Less Than JOURNAL

女には向かない職業

バンジョーとオペラとリアノン・ギデンズ

「ほっほー。リアノン・ギデンズとオペラについて書いてあるとは、世にもめずらしい本ですなー」

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(※モデルはバイトのサクラです)

 

 先日紹介した、シンシナティ・ポップス・オーケストラのアルバム『American Originals: 1918』でも大活躍だったリアノン・ギデンズ。

《参照記事》---

シンシナティ・ポップス・オーケストラとアメリカーナな仲間たち - Less Than JOURNAL

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 2005年にノースキャロライナで結成されたキャロライナ・チョコレート・ドロップスのボーカリストバンジョーフィドル奏者としてデビュー。2010年のサード・アルバム『Genuine Negro Jig』がグラミー賞の最優秀トラディショナル・フォーク・アルバムを受賞した(ちなみにこれはノンサッチ移籍第一弾。嗚呼、なんたるノンサッチ!)

Genuine Negro Jig

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 1枚のアルバムの中にトラッド、フォーク、ブルース、20世紀初頭の黒人によるストリングス・ミュージックなどなどと、安室ちゃんのプロデュースを手がけたこともあるダラス・オースティンの曲「Hit 'Em Up Style(Ooops!)」(オリジナルverを歌っているのは米国の女性R&Bシンガー/SSW、ブルー・カントレル)がごくごく自然に並んでいるのも、このバンドらしさをよくあらわしている。

 

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 このアルバムではジョー・ヘンリー、そして次作の『Leaving Eden』ではバディ・ミラーがプロデュースを手がけている。このことからも察しがつくように、脈々と続いてきたトラッドやフォーク、ベテランのカントリー系、そして90年代オルタナ・カントリー派閥までひっくるめて大ざっぱにくくった、いわゆる21世紀アメリカーナの本格的ブームの端緒を開いたグループのひとつだ。時を同じくして結成されたパンチ・ブラザーズと同様、大衆音楽や土着の文化を自分たち世代の視点で再評価しようというアカデミックな意識が、同じアメリカーナ系とされるミュージシャンたちの中でもずば抜けて高いバンドで……言葉はあまり良くないけれど“意識高い系アメリカーナ”の筆頭というか。デビュー当初からそんな印象があった。

 

 なので、リアノンが実はクラシックの名門として知られるオバーリン音楽院(オハイオ)出身で、しかも弦楽器や作曲をやっていたわけではなく声楽を専攻していたと知った時、それほど意外だとは思わなかった。ファースト・ソロ・アルバム『トゥモロウ・イズ・マイ・ターン』(2015)は、さまざまな時代とジャンルの女性たちが作った/歌った曲を集めたアルバムで、常々人種や性別の問題と真摯に向き合ってきた彼女のメッセージがこめられた作品という角度からも高い評価を受けた。が、私の個人的な意見として、もうひとつ、それぞれ独立した物語を持ち、立場も性格も異なる主人公たちによって歌われる曲を集めたこの作品は、オペラ歌手をめざしていたリアノンにとっては、ある意味、オペラのアリア集のような意識もあったのではないか、とも考えていた。

 

トゥモロウ・イズ・マイ・ターン

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  そんなわけで2016年3月、ブルーノート公演のために初来日したリアノンに電子書籍『ERIS』誌でインタビューする機会を得た時に、せっかくだからオペラとかクラシック寄りの話もいろいろ訊いてみたのだった。そしたらやっぱり、このアルバムでひとつひとつ異なる世界を歌う時には確かに、コンサートでオペラのアリアを歌うような気持ちの集中や切り替えが必要だと話してくれたし、そういった集中力やボーカル・コントロールについてオペラの勉強で学んだことがフォーク/アメリカーナというジャンルで活動する時にもとても役立っているとも教えてくれた。それにしても、まぁ、あれだけのバンジョーフィドルの名手なわけで、声楽を学んでいたといっても、いわゆるモラトリアム期間としてたまたま得意なジャンルを専攻していたとか、本当にやりたいことはもともとキャロライナ・チョコレート・ドロップスみたいなバンドだったんだろうなと思っていた。が、実際に話を聞いて驚いたのは(と言っては失礼なんだけど)、彼女は本気でオペラ歌手を志してオバーリンに進学して声楽を学んでいたのだという。ところが、たまたま在学中にバンジョーに出会い「バンジョーに恋してしまったのよね」と。そういうことだったらしい。人の運命というのは、ほんとに不思議。

 オペラ版『愛と誠』みたいだな。もちろん愛がリアノン、誠がバンジョー(笑)。

 なので、現在オペラ界で活躍している同級生たちも多いようで、テレビ放送されているメトロポリタン・オペラを見ているらしきリアノンが「友達が歌っているのをテレビで見られるなんて!」と、テレビ画面の写真をSNSに載せていたこともある。

 

 そんな彼女だから、最近のオーケストラとの共演コンサートでのたたずまいも堂に入ったもの。少し早足で、ドレスの裾をさばきながら舞台に登場する姿のエレガントなこと。歌い終え、くるりと後ろを向いてオーケストラに喝采を送ったりする仕草もホントにオペラ歌手みたいで素敵。でも、音楽的なところはライブハウスやフェスで歌ってきたのと変わらない。完全にリアノンの世界。古いブルースやトラッドを歌ったり、黒人音楽の歴史絵巻のような組曲風……そういった、あくまでこれまでの活動の延長線上にある世界観を、シンフォニーという手法をもって表現している。とても自然だ。

 

ノースカロライナ交響楽団音楽監督、グラント・ルウェリンと共にフランスで現地オーケストラと共演した時のプロモ映像。ケルティック・ブルース、かっこいい。フランスでこういう音楽をやると、ちょっとワールドミュージック的な雰囲気になるのかな。

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 さすがにオペラのアリアを歌うことはないのかな、そこはプロフェッショナルな彼女のことだから“餅は餅屋”の美学を守って、ちょっとシャレで歌ってみるようなことはしないんだろうけど聴いてみたいな気はする……なぁんて思っていたところ、昨日、ものすごい(←私にとっては)ニュースが飛び込んできた。

 メトロポリタン歌劇場とニューヨークのクラシック専門FM局WQXRとメトロポリタン歌劇場、クールなポッドキャストをがんがん送り出しているWNYCスタジオ(公共放送)の共同プロデュースで、今年12月から新しいオペラのポッドキャスト番組をスタートするのだそう。その名も『ARIA CODE』。エリア・コードとオペラのアリアをかけてまんねん。なんか、カントリー・ファンとしてもフレンドリーな響きの番組名ですが。で、そのホストを務めるのが、なんと、リアノン・ギデンズ!

 第一回目の配信開始は12月4日。現在、この↓リンクにあるSUBSCRIBEのところから進んで、どのメディアで聴収するかを選択するとリアノンが紹介する予告編を聴けます。日本からアクセスできないメディアもありますが、SpotifyのほかRadioPublicあたりを選ぶと聴きやすいのかなー。あんまりポッドキャスト詳しくないのですみません。

www.wnycstudios.org

 紹介記事によると、番組では有名なアリアを毎回1曲ずつ紹介して“深掘り”。プラシド・ドミンゴディアナ・ダムラウ、ソンドラ・ラドバノフスキーなど有名歌手によるメトでのパフォーマンスを聴きながら、この1曲がなぜこんなにも人々の琴線に触れ、深く心に残るのかを探ってゆくというもの。ゲストとして、なんと、オペラを愛するあまり自らもオペラを書いてしまったルーファス・ウェインライトや、俳優/演出家のルベーン・サンチャゴ・ハドソン(HBOドラマ『キャッスル』のモンゴメリー署長が有名)などオペラ歌手以外のいろんなジャンルの方々の登場も予定されているとか。他にもメトの歌手たちが登場するというから、メト合唱団で活躍しているリアノンの同級生が登場する日もあるかもしれない。リアノンの同級生トークとか、聴いてみたいー。

 

 私がインタビューをしたのはもう2年半くらい前なのだけれど、その時にオペラとフォーク/アメリカーナの接点について訊ねたら、彼女が「そうそう、そうなのよ」という表情になって、今、オペラとフォークがまたどんどん接近してきている、そういう面白い現象が起こりつつある……と話してくれたことがとても印象深かった。

 そして実際、その後……つまり、わずか2年半くらいの間にクラシカル音楽とアメリカーナの接点はどんどん広がっていって、なんか、もう、その先頭で旗をブンブン振っているノンサッチ・レーベルも含め、今のアメリカの音楽界が面白すぎて私なんかは日々泣きそうになっている。リアノン自身についても、2年半前はソロとしての活動がどういう風に広がってどこにつながってゆくのかは誰にも想像がつかなかったと思うけど、先日も書いたように、その後は舞台に挑戦したり、人気ドラマで女優デビューしたり、全米各地のオーケストラとの共演がライフワークのようになりつつあったり、そして今回、遂にオペラのポッドキャストまで始めるという……まさにあの時に彼女が話してくれたフォークとオペラの“接近”を、たぶん彼女自身が誰よりもリアルに実感しているのだ。そうそう、昨年は《米国版ノーベル賞》ともいわれるマッカーサー・フェロー、通称“天才賞”を受賞という大事件もあった。過去にクリス・シーリーも受賞しているマッカーサー・フェロー。音楽界に限って言えば、近年はジャンルへのこだわりなく米国文化をひとつの大きな地平としてとらえようとするような、そういう活動が顕著な人々が受賞する傾向が強いような気がする。そういう意味でもリアノンはぴったり。

 という、ここまでの流れもあってのポッド・キャスト。

 「なぜバンジョーフィドルを弾きながらアメリカーナを歌ってる歌手がオペラの番組をやるの!?」と訊かれた時のために、番組配信スタート前にちょっと説明しておこうと書き始めたらまたこんなに長くなってしまいました(笑)。いや、しかし、人生で「なぜバンジョーフィドルを弾きながら…(以下同上)」なんて訊かれる日が来るのだろうか。来ない気がする。いや、でも、人生はいつ何が起こるかわからないからね。

 とにかく、リアノンがどんな風にオペラを語るのかも興味しんしん。そして、彼女がどんな風にオペラ音楽を聴いているのかを話してもらうことは、それまで気づかなかった楽しさを知ったり、よく知っているアリアも違った角度から好きになるキッカケになるんじゃないかなと思う。学校の先生に習ってもちっとも上達しない英会話が、外国人の友達ができたら信じられないくらいめきめき上達した……ということがあるのと同じように。

 

 ちなみにリアノンのこれまでの音楽については、Spotifyにこんなごきげんなプレイリストもあります。↓↓↓

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 こういう角度から見ると、アメリカのクラシカル音楽シーンの動きというのはますます目が離せないものになっているのは間違いないと思う。ただ、このあたりが日本のコンサバティブなクラシック愛好家シーンにはいちばん伝わりづらいところなのだろう。リアノン・ギデンズとか、ルーファス・ウェインライトとか、クリス・シーリーとか、シガー・ロスとか、ゲイブリエル・カヘインとか……説明して伝わるものでもないしねぇ。クラシック側の音楽においても、たとえば昨年、リサイタルのために久々にメトの舞台に立ったキャスリーン・バトル女王様がやったことは、大編成のゴスペル・クワイアに黒人の女性活動家の朗読やウィントン・マルサリスの演奏を交えたゴスペルショウだったわけだが、記録的人数の黒人の観客がメトの客席を埋めたその公演がどれだけの快挙だったのか……ということも、日本でほとんど語られなかったことは残念だった。バトル女王様が意図していたことは、まさしくリアノンがノンサッチ2作目のソロ・アルバム『フリーダム・ハイウェイ』にも通じることだったと思う。そのあたりの米国のナウな状況とか小ネタは『ERIS』の連載で今も書かせてもらっているし、何よりも去年上梓した『アメクラ〜アメリカン・クラシックのススメ』に細かく細かくみっちりと書いた。なので、ご興味あったらご覧いただけるとうれしいです。今、1年とか2年という短い間にシーンがどんどん変わっていくのを体感しているので、そのあたりのことは今どうしても書き留めておきたかったのです。リアノンに聞いたオペラの話とかアメリカーナ勢のクラシカルへのアプローチなどについては、たぶん、これまであまり誰もきちんと書いていない話だと思う。その点での新しさ、だけは胸を張りつつ。でも、本が出てから1年ちょっとでいろんなことがまたどんどん加速してきているし。なので、気がついたことはこうやってブログにでも書いておかないと自分でも忘れてしまいそうです。

 この本について言われた、今まででいちばん嬉しいお褒めの言葉は「細かすぎて伝わらないノンサッチ選手権みたいな本だね」でーす(o゜▽゜)oホメテナイーーーウレシイケドーー。

 

 

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おまけ↑リアノンさんとわたくし(2016年3月)