある。
 着実に、成長しているんだなぁ。だからこうして、他流試合でもきっちりと自信たっぷりに結果を出してゆける。まぁ、もう、オレとしては世界中どこの音楽監督になってもおかしくない王子だと思ってますが。できればあと10年、いや20年……一生NYでやって欲しい。できれば、メトはファビオ・ルイージレヴァインの後任に昇格して、ファビオ&アランの最強2トップのリンカーン・センターというを見たかったのだけど。どうやらルイージはそうもいかないような噂、残念。(つづく)



ええ。まだまだ続きますとも。

Symphonies

Symphonies

Violin Concerto

Violin Concerto


▼▼▼これが昨年、大絶賛されたアラン&ニューヨーク・フィルによる第九。インスピレーションに充ち満ちた名演。前半はマーク・アンソニー・タネジによる第九につながるイントロダクション。(MP3のみ発売)

Mark-Anthony Turnage, Beethoven

Mark-Anthony Turnage, Beethoven

*1:2006年、夏の甲子園大会で早稲田実業が勝ち進むにつれて、斎藤が試合中にマウンド上で丁寧にたたんだ青いハンカチで顔の汗を拭く姿が話題となり、「ハンカチ王子」と呼ばれるようになる。(Wikipediaより)