Less Than JOURNAL

女には向かない職業

【グレン・グールド『ゴールドベルク変奏曲 コンプリート・レコーディング・セッションズ1955』第一印象&スペックmemo】


 グレン・グールド生誕85年を記念した『ゴールドベルク変奏曲 コンプリート・レコーディング・セッションズ1955』。56年のデビュー・アルバム『ゴールドベルク変奏曲』が録音された、55年6月におこなわれた4日間のスタジオ・セッション全テイクを含むCD7枚+アナログ1枚+280ページという物凄いボックスは、ある意味、ものすごくアメリカン・クラシック的なリイシュー。いや、それよかロックンロール的なリイシューなのかな。もともとオリジナル・アルバムからして、バッハをロックンロールさせてクラシックの歴史を塗り替えた作品だったわけだし。まぁ、ロックンロール的なリイシューで然るべきなのかもしれない。録音2日目からは多少曲順を行きつ戻りつしながら弾いていたということで、収録は時系列ではなく作品番号順に並べられているものの(ただし、実質ほぼ時系列でもあるのだけれど)最初のアリアの1音目から最後のアリア・ダ・カーポの1音まで、そしてプロデューサーのハワード・スコットとのスタジオ内の会話もすべて収録されている。
 これを聴いたロックンロールおたくは、かつてフィル・スペクタービーチ・ボーイズのスタジオ・セッションを会話までまるまる収録したブートレグが世にお目見えした時の胸躍る体験を懐かしく思い出すのではないだろうか。スペクターが偏執狂的に何度も何度も同じフレーズをミュージシャンたちに指示する声は実に生々しくて、ヘッドフォンで聴いていると、自分が当時のゴールドスター・スタジオにいるような錯覚に何度も陥ったものだ。そんな感じ。時に長々とバッハの心境を代弁し、時にちょっと苛立ちながら自らの意図を伝えながら、その演奏によって作品がだんだんと色づいてゆく様子を、我々は今、ドキュメンタリーや書物で断片だけ知っていたスタジオ内でのグールドの振るまいや会話を実際に耳にしながら体験することができるのだ。これまでわずか20分弱が発売されているだけだった未発表音源が、どういう経緯かは知らないがグールド財団の全面協力により今回5時間超すべてまるっと出ることになった。クラシック音楽で他にこういう形でのリイシューがどれだけあるのかはわからないけれど、私のようにマニアでない人間でさえもが何度も何度も同じ曲を弾くうちにどんどん音楽が“カタチ”になってゆく様を目の当たりにしてドキドキし、ワクワクし、時に鳥肌まで立ってしまうコンプリート・スタジオ・セッションを聴いていると、やっぱりグレン・グールドという人が果たした功績というのはとてつもなかったのだと痛感する。
 フラットマンドリンでバッハ無伴奏を完コピをしたクリス・シーリーが最初にバッハにのめりこんだきっかけも、グールドだったという。そういえば萩原さんに言われて気づいたのだけれど、オリジナルのデビュー・アルバムが発売されたのは、偶然にもエルヴィス・プレスリーが「ハートブレイク・ホテル」で全米デビューしたのとまったく同じ56年1月なのだ。アメリカでロックンロールが生まれた時、そこにグールドがいた。その“地続き感”をいやというほど実感することができる今回のボックス。だから、そのリイシュー仕様にしてもまったくもってアメリカ的、ロックンロール的だ。ごくごくふつうにソニー王道なリイシューではあるけれど、アートワークのカッコよさから何から何まで、とってもソニー。とってもアメリカン。
 とりあえず、これだけのミュージアム・クオリティのヒストリカルでレジェンドな箱が1万円切る値段で手に入るというのは、この時代に生きている我々とグールドさんの「縁」。ご興味があって、購入を検討されている方もいらっしゃると思うので、まだ全部は聴けていない(だって、今日届いたんですよ)のですが、とりあえず手元に現物が届いた者のレポートということでわかる範囲のスペックをご紹介しておきます。たいがいのことは公式、通販サイトで見ることができますが、まぁ、紙ジャケが案の定ぼろいとか(笑)そういうことなども気になる方もおられるかと思うので、とりあえず自腹購入者で原稿執筆の義務も予定もない者としての率直な感想を自分メモを兼ねて書いておきます。ご参考になれば幸いです。
  ※あ、でもERISの連載では書くかも。
  当然ながらマニアにとっては非常に価値のある箱(ま、実際、マニアからすればいろいろと贅沢は言いたくなるのでしょうが)であると同時に、初心者にとってもグールドを軸にバッハを深掘りすることで得られるものは多く、これだけ素材がたくさんあって、自由に想像を巡らせながら聴くのはそれだけで本当に楽しいと思います。クリス・シーリーやエドガー・メイヤーやヨーヨー・マが、なぜ、バッハを媒介にクロスオーヴァーしようとするのか、彼らが「バッハにすべてがある」と言うのはなぜか……そういった事柄を解く鍵にもなるかと思います。そして、クラシック専門家には何の意味もないことだとは思うけれど、この録音が1955年に行われていることの奇跡……というのも、ロックンロール・ファンとしてはあらためて味わいたいものです。
【CD】収録時間6時間52分
●Disc1〜5:1955年6月10〜16日の間に行われた4日間のセッション全テイク。
 ※プロデューサー、ハワード・スコットとの会話を含む。
 ※CDレーベルはマスターテープ柄。ちなみにパッケージにもスコッチの赤チェック柄をちらりとあしらってるのがおしゃれ♡
●Disc6:81年のゴールドベルク変奏曲再録盤発売時の販促用インタビュー
w/ティム・ペイジ
 ※初商品化は、56/81年盤をカップリングしたLP3枚組(84年リリース)。
●Disc7:56年デビュー盤のファイナル・エディション最新DSDリマスター
 ※2015年リリースと同マスター使用。アナログと同じく紙ジャケ。
【アナログ】
Disc7と同内容。チェコGZメディアプレスの重量盤。未聴なので音質はノーコメント。
紙ダブルジャケ。細かく言い出すときりがないので言いませんが、やはり、紙と書いて神と呼ばれるw日本の精巧紙ジャケと比べると雑なお作りなのは否めないがUS盤なので仕方なし。まぁ、すぐ糊がぺりぺり剥がれそうなのも含めての復刻と思うの推奨(笑)。
【ブックレット】
 表2&3にCD7枚収録したハードカバー本仕様、280ページ。オールカラー。英語/独語/仏語。
・文章ものはプロデューサー、エンジニア、当時のNYソニースタジオについての解説。56年発売時のプレスリリース、雑誌記事等
を含む再録&書き下ろし評論・解説。などなど。既出もの除いてもかなり読みごたえあり、なので対訳とてもありがたし。
・Disc1〜5のスタジオ内全会話のスクリプト(←これがとても嬉しい!大事!)
・演奏箇所を赤字で示した楽譜(これも素人にはとてもわかりやすくありがたい)
・初出を含むスタジオ写真(マニアでないので初出がどれくらいあるのかわからないけれど、例のかっこいい写真の別テイクどっさり。かなりNGと思われる半目系の写真も)
アナログマスターの外箱、レーベル・コピー、契約書類などなど、とにかく残っている資料の現物スキャン写真ありったけ全部掲載の模様。
【対訳】
 日本のソニーミュージックレーベルズからの出荷分については、主要記事の対訳および宮澤淳一氏による解説を掲載した日本独自ブックレットつき。ありがとうございます。本当にありがたいです。ちなみに、アマゾンやタワレコでの正規販売輸入盤(日本語での商品解説があるもの)はソニー出荷分です。米アマゾンとかで買うとついてません、あとマーケットプレイスから出品している業者から買ったものについては対訳ナシとか転売ヤーの可能性高いのでご注意ください。
なお、56年発売時のグールド本人によるライナーノーツおよびDisc6収録のティム・ペイジとの対談についてはそれぞれ既発の日本盤CDに収録されているのでCD買ってねとのこと(そうは書いてませんが、そういうことだと思います。確かにこれはライナー欲しさで盤を買った人もいるでしょうから仕方ない)。
【ポスター】
  ピアノ弾いている例の横顔写真バージョンの大型ポスター。ただし6つ折りくらいになってるので役に立ちません……まぁ、ユーエスエーの仕事なので。
【重さ】
  全部で約5キロだそうです。重いわ。日本の住宅事情への考慮なし。
 ※ブックレットがっつり読みたいが、表紙が相当にごっつい上にCD7枚がっつり入ってるわ、本文の紙も厚くて上質だわで、手にとって読むと腕がしびれるし、ヒザに載せるとヒザがしびれます。理想としては、何も置いていない広い机(←社長の机みたいな)に広げて読むのが体力的におすすめです。
【価格】
 私はタワレコオンラインで予約購入。\12193→税込\9298(うちクーポン\700利用)
 
 ちなみに最安はAmazon.jpの\8833ですが、今日現在「1~2か月内に発送」になっちゃっている)。HMVローソンは\14364がメンバー価格\9998、マルチバイ価格だと\9337。
 しかし、この商品に関しては価格というよりも店頭で買ったら家まで持って帰る間にギックリ腰になるリスクのほうが高いので、ネット購入を強くおすすめいたします。