Less Than JOURNAL

女には向かない職業

細かすぎて伝わらないグラミー賞ノミネート雑感。

年末の風物詩、グラミー賞各部門ノミネートが発表された。

 近年のグラミーはあまりにも部門賞が細分化しすぎてややこしくなってしまったので、ちょっと前にすっきりと部門を整理整頓した。が、このすっきり感が、どうも淋しい。これ、たぶん失敗だったと思う。わかりやすく説明すると、老舗のとんかつ屋が事業拡張しようとして、広告代理店にだまされて“おしゃれ豚カフェ”になってしまって、しかも、そこそこ成功している……みたいな感じです。ま、そこに一抹の淋しさを感じるのは年寄りやマニアだけなのかも知れないですがね。確かにビヨンセやテイラーに言わせれば「老舗とんかつでもおしゃれ豚カフェでも、とんかつに変わりはないじゃない!カフェオレに串かつマジ最高!ババアうぜえ!」ということだと思います。わかります。

 違う(*゜∀゜)。つい筆がすべりました。

 そんなことを書きたいんじゃない。

 毎年テレビで放映されるようなショーとしては、すっきりとわかりやすくなったのは確かだが。すっきりしたことで“ざっくり感”も増して、なんとなくMTVやアメリカン・ミュージック・アワードとの差違も薄まって、グラミーならではのオールド・ファンに嬉しい意外性の面は期待できなくなってゆくのかなぁと思う。ただ、それでもやっぱりグラミーはグラミー。たとえばBEST HISTORICAL ALBUMなんかは、今後、オトナのレコ好きにとってはますます目を離してはいけない分野になっていくと思うし。
 だから、2月の授賞式はミーハー的に楽しむことにして、オタク的にはノミネート発表時に長大なリストをじっくり“読み解く”のを楽しむのがオススメです。グラミー賞を絶対的な“権威”として有り難がる気持ちはないけれど、それでもアメリカ音楽界が今どんな風に動いているのかを肌で感じることのできる機会だと思うしね。


 そんなわけで本日は、ノミネート作品の中から個人的趣味として気になったものをざっとまとめて紹介してゆきたいと思います。地味な部門中心に。

 主要部門については、まぁ、他にもいろいろ出てるからいいや(笑)。

 と言いつつ、RECORD OF THE YEARとSONG OF THE YEARテイラー・スウィフトメーガン・トレイナーの一騎打ちになったら最高に盛り上がるなぁ。憧れのセレブ女子vsぽちゃ可愛女子。今、女の子の夢と本音を描かせたら最強のソングライターでもあるふたりは、現在もなお、ビルボードのチャート上でも熱い頂上決戦を繰り広げている。どっちも大好きなので、どっちもがんばってほしい。両極端のようでいて表裏一体、実はふたり合わせて“今どきのアメリカン・ガール”になるというのが面白いね。あと、主要部門ではALBUM OF THE YEARベック先輩“Morning Phase”入っていた。やったね、おめでとうございます。


 さて。いよいよ本題。

 まずは、なんと言っても今年のオレ流MVPノミニーはクリス・シーリー
 エドガー・メイヤーとの大傑作デュオ・アルバム“Bass & Mandrin”BEST CONTEMPORARY INSTRUMENTAL ALBUM部門と、BEST ENGINEERED ALBUM(NON-CLASSICAL)部門にノミネート。そして、今年めでたく復活したニッケル・クリークとしてもアルバム“Dotted Line”BEST AMERICANA ALBUM部門に、その収録曲DestinationBEST AMERICAN ROOTS PERFORMANCE部門にノミネートされた。

Bass & Mandolin

Bass & Mandolin

A Dotted Line

A Dotted Line

 2作ともに今年の個人的ベスト・アルバムでもあるので、嬉しい。2012年の“天才賞”ことマッカーサー・フェロー受賞から2年、じわじわと確実に米国音楽シーンの未来に向けて頭角をあらわしつつあるシーリー。世の中で今年のグラミーと言えばテイラーだのビヨンセかもしれないが、オレの中ではクリス・シーリーまつり(または“ノンサッチまつり弦楽器編”)である。

 今年はパンチ・ブラザーズ(通称パンチ兄弟)の面々が全員、サイド・プロジェクトでビックリするほどいい仕事をしていた印象がある。CRTでもヨシンバの吉井功さんをゲストに迎えて、このあたりの動きを特集したけど。その時も、やばいやばいパンチやばい、ノンサッチやばい、パンチやばい、ノンサッチやばい(*゜∀゜*)……の嵐。注目のブツが多すぎて時間が足りなくなってしまった。

 そんなパンチ内職シリーズ(違)の中からは、他にもバンジョー担当ノーム・ピクルニー“Noam Pikelny Plays Kenny Baker Plays Bill Monroe”BEST BLUEGRASS ALBUM部門にノミネートされた。これは昨年、2013年に発表されたアルバムです。

PIKELNY, NOAM

PIKELNY, NOAM

 ブルーグラス史上、最も重要なアルバムの一枚である“Kenny Baker Plays Bill Monroe”(1976年)をノーム君が完コピ。しかも、しかも、言うまでもなくケニー・ベイカーはフィドラーなわけですが、彼はそれをバンジョーで弾いているのだ。超絶ヴィルトゥオーゾ揃いのパンチ兄弟らしい遊び心とも言えるけれど。同時期にシーリーはバッハの無伴奏集をバンジョーで弾くアルバムを発表していて、ある意味、この2枚はパンチ兄弟的な発想からすると“対をなす”作品という風にとらえることができるのではないか。と、私は考えている。

 ノーム君のアルバムのプロデューサーはパンチのフィドル担当ゲイブ・ウィッチャーなので、つまり、今年はパンチ兄弟5人中3人で5部門にノミネートされたことになる。すごいぜ!熱いぜ兄弟!来年早々にはパンチ兄弟も久々のニュー・アルバム&ツアーで再始動。彼らご兄弟を含む、シーリーを中心とした新世代アメリカーナ・コネクションがいよいよ揺るぎない存在感をあらわし始めているのを実感する。そういう意味では、グラミー部門の中でも“アメリカーナ”“ルーツ”系あたりの整理整頓は時代に即した対応なのかもしれない。

 もともと私がカントリーを熱心に聴き始めたのは、その中にある“王道らしからぬもの”が目当てだった。その過程でだんだん王道カントリーも好きになっていたのだが、こうやってアメリカーナ、ルーツ系がきっちり分かれてきたり、ブルーグラス系がより多様化してきて、さらにはテイラーも“脱カントリー宣言”となると、今年のカントリー部門はエリック・チャーチ、ハンター・ヘイズ、ミランダ・ランバートキャリー・アンダーウッドキース・アーバン、バンド・ペリー、リトル・ビッグ・タウン、ティム・マッグロウ、キース・アーバン……と、これはこれでCMAと何が違うのかっていうくらい(笑)、めちゃくちゃわかりやすい超・王道オンリーの顔ぶれになる。それをよしとするか、しないか。まぁ、あくまで個人の好みですけどね。

 たとえば……NPRを始めとするアメリカーナ支持メディアがこぞって大絶賛のシンガー・ソングライタースタージル・シンプソンのアルバム“Metamodern Sounds In Country Music”BEST AMERICANA ALBUM部門にノミネートされているが。彼のような音楽は20年前ならカントリー専門局からは「詞がカントリーじゃない」と言われ、ロック専門局からはサウンドだけで「ベタベタなアウトローホンキートンク!」と判断されて、結局メジャーな舞台ではどこにも相手にされない悲劇をたどったかもしれない。まぁ、そういう意味では、受賞部門の再編は善し悪しとはいえ、このあたりの分野の見晴らしが良くなった点は評価したい。

Metamodern Sounds in Country M

Metamodern Sounds in Country M

 あとアメリカーナ系での吉報は、スティーヴ・マーチン&エディ・ブリケル“Pretty Little One”BEST AMERICAN ROOTS SONG部門にノミネート。昨年の傑作コラボ・アルバム“LOVE HAS COME FOR YOU”に続いてリリースした、Steve Martin And The Steep Canyon Rangers Featuring Edie Brickell名義でのライヴ・アルバム収録曲だ。

Steve Martin & the Steep Canyon Rangers Featuring

Steve Martin & the Steep Canyon Rangers Featuring

 そういえば、ダリウス・ラッカーをカントリー界のスターへと押し上げた大ヒット曲“Wagon Wheel”のオリジナル・アーティストであるオールド・クロウ・メディスン・ショウのニュー・アルバム“Remedy”のノミネートも嬉しかったけど、カントリーでもアメリカーナでもなくBEST FOLK ALBUM部門での受賞だったのはちょっと意外だった。あ、もしかして、ディラン先輩の歌詞が入ってると自動的にフォーク部門に回されるとか(?_?)。

Remedy

Remedy

 毎年、こうやってグラミーのリストを見ながら思うのは、結局“ジャンル”ってすごく大事だなってこと。「ジャンルなんて関係ねぇ」というのもわかるし、確かにジャンルを超越した音楽ほど素晴らしいものはないと思う。ただ、それはジャンルというものにマジメに向き合って、それを制した者だけに許される《越境》なのだな。だから「ジャンルなんて関係ねぇ、オレたちをジャンル分けするな」と言葉にするのは簡単だけど、それは本人たちが決めることではなくリスナーが決めることであり、突き詰めれば自分たちの作った音楽によって自分たちがジャッジされる……ということなのだ。

 《ジャンル》という意味で今回いちばん興味深かったのは、ジャズ・ピアニストであり優れたアレンジャーでもあるビリー・チャイルズによる、オムニバス形式のローラ・ニーロ・トリビュート・アルバム“Map To The Treasure: Reimagining Laura Nyro

Map to the Treasure: Reimagining Laura Nyro

Map to the Treasure: Reimagining Laura Nyro

アルバムとして“BEST JAZZ VOCAL ALBUM”部門、ビリー・チャイルズ Featuring アリソン・クラウス&ジェリー・ダグラスによる楽曲“And When I Die”がBEST AMERICAN ROOTS PERFORMANCE部門、ビリー・チャイルズFeaturingルネ・フレミング&ヨー・ヨー・マによる“New York Tendaberry”がBEST ARRANGEMENT, INSTRUMENTS AND VOCALS部門と、合計3部門にノミネートされた。ジャズ、アメリカン・ルーツ、そしてノミネート自体はビリー・チャイルズの編曲に対するものとはいえ、音楽的にはルネ様&マ様はクラシック。ひとつのトリビュート・アルバムにさまざまなジャンルのアーティストが参加することは珍しくないが、そういうアルバムはふつうもっと音楽的にデコボコして当然。そうならずに、ここまでトータル・アルバムとしてのハイ・クオリティを実現しているのはビリー・チャイルズの手腕でもあるが、何よりもローラ・ニーロというアーティストが内包する世界の豊かさの証でもある。その事実に対する評価を含めての、この3部門ノミネートだと思いたい。
 同時に、ルネ様&マ様コンビ曲に始まってアリソン&ジェリー曲で終わるアルバムの構成は、クラシック界とルーツ・ミュージック界それぞれの最高峰コンビによる“アメリカーナ室内楽の最新型”という意味合いもある(のだと思う)。深いアルバムだ。ノミネートだけでも満足なんだけど、このアルバムだけは3部門制覇して欲しいなぁ。ひとつの象徴、として。

 さてさて、もちろん、個人的にはクラシック部門もたいそう気になるわけですが。今年は特に、積極的に面白い動きはないかな。個人的な興味として。いちばんワクワクしてるのは、BEST CHAMBER MUSIC/SMALL ENSEMBLE PERFORMANCE部門のヒラリー・ハーン新作アンコール曲集“In 27 Pieces - The Hilary Hahn Encores”。歌モノだと、BEST CLASSICAL SOLO VOCAL ALBUM部門の、ジョイス・ディドナートねえさんの“Stella Di Napoli”

In 27 Pieces-Hilary Hahn Encores

In 27 Pieces-Hilary Hahn Encores

Various: Stella Di Napoli

Various: Stella Di Napoli

 BEST ORCHESTRAL PERFORMANCE部門は、まぁ、順当にいけばベルリン・フィルってところだと思うのだけど、米国オーケストラが持ち回りで順番に受賞するのが文化振興のためによいと思うので、セントルイス、シアトル、ピッツバーグアトランタ……どれかに受賞して欲しいです。クラシック不人気に追い打ちをかける不景気で、どのオーケストラも資金難の模様だし。でも、個人的にはセントルイス・シンフォニーによる、ジョン・アダムズ“City Noirが素晴らしかったので期待。この曲、もともとドゥダメルのLAフィル就任ガラで初演された作品。グスたんのLAでの末永い活躍を願って、アダムズ先生にジェイムズ・エルロイ風味もまじえたハリウッド・フィルム・ノワール的ロサンゼルスをテーマに書いてもらった曲だったんだけど。結局、セントルイスのほうが音楽的には相性がよかったようだ(来年春のLAフィル来日公演でも演奏予定なので、それを聴いたら印象が変わるかもしれないけど)。で、アダムズ/ドゥダメル/LAフィルといえば、今年はワールド・ツアー大成功を受けてリリースした超大作オラトリオ“Gospel According to the Other Mary”があったけど、これはノミネートなし。サロネンの後任としてのドゥダメル、ということでアダムズとのコンビを何とかしようという意図は就任当初からあったけど。アダムズの描くアメリカはドゥダメルっぽいイメージではないのかもしれないな……なんてことも、最近ちょっと思った。ちょっと、ですが。まだ判断保留、ですが。ちなみに、この“City Noir”はBEST ENGINEERED ALBUM(CLASSICAL)部門でもノミネートされている。

City Noir

City Noir

 アダムズといえば、アダムズはアダムズでもジョン・ルーサー・アダムズさんのほうがBEST CONTEMPORARY CLASSICAL COMPOSITION部門にノミネート。本命かなと思われ。まだ聴いていないのですが、とても評判がよいので気になっています。

 マイケル・ティルソン・トーマスが、サンフランシスコ・シンフォニーと共に録音したWest Side Story全曲は、クラシックではなくBEST MUSICAL THEATER ALBUM部門にノミネート。同部門には“Beautiful: The Carole King Musical”もめでたくノミネートされてましたヽ(^。^)丿 “West Side Story”はSFシンフォニーの自主レーベルからのリリースで、ものすごく贅沢に凝ったパッケージからもMTTのバーンスタイン師匠への思いが感じられて感動した……のだけど、個人的な思いとしてはやはり“Beautiful”チームにトニー賞に続くトロフィーを獲って欲しいな。キャロルねえさんのためにも!

West Side Story

West Side Story

Beautiful: The Carole King Musical

Beautiful: The Carole King Musical

 ざっと眺めて気になるものは、こんなところかな。

 あとは音楽ではないけど、箱&全集もの好きなら絶対注目のBEST BOXED OR SPECIAL LIMITED EDITION PACKAGE部門。ノリにノッてるThird Man Records、今回はニール・ヤング“A Letter Home”アナログ盤ボックスと、豪華絢爛なコンピ箱“The Rise & Fall Of Paramount Records, Volume One (1917-27)”の2作がノミネートされている。アナログ好きが高じて地元ナッシュヴィルレコード屋まで開いてしまった最強レコヲタのジャック・ホワイト率いるThird Manは、今やパッケージもの制作においては他の追随を許さない。もはやアーティストが主宰する趣味のレーベルの領域ではなく、かつて特殊パッケージ・チャンピオンの名を欲しいままにしたライノ・レコードの成長期を思い出させる大躍進ぶりだ。その他、Third Manはパラマウント・レコード箱のライナーノーツでもBEST ALBUM NOTESにノミネート。経営者として授賞式のステージに立って「いや、オレはただのレコード屋のオヤジですから」とうそぶくジャック・ホワイトがぜひ見たいです。

 第57回グラミー賞授賞式は、来年2月8日(現地時間)にロサンゼルスで開催予定。今年もWOWOWで中継されるのかな。例年どおり、誰に望まれているわけでもありませんがツイッターにて細かすぎるツッコミ中継ツイをしたいと思います。もはやライフワークなので(o゜▽゜)o いや、なんだかんだ、オレ、グラミー大好きなんだ。






-----【おまけ】-----
とても気になっているけど、こわくて検索できないノミネート作品。ご興味あるかたは、ぜひ勇気を出してググってみてください。せるふへるぷ系なのかな?
《BEST SPOKEN WORD ALBUM (INCLUDES POETRY, AUDIO BOOKS & STORYTELLING)》
Gloria Gaynor“We Will Survive: True Stories Of Encouragement, Inspiration, And The Power Of Song”