Less Than JOURNAL

女には向かない職業

Three Dots And A Dash 〜呼ばれて飛び出て♪じゃじゃじゃじゃーん〜

 今ごろになって去年のベスト・アルバムの話をされても、逆に鬼が笑うかもしれませんが。

 

 というか、そもそも年間ベスト・アルバムとは「うーん、何にしようかな。あれがいいな、いや、あれもよかったし」とウンウン悩むところが楽しいわけで。2018年の1枚といえば、もう、ためらうことなく1枚しか思いつかないので選ぶ楽しみもなくて、逆にベスト・アルバムのことなんか考えるモチベーションが発生しなかったのだ。

 

 だって2018年は、パンチ・ブラザーズのニュー・アルバムが出たんですよ。

All Ashore

 PUNCH BROTHERS/ALL ASHORE

 

 もう、これしかないです。

 

 しかし、ここからちょっと愚痴になりますが。驚いたことに今回も発売時に日本盤が出ませんでしたね。いや、まぁ、別に鎖国じゃないので輸入盤もふつうに買えるからいいんだけど。音楽的な意味でいえば、正直なところ、このタイミングでこのアルバムの日本盤が出ないと聞いて、ちょっと鎖国に近い息苦しさを感じた。これはひいき目というより、もうちょっと俯瞰の視点での見解。2018年にノンサッチガン無視の国。て、いいのかな。たしかにフェスでの動員とかメガヒットとかさほど期待できない方向性のレーベルかもしれないけど(笑)、今、もっとも豊かな米国音楽のるつぼですよ。文化として、あらゆるジャンルの音楽ファンが心を留めるべき存在。ほんと驚いたわ。来日記念盤として発売された前作『The Phosphorescent Blues(邦題:燐光ブルース)』も、輸入盤から1年以上遅れてのリリースだったし。個人として日本盤が欲しいかどうかは別として、洋楽は日本盤が出ないと雑誌の音楽ページとかで紹介されづらいわけですよ。あと、ラジオで好きな曲をかける時にも「できれば、日本盤が出てるものを」という縛りがある場合もある。まぁ、とはいえ、日本盤がなくて困るのは、それくらいのことなので大問題ではない。ただ、やっぱり、たとえばセレブ婦人誌の音楽ページにパンチの写真がどかーんとか載ってたりして、美容院でパーマあてながら雑誌をパラパラ眺めているセレブな奥様が「あら、このシーリーさんって素敵ね。歌舞伎役者のナントカさんにそっくりねぇ♡」なんてことがないとは限らない。とか想像すると、ちょっとワクワクするではないですか。すきあらば可能性の種はまきたい、そんな職業病。

 

 そういえば、先月、付録のふわもこバッグがどーーーしても欲しい、という理由で、中谷美紀さまが表紙の『大人のおしゃれ手帖』を買いました。そしたら〈話題のミュージシャンがオススメの“大人が染みるミュージック”を紹介する〉という主旨の音楽ページに、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチさまが。

 

そして!!

 

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 うぉあああああああああああああーーー。わーいわーい\(^o^)/\(^o^)/

 

 ゴッチさまのセレクトした“大人が染みるミュージック”は、なんと、がってん承知のパンチ兄弟。しかも最新作の『All Ashore』。がーさす。かっけーー。神よ!染みました!ゴッチさま染みるー!ゴッチさんがアナログでパンチ聴いてる姿を想像すると、それだけでしあわせになります。

なんというか、こう、パンチ兄弟は“ミュージシャンズ・ミュージシャン”という言葉がホントによく似合いますな。そして、ふと思ったんだけど、私は、こういう風にさらりとパンチ兄弟が好きと言うミュージシャンの作る音楽は、たいてい大好きです。や、同じ音楽が好きだから、ということではなくてね。アトモスフィア、つーかね。そういう“呼吸”をしている音楽家の作る音が好きというか。うーん、難しい。うまく説明できないけど。

 

 で。平成最後の年末年始。私も再び『All Ashore』で染みまくっておりました。お正月に合うんじゃないかなー、とか思って。なんとなく、ジャケも日の出っぽくてメデタイ感あるでしょ。あと、ちょっと人数的には少ないけど、パンチ・ブラザーズって宝船に乗った七福神みたいなイメージありますよね。※個人の感想です。


 と、マクラが長くなりました。ここからが本題です。

 

 そんなパンチまつりの折も折、 正月明けに突然ミネソタ・パブリック・ラジオの音楽番組“The Current”でのスタジオ・ライブ「Three Dots And A Dash」がYouTubeにアップされたのです。

 www.youtube.com

 

 映像そのものは今夏の全米ツアー中に収録&公開されたもののアウトテイクなので珍しいというわけではない。が、やはり、今回はアルバムそのものだけでなく、あれをすぐにライブでそのまんま演奏する国内外ツアーをやっちゃうスゴ腕っぷりも含めてのすごさだったなーと、夏の装いのご兄弟たちを眺めながらしみじみ振り返ってみたり。しかも、こんなややこしい音楽が各地ソールド・アウトだったなんて。もちろん日本にも来てほしかったけど、まぁ、今回もボストンでのフルライブを含めてたくさんコンサートやスタジオ・ライブの映像が見られたのでありがたかったです。CRTのお客様の中にも、どうやら来日しそうにないから現地まで行っちゃえと渡米された方までおられて、グッズのおみやげもいただいた。本当にありがとうございます。

 で、「Three Dots And A Dash」という曲。

 この曲は、アルバム発売前にもいち早くビデオクリップとして公開された2曲のうちの1曲でもあった。そういう意味では、今回のアルバムを象徴する楽曲のひとつといえる。ナッシュヴィルの古い薬局をリノベートしたスタジオで撮影されたという、このクリップもまたカッコよかった。

 


Punch Brothers - "Three Dots and a Dash"

 

 パンチ・ブラザーズの曲タイトルはおそろしく哲学的だったり、あるいはトンチが効いていたり、政治や社会に対してチクリと一刺しするようなものだったり、かと思えばめちゃおバカな意味なしトンチタイトルだったり。一筋縄ではゆかない。難しい。それで「Three Dots And A Dash」というのも何か深い意味がありそうだなーと思いながら、そういえば、ちゃんと調べたことがなかったのだ。

そして新年、このお宝映像を見た時にようやく知ったのです。
Three Dots And A Dash=3つの点とダッシュ〈−〉とはモールス信号の“V”、または転じて“ビクトリー”。(と、YouTubeのキャプションに書いてあるのw)

 なるほど!モールス信号だったのか!

〈と・と・と・つー〉=ぶいっ!

  「いざ上陸!」みたいな思いをこめたアルバムのタイトルにも重なる。やっぱり、深いタイトルだったのですね。ボーイ&ガールスカウト経験者だったら、すぐに気づくのかな。モールス信号なんて、子供の頃に“スパイ手帳”に載ってるのをお遊びで覚えたくらい。〈ととと・つーつーつー・ととと〉が〈SOS〉の意味だということだけは、ピンク・レディに叩き込まれたおかげで今でもよく覚えておりますが。

 

※参考画像。

www.youtube.com

※そういえば、放送ではモールス信号は放送禁止だったのでカットされていますね。ちなみに、この映像の後方でピンク・レディーの振り付けに全然関係なく踊り続ける森進一がたまらなくアーベイン。


 そして。お正月からそんなことをぼんやりと考えていたら、突如、思い出した。


 モールス信号といえば、ベートーヴェンじゃん!

♪じゃじゃじゃじゃーん。

 交響曲5番『運命』の、あの有名な♪じゃじゃじゃじゃーん。
 それをモールス信号に置き換えると、これまた〈・・・——〉
モールス信号が普及したのは1840年代なので、もちろんベートーヴェン先生がモールス信号をパクって交響曲5番を書いたわけではない。

が、たまたまモールス信号で〈勝利〉をあらわすのが♪じゃじゃじゃじゃーん〜であることから、第二次世界大戦中に英国BBC放送が番組テーマ曲……という名目のもと、暗黙の反ナチス・キャンペーンのメッセージとして毎晩『運命』をオンエアしていたというエピソードもある。

もともとベートーヴェンも、この♪じゃじゃじゃじゃーんを「運命の扉を開くノックの音」とか言ったとか言わないとかで(真偽不明)、そういう意味でも〈勝利を告げる♪じゃじゃじゃじゃーん〉というのは妙にピッタリくるのだ。ミステリアス。

 

映画『史上最大の作戦』でも♪じゃじゃじゃじゃーん〜が。

www.youtube.com


↑さらには。この映像を見るとこの場面でも、よく聴けばティンパニがドン・ドン・ドン・ドーと“V”のモールス信号を連打しておりますね。興味深い。

そして交響曲5番『運命』の中にも〈・・・——〉のリズムは繰り返し登場する。

このことをクリス・シーリーが気づかないわけがない、と思う。パンチ兄弟の「Three Dots〜」でも、マンドリンが全編にわたり〈・・・——〉のリズムを刻み続けているのは単にモールス信号を表現しているだけではなく、絶対にベートーヴェン・リスペクトの要素も入っているに違いない。だって、シーリーだもの(相田みつを)。そう考えると、この曲はインストながらいろいろとさらなる深読みもできそう。深いわー。

が、そこはシーリー。ただの意識高い系アメリカーナちゃんではない。

THREE DOTS AND A DASHはもうひとつ、たぶんシーリー的にはものすごく重要な意味がある。それは、ティキ・カクテル……日本的に言えば、トロピカル・ドリンクの名前でもあるのだ。第二次世界大戦が終わろうという頃、エキゾチックなポリネシアン・レストランで全米に空前のティキ旋風を巻き起こした、ティキ・バー文化の創始者〈ドン・ザ・ビーチコマー〉*1が自ら考案したティキ・カクテルの名前でもあるのだそう。ちなみに最近のティキ・リバイバルの立役者だという、シカゴにある有名なティキ・レストラン・バーの名もずばり"THREE DOTS AND A DASH"。

threedotschicago.com

 

ティキ・バーは、ハワイアンとブルーグラスの両方で使われるペダル・スチール・ギターの交差点でもあったりと、アメリカーナ音楽の側面から見てもなかなか興味深いポイントの多い文化だ。当然、シーリーもティキ文化にはおおいに興味を持っており、昨年のツアーではステージ・ドリンクもなんだか紙の傘が刺さってるよーなトロピカル・ドリンクだった模様。そういえば、首にレイかけて演奏したりもしてた。来日した頃は、クールに“ライ・ウィスキー”をストレートで煽っていたのに……。ステージ・ドリンクでアルバム・プロモーションをする男、シーリー(笑)。

 

そういえば公式サイトで買った『ALL ASHORE』の同梱グッズも、こんなティキティキ・ダサダサなピンバッヂだった。キミ、ほんとにティキ好きなのねー。

 

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おしゃれなアーティストグッズの典型として「パッと見、物販グッズに見えない」というのがありますが。これは、物販グッズであることがわかってもらえないと恥ずかしい……という珍しい例。


「よし、オレはスリー・ドッツ&ア・ダッシュを飲みながらスリー・ドッツ&ア・ダッシュを聴くぞ」というチャレンジャーがいるかどうかはわかりませんが、ご参考までにカクテルのレシピもリンクしておきます。しかも動画ですが。次のCRTパンチ兄弟まつり開催の時には、ダメモトでめぐ女将にこれ見せてスペシャル・ドリンクとしてリクエストしてみるか。

www.youtube.com

 

 

 ということで、本年もよろしくお願いいたします。

『All Ashore』絶賛発売中。今年も来日を祈りつつ。

 

All Ashore

All Ashore

 

 

*1:ホノルルのインターナショナル・マーケット・プレイスを作った人で、あのマーティン・デニーの成功にも貢献している。