Less Than JOURNAL

女には向かない職業

ポール・サイモン&yMusic on SNL

 10月13日、《おっさん》こと(←私が呼んでるだけです)ポール・サイモンは77歳になった。喜寿ですよ。おめでたい。その記念すべき誕生日、彼は久々にNBCサタデー・ナイト・ライブ》(SNL)に出演。今回のSNLは、番組を卒業したセス・マイヤーズがゲストMCとして久々に登場することも早くから話題になっていた。前々日11日が放送開始から43年の記念日だったこともあって《番組の顔》だったふたりをゲストに招いた、ちょっぴり贅沢なホームカミング・ウィーク……みたいなことだったらしい。

 

 先日も書いたように、先月〝フェアウェル・ツアー〟と銘打ったワールド・ツアーを終えたおっさんのことを、これでもう引退するかのように誤解している人もけっこういるみたいなのだが。なんのなんの南野陽子。フルアルバムを作ってプロモーションしてワールドツアーをして……というルーティン・ワークにはどこかでピリオドを打たなければならない、という意味でのひと区切りはずっと考えていたようだけど。それは、音楽的な意欲とは別の話。音楽面では、ここ最近の活動を見るに77歳にして新境地へと向かってゆくような気がするし。ヒット作やアリーナ・ツアーに束縛されることなく、より自由にマイペースでの活動を始めるためのスタートラインが今、ということなんだと思う。

 その〝次〟に向かう第一歩として選択したのが、ポール・サイモンといえば……のテレビ番組〝SNL〟への出演。というのも彼らしい。しかも、9回目の音楽ゲストというのは番組記録なのだそう。幸先がいい。

 そして、まぁ、予想はしていたけど、嬉しいことにやっぱりポール・サイモンはyMusicを連れてきた。演奏したのは2曲で、まずはニュー・アルバム『In The Blue Light』にも収録された「Can't Run But」をyMusicだけをバックに。2曲目はyMusic+バンド編成で「明日に架ける橋」。ツアー中、ずーっと毎日毎日世界の人々がアップしてくれるブート映像をコレクトしていた者にとっては(笑)、扇型に並んだアンサンブルの真ん中におっさんが立つフォーメーションはすでになじみ深いものになってはいた。が、やはりチェンバー・アンサンブルでの演奏は〝室内楽〟っつーくらいで、屋内での響きを想定してちゃんと室内で演奏される音の深みと繊細さは格別に素晴らしかった。しかも、演奏しているNBCのスタジオ8Hとは……みなさん、お気づきだろうか、かのトスカニーニNBCオーケストラのために作られた彼らのホームグラウンドだった場所だ。拙著『アメクラ!』にも、当時の番組収録の写真なども載せてちょこっと書きましたが、このスタジオはニューヨークのクラシカル・ミュージックにとってもひとつの聖地なのです。

 

 「Can't Run But」の編曲を手がけたのは、アルバム収録バージョンと同じくブライス・デスナー。ザ・ナショナルの、というか幾多のクラシカル・プロジェクトや映画音楽などでも活躍するインディ・クラシックのキーパーソン。そして2曲目「明日に架ける橋」のドラマティックなバージョンもツアーで演奏され大喝采を浴びていたが、こちらの編曲は、ガブリエル・カヘイン(Gabriel Kahane)。実は彼は、今、私がいちばん気になっているシンガー・ソングライター&ピアニストでもある。yMusicやThe Knightsといった東海岸の(そして特に私がお気に入りの)若手インディ・クラシック・アンサンブルからの信望も厚く、なおかつ昨年はパンチ・ブラザーズの全米ツアーのオープニングを務めていたり。もちろん『アメクラ!』でもがっつり紹介した。yMusicを始めとする多くのノンサッチ系アーティストたちとの交流があり、先月リリースされたニュー・アルバム『Book Of Travelers』もノンサッチ移籍第一弾。《ノンサッチ自警団》を名乗るわたくしとしては熱く語らないわけにはいかない。しかし、まぁ、カヘインさんについてはまた今度あらためて書くことにします。

Book Of Travelers

Book Of Travelers

 

 で、話を「明日に架ける橋」に戻そう。この編曲も本当に素晴らしく、デスナーのラジカルな攻めサウンドとはまた違う、とても美しく奥行きのあるモダンなオーケストレーション。ピアノの入ってくる感じとか、バンド・サウンドはSSWとしてのカヘインさんぽい個性がよく出ている。残念ながら今のところ未音源化だが、この曲も実は『In The Blue Light』セッションですでにレコーディングされているという噂もある。ひょっとしてツアーのライブ音源が出るのかもしれないが、こうしてテレビでも披露されて評判も高いことだしスタジオ録音でリリースされたりすると嬉しいな。

 

 ポール・サイモンとyMusicはツアーに先駆けて、昨年、ウィスコンシン州オークレアでのアーロン・デズナー&ジャスティン・ヴァーノンが主催する小さなフェスで共演をしている。編曲も曲ごとにデスナーとかカヘインとか(ニコ・ミューリーもいた気がするが定かではない)すごい顔ぶれで、あれはたぶんツアーを見据えてのトライアル・セッションだったんだと思う。結果的にツアー、そしてアルバムという形に結実したわけだが、結局そのフェスでしか演奏されなかった曲(とか、ツアーでは別アレンジになった曲とか)も結構あったらしく、おおいに気になっている。たとえばこれ。ちょびっとしか聴けませんが、この「トレイン・イン・ザ・ディスタンス」もカヘインさんの編曲。もう、一瞬だけでも素晴らしい。


Train in the distance clip - Eaux Claires

 

 しかし、それにしても素晴らしい物語ではないか。

 ポール・サイモンにとって青春であり学校でもある〝故郷〟のような番組に、喜寿の節目(て、アメリカ人の77歳は節目なのかな。ま、ラッキーセブンぞろ目だからいいのか)に出演。しかも単にベテランとして若者たちに敬われるとかいうことではなく、今回は自らが〝明日に架ける橋〟=次世代の才能の《紹介者》となり、yMusic、そして出演したわけではないけれど、過去の曲を未来の曲へと変えたブライス・デスナーとゲイブリエル・カヘインという才能を全米に向けて紹介した。

ツアーのステージで、いつも観客に向かっておっさんが誇らしげに「Ladies and Gentlemen, yMusic!」と紹介する場面がとても好きだったのだけれども。番組でセス・マイヤーズが「Ladies and Gentlemen, Paul Simon and yMusic!」と紹介した時には、その言葉の響きだけで鳥肌が立つほどシビれた。

 

 そうだ!最後に大事なことをお知らせしなければ。SNL出演を記念して(?)yMusicが、自分たちの《いい仕事》を集めたプレイリストをSpotifyで公開している。リーダー作はもちろんのこと、盟友ベン・フォールズやザ・ナショナル、ゲイブリエル・カヘイン、ボン・イヴェール、アーケード・ファイア、ニコ・ミューリー、ホセ・ゴンザレス、ヨンシー(シガー・ロス)、デイヴィッド・ボウイ……などなど、彼らがいかにジャンル問わずのスゴ腕軍団かがよくわかる素敵な選曲。さっそくヘビロテ中。

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