Less Than JOURNAL

女には向かない職業

【デュトワ問題を考える覚書】

 米国で最も長く続いていた音楽ラジオ番組、アルトマン監督の遺作の舞台にもなった『プレイリー・ホーム・コンパニオン』までもが、ギャリソン・ケラーのセクハラ疑惑にて一発終了(番組名変更でクリス・シーリーがホストを務めるライブ番組として継続)の米国。これを過剰反応とかヒステリーとか批判するのは個人の自由だが、これまで百年以上も当たり前とされてきた不平等がようやく修正されつつある未舗装の道なのだから荒れるし揺れるのは当然だと思う。そんなわけで、アメクラ的にはレヴァインデュトワ。特にN響の名誉音楽監督で、日本にもしょっちゅう来ている人気者のデュトワがどうなるのか気になるところ。米国に関してはフィラデルフィア、ボストン、NYと親交の深い主要オーケストラが無期限でおつきあい停止、名誉職の肩書きも返上。芸術監督を務めてきた英国ロイヤルフィルも、本人との対話をもった上で同様の決定。今、米国の風潮としては、発覚後の対応はどんどん迅速になっている。対応が早くなればなるほど、訴える側も急いで策を講じるわけだが、昨今はそれを追い越すかのようにたくさんMe Tooの声が続いていることに時代の変わり目を実感している。

 疑わしきを罰しているのではないかという意見もあるけれど、これは訴訟国家の合理的な危機管理。これは民間組織が彼らを罰しているのでも擁護でもなく「法的に無実または事実が明らかにされるまで関係を停止」なのだから、無実なら「あーよかった。これからもよろしく♡」と関係を再開できる。めでたし。で、万が一にも事実であることが証明されたなら言わずもがな。そんなわけで、音楽界に限らず芸術全般において、ちょっと時間差をおいて、しばらくしたら現在の米国での問題の日本での対処が問われる時期がやってくる。ので、NHKがこの問題にどのように対処するのかを非常に興味深く見守っている。今のところ「法的に明かになるまで関係停止」が基本の米国とは正反対で、「法的に明らかになるまで関係継続」という非常に日本的なステートメントが発表されている。リスナー側はどうかなとSNSを見ると、これは日本に限ったことではないが、とんちんかんな「芸術と人間性は別」というミスリードが連発されていて(別なのは当たり前じゃ)、なんか、クラシックファンの男性は社会的地位も経済力もそれなりの方が多くて、まぁ、なんつーか、やっぱり日本のクラシック愛好者のミソジニー率は高いんだなとあらためて実感している(笑)。実際、レヴァインデュトワ問題について触れると「オレは音楽しか評価しないから」云々という殿方の多いこと多いこと。ただ、各地元紙を見る限り、どのオーケストラも決してスクープ記事に躍らされたのでも、勢いで大巨匠を放り出しているわけでもないように見える。業界ネットワークもあるし、組合もしっかりしているし、当然、団員へのヒアリングもしているだろう。

 で、N響デュトワは今月中旬に共演したばかりで、次は1年後ということなので幸い時間はあるので、とりあえず処分保留のまま今後じっくり策を講じるのだろう。ちなみに公式サイトでは、名誉音楽監督として堂々と掲載されたままだ。静観という名のおもてなしか。とはいえ、デュトワの場合、今回、N響とも縁の深いファビオ・ルイージ奥さんまでもが、報道を受けて、オーケストラ団員だった若い頃に自分もデュトワにセクハラを受けたことを公にしているし。なかったことでは済ませられないので、日本としての危機管理の見本となるべき見解を示さねばならないことになるのだろう。とにかく、私の願いはただひとつ、今後の日本がセクハラ失脚の芸術家たち(すべてのジャンルの)の駆け込み寺にならないことだけを祈っている。しかし、奇しくもこんな時期にアルゲリッチねえさんが、かつては「男しかいないオーケストラに興味はなかった」から共演してなかったというウィーンフィルでデビューを果たしたという素敵な出来事が報じられる……というのも、なかなか、深い。人類はまだまだ前に進んでゆく。