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女には向かない職業

デイヴ・グルーシンと『卒業〜オリジナル・サウンドトラック』

 最近、街歩きのBGMとして映画『卒業』(1967)のサントラばかり聴いている。

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※↓リンクはSpotify、もちろんiTunes他でも絶賛配信中。

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 『卒業』といえばサイモン&ガーファンクル。映画公開の2か月後、68年に発売されたこのサントラで彼らは初のビルボード・アルバムチャートの1位を獲得。その後、続いて発売された自分たちの新作スタジオ・アルバム『ブックエンド』に追い落とされるまでの7週にわたり首位の座を守る大ヒットとなった。でも、厳密にはこれはサイモン&ガーファンクルのアルバムではない。あくまで映画のサントラ・アルバムで、収録されているのは彼らの曲とデイブ・グルーシンによる劇伴が半々。フル・バージョンで収録されたオリジナル・ソングは「サウンド・オブ・サイレンス」2バージョン、「スカポロー・フェア/詠唱」、「4月になれば彼女は」「プレジャー・マシーン」だけだ。肝心の「ミセス・ロビンソン」だって思わせぶりな短いインストやエディテット・バージョンしか入っていない完全サントラ仕様。けれど、これが最終的には200万枚を超えるセールスを記録した。

 

 映画の監督であるマイク・ニコルズは当初、サイモンに新曲を数曲…と依頼していたものの、結局「ミセス・ロビンソン」の他はアルバム『サウンド・オブ・サイレンス』からの4曲を起用することに。そもそも監督は「サウンド・オブ・サイレンス」のヒットを受け、“ナウな若者のアイコン”としての彼らに音楽を依頼することにしたらしい。が、すでにサイケデリック時代が到来しつつあった音楽シーンの中で、これまでの路線の先をゆく“次の一手”を考えていたサイモンとは最初から少し時差があったのだろう。映画と音楽の関わりではよくあることだ。サイモンは、次作のために作った何曲かも映画用に提案したが、それも監督の意に沿うものではなかったようだ。でも、そんな中で「ミセス・ロビンソン」という不思議な名曲ができあがってきたのは、そのささやかな“時差”がもたらした奇跡の化学変化なのかも。

 

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 今年の春に出たポール・サイモン回顧録Paul Simon: The Life』(ロバート・ヒルバーン著)にも、このサントラを出す時の話がたくさん出てきて面白かった。もともとは映画自体、さほど大ヒットが期待されていたわけでもないようだし、サイモンとしても本音は次のアルバム『ブックエンド』に全力を注ぎたい時期だった。実はアーティにも言わなかったことだが、これがグループとして最後の作品になるだろう、と考えていたらしい。なので、そのサイドプロジェクトに過ぎない『卒業』は、「ミセス・ロビンソン」みたいな名曲ができたことで、もう、めでたしめでたし大団円で終わってもおかしくなかった。

 ところが、運命とは皮肉なもの。サイモンとガーファンクルのその後の人生は、ここから大きく変わってしまう。フタを開けてみれば『卒業』は“社会現象”とさえ呼ばれるほどの大ヒット。当時コロムビア・レコードの社長だったクライヴ・デイヴィスは、評判を聞いて自らマンハッタンの映画館に足を運んだ。そして、映画に熱狂する若者たちを見て、ピンと来た。

 「彼らはオレらのお客さん=レコードを買う人たち、だ( ・∀・)」

 これは当然、大人の言葉で言う商機っつーやつですよ。今、映画で使われている曲を収録したサウンドトラックを出したら爆売れ間違いなし。ただ、フルアルバムにするには、映画に登場するサイモン&ガーファンクルの曲だけでは短すぎる。そこで、社長さんは考えた。

 「だったら、デイヴ・グルーシンのスコアを足してフルアルバムにすればいい!」と。そんな水増し商品でいいのかと思うが、つまり「観客は、映画鑑賞の記念に何らかの“スーベニール”を買いたくなるものさ」ということらしい。て、なんだかもう、やり手のコンサート物販業者みたいなデイヴィス社長、映画館からオフィスに戻るとすぐに計算までして「すげー、50万枚は売れる」と確信しちゃったという。これぞ「とらぬタヌキの皮算用」。えぐいぞ、いきなり具体的な数字。でもサイモンの回顧録に書いてあるんだから、本当に計算したんだろう。

 

 で、こんなおいしい話、SASW(シンガー・アキンド・ソングライター)と呼ばれるおっさん(当時は若者)だって大喜びするだろう、と社長は思った。

 

 ところが……

 

 

 

f:id:LessThanZero:20181113231734j:plainいやだ。

 

 

 

 サイモンだけではなく、ガーファンクルも反対した。なぜならアルバム『ブックエンド』の発売が、いよいよ数ヶ月後に迫っていたのだ。アルバムは自分たちの最高傑作となる自信もあった。だから彼らは、自分たちのファンには『卒業』のサントラをサイモン&ガーファンクルの“ニュー・アルバム”と誤解してほしくなかったし、何より、大ヒット間違いなしと言われているサントラのせいで『ブックエンド』の存在が隅っこに追いやられること——最悪の場合は発売延期にされてしまうこと——を恐れていた。

 

 そこでクライヴ・デイヴィスは、レーベルとして『ブックエンド』を全面的にプッシュすることを約束し、それを前提にいくつかの提案をした。ひとつめは、これがサイモン&ガーファンクルのアルバムではなくサントラであることを明確にするため、ジャケットには映画のスチール写真を使い、サイモン&ガーファンクルの写真はいっさい前面に出さないということ。ふたつめに、いかにサントラが売れても『ブックエンド』の発売は延期しないということ。そして何よりも、このサントラをリリースすることは『ブックエンド』の邪魔をするどころか、さらなるセールスに貢献するだろうと力説。で、最後に、サントラも『ブックエンド』も必ずトップ10ヒットにしてみせると請け負った。

 結局、彼が言ったことはすべて現実になった。映画を観て計算した「50万枚」というのがちょっと嬉しい誤算で「200万枚」を超えたことを除いては。でも、ジャケットにサイモン&ガーファンクルの写真を使わないというのはさすがに宣伝面でリスキーだったのではと思いきや、こちらもヒョウタンから駒。まるでイージーリスニングのアルバムみたいではあるけれど、写真のチョイスが素晴らしかった。“ミセス・ロビンソン”ことアン・バンクロフトのお色気美脚をドーンっとアップにしたジャケットは青少年の心をわ・し・づ・か・み♡ たぶんジャケ買いした男子も多かろう、みたいな。

 

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よくよく見ると、なんかシュール。

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でも、カセット版は美脚なしバージョンもあるみたい。

 

 いやー、クライヴ・デイヴィスかっこいい。スーパービジネスマン、かっこよすぎる。“説得”というのもプロデュース術のひとつであり、ある意味ミュージックマンにとっての“芸術”でもあるのだなぁ。とはいえ、誰にでもできることではないのは言うまでもない。この人はやっぱ天才だ。ビジネス手腕もすごいけど、音楽のことも、音楽家のこともよく知っている。

 

 そして、このサントラでいちばんおいしいと言われたのがデイヴ・グルーシン

 ジャケットには、タイトルの下に

SONGS BY PAUL SIMON

PERFORMED BY SIMON & GARFUNKEL

 とデカデカ書いてある下に、あからさまに小さーく

ADDITIONAL MUSIC BY DAVID GRUSIN

 と。クレジットからしてアディショナル感むんむん。しかし、最終的には200万枚を超えるセールスを記録したアルバムの半分を手がけた作曲家として、グルーシンもサイモンと共にグラミー賞の最優秀インストゥルメンタル作曲賞/テレビ・映画部門を受賞した。昔から、このことをよく「濡れ手に泡」とか「漁夫の利」みたいに言う人もいるんですが。違います! デイヴ・グルーシンあっての『卒業』なのです。と、ここまで前置きがバカ長くなりましたが、本日はそのことについて書きたいと思います。

 

 デイヴ・グルーシンといえば、私にとっては『卒業』よりもまずジェントル・ソウツの人(注:少し特殊なピンポイント派です)。そしてGRPレーベルの人。 弟のドン・グルーシンと“グルーシン兄弟”として、日本のクロスオーバー/フュージョン界に大きな影響を与えた偉大な人。彼が映画音楽の巨匠でもあることや、『卒業』のサントラを手がけたことはずっと後になって知った。が、実は、音だけはジェントル・ソウツより先によく知っていた。

 

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(↑最近、“素敵なおじさまかと思ったら年下だった”という惨劇が頻発しておりますが、さすがにデイヴ・グルーシンならおじさまで絶対だいじょうぶ。1934年生まれ、安心の84歳)

 

 私が初めて『卒業』という映画を見たのは中学生の頃、テレビの洋画劇場だった。まだサイモン&ガーファンクルに今ひとつ興味がなかったこともあるが、その時、この映画でいちばん魅了されたのは映画の内容でも、歌でもなく、デイヴ・グルーシンのスコアだった。今でもよく覚えている。突然、気持ちが「ふわっ」とした。家の小さなテレビの中からキャサリン・ロスダスティン・ホフマンの日本語吹替のセリフよりも、くっきりと音楽が浮き上がっている気がしたのだ。メロディというよりも、演奏の躍動感が強烈に響いたことを覚えている。その音楽をスタジオで演奏しているミュージシャンたちが見えてくるような気分になった。それまでは、映画のバックグラウンドに流れている音楽をそんな風に意識したことはなかったのに。それからしばらく経って、渋谷の名画座に『卒業』を見に行った。映画そのものは、なんか、こう、まだオトナすぎてよくわからなかったけど、理由はひとつ、あの音楽をもういちど聴きたかったから。ま、デイヴ・グルーシンだけじゃなく、その時すでにサイモン&ガーファンクルの音楽も好きになっていたのかもしれないですね(笑)。以来、たぶん、音楽の聴き方そのものがちょっとずつ変わっていって、それが後々ジェントル・ソウツにも至ったわけだが、もっとあとになって、たぶん、音楽というものに対する自分の中の意識が大きく変わった瞬間は、あのテレビで見た『卒業』だったのではないだろうかと気づいた。

 

 その後、映画音楽を含めてデイヴ・グルーシンのさまざまな仕事に触れるようになって、しばらく『卒業』のことを忘れていた。が、最近ふと懐かしくなってアルバムを探して久しぶりに聴いた。そして思ったのは、収録されたグルーシン・ナンバーのチョイスといい、インストの対比でサイモン&ガーファンクルの楽曲をどう見せるか…まで考えた曲順といい、聴けば聴くほど本当によくできたアルバムだということ。

 「曲が足りないならスコアを足せばいいじゃないの。ほーっほっほっ」というのはクライヴ・デイヴィスのアイディアだったとしても、それを200万枚のセールスに値するオリジナル・アルバムとして見事に設えたのはアルバムのプロデューサー、テオ・マセロの力も大きいと思う。そして、スコアを担当したのが、マセロにとっても知らない仲ではないグルーシンだったことも重要なファクターだったのではないかなと。

 

 たとえば、1曲目は今をときめくサイモン&ガーファンクルの大ヒット曲「サウンド・オブ・サイレンス」で、3曲目には「ミセス・ロビンソン」のイントロを用いた不気味なインストがある。そしてこの、ナウなヤングたちの曲の間にはさまっているのが、グルーシンによるノスタルジックなダンス音楽「The Singleman Party Foxtrot」。この3曲の並び順の見事さ、聴くたびに唸ってしまう。表層的には、2曲目は1曲目の新しさと対照的な“古さ”をあらわすものだが、同時に「サウンド・オブ・サイレンス」という新しい曲の向こう側にあるアメリカという歴史=バックグラウンドを想起させる隠喩にもなっている。アルバムに収録されたグルーシンのスコアは、このフォックストロットやチャチャ、お上品なイージー・リスニング、ビッグバンド・ジャズ、キャバレー音楽……公開当時はまだ“レトロ”ではなかったとは思うけれど、それでも微妙に古くて、若者には退屈なタイプの音楽で、それがサイモン&ガーファンクルのワクワクするような“若さ”を際立たせている。でも同時に、考えてみれば当時のグルーシンにとっても、こういうのは決して“等身大”の音楽というわけではなかったはずなのだ。おそらく確信犯的に“古いアメリカ”を象徴するようなジャンルの音楽に“寄せた”曲にしたのではないだろうか。が、古い世代のおじいちゃんが等身大でノスタルジック音楽をやるのと、飛ぶ鳥落とす勢いで活躍する気鋭の作・編曲家があえて意識的にノスタルジックをやるのでは大きく意味が違う。その違いはたとえば、微かな体内リズムやグルーヴ感の差異や、古い音楽にも自然とモダンな高揚感を求めてしまう世代的なクセとか、そういうささやかな機微にしかあらわれない違いなのかもしれない。けれど、その違いこそが『卒業』というサウンドトラック・アルバムを特別なものにした大きな要因のひとつではないか。それがあるかないかでは、サイモン&ガーファンクルの楽曲とデイヴ・グルーシンのスコアとの親和性は全然違うはず。

 そして、そんな屁理屈を抜きにしても、このアルバムでのグルーシンのスコアはすべて、ただひたすらに美しい。ちょっと気取っているけど、どこかのどかなダンス音楽集。ハリウッド映画に出てくる舞踏会やナイトクラブのような華麗さではなく、グルーシンさんが遠い昔、コロラドのハイスクールのプロムで踊った初めてのフォックストロット……みたいな温かなノスタルジアと、70年代の超一流スタジオセッションマンらしい野心がキラッと光るクールさが絶妙なバランスで混じってる感じとか。とにかく、ここでのサウンドの手触りや空気感は理屈抜きで大好き、すべて愛しい。昔も好きだったけれど、年齢を重ねて、古い音楽をたくさん好きになってから聴くと、懐かしいというより新鮮な気持ちになって、ますます好きになる。さかのぼってみれば、最初に見たものを親と思う的なことなのかもしれないけど。

 

 

●映画音楽以外で、いちばん好きなソロ名義のアルバムはこれかな。レーベルはシェフィールド!懐かしい。

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●若い頃は、ちょっとハリソン・フォード似のハンサム♡ 思いっきりズージャなピアノにストリングス、後の映画音楽仕事にもつながるようなこれも名盤。

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●映画音楽も本当に素晴らしい、まさにアルチザン仕事なサントラがたくさん。特に70年代半ばから80年代前半にかけては『卒業』での高評価が影響したのか『ボビー・デアフィールド』『天国から来たチャンピオン』『チャンプ』『恋におちて』『トッツィー』etc.と大作映画でグッジョブ連発。これはアカデミー賞の作曲賞にもノミネートされた『黄昏』(1982)。

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