Less Than JOURNAL

女には向かない職業

月刊映画『きゅぽら ぱあぷるへいず』4月號試写上映會

 あがた森魚さんが持ち歩いているDVで撮った日々の暮らしを、毎月ひとつの映像に編集している月刊映画『きゅぽら ぱあぷるへいず Qupora purple haze』。神田・小川町のspace neoで行われている定例の上映会に初めて伺った。

 北は北海道から、南は沖縄まで。四月のあがたさんは土地から土地、人から人へと凄まじい勢いでわたり歩いていた。若いオルタナ連中とクラブで激しくギグり、渡辺勝さんと「煙草路地」を歌い、友人の結婚披露宴で(!)「赤色エレジー」を歌う。ありとあらゆる世代の人々と語らい、目に映る風景にコトバを乗せ、おおいに飲み、笑い、チャリで帰途につく。そのめまぐるしい日常を、編集を担当する中島氏は淡々と切り取ってつないでゆく。体感速度はものすごく速くて、映像を見ている自分までもが喧噪に包まれているような気分になるのだが、同時に、まるで写真集をゆっくり眺めているような、丁寧にページを繰ってゆく音しか聞こえないような、不思議な静けさも感じる。うらはらな感覚、これぞあがた的。

 これは、脚本のない究極のロードムーヴィー。

 いや、脚本はある。

 それはつまり、神さまの脚本てことだ!

 かつて、あがたさんの人生を「神さまの脚本」と表現した人がいるそうだ。すごくわかる。
 わたしも、あがたさんとお会いするたびに「うわー」と声に出して驚きたくなるような、神さまがノリノリで「24」ばりの脚本を書いちゃったのか!? みたいな経験をする。もう、本当に不思議。ありえない偶然とか、出会いとか、再会とかが日常茶飯事。
 そして、あがたさんも自ら「まぁ、そうだよね。だって、そもそも、慶一と出会ったことからしてフシギだもんね」と笑う。たしかに、偶然の、ラッキーな出会いと言うには、もし、その出会いがなかったら日本のロック史が確実に今とは大きく違っていたわけで、そう思うと……ねぇ、本当に偶然のはずがない。もしホントに《偶然》だとしたら、そっちのほうがオカルトだ。

 だから、この、毎月生み出されてゆく長編ロードムーヴィーは、筋書きも結論も、どこがクライマックスシーンがあるのかもわからないけれど、神さま渾身の脚本による「あがた森魚」というタイトルの長編映画なのだ。絶対に。

 「何もない時もある。何かある時もある」(と、あがたさん)
 だから、毎月、映像の印象は違うのだそうだ。何かがあるから作るとか、そういうことじゃなくて。続いていく物語を撮り続けて、見せ続ける。

 でも実は、ホントは「何もない」なんてことはないのだ。

 あがたさんですから。

 もう、これは最大の敬意をこめて書きますが、あがたさんみたいにクレイジーな人はいないわけで。一瞬たりとも「何もない」ことがないわけです。もう、同じ時間、同じ場所で、同じものを見ていたとしても、たぶん、あがたさんは全然違うものが見えている。こないだ、あがたさんが月刊映画のために映像を撮る場面に居合わせたのだけど、はたから見れば、ものすごくヘンなタイミングで突然カメラを手にするのです。でも、それは、同じ場面を共有していてもわたしには見えない「風景」をあがたさんは見ているってことなのだなーと、今回、4月の映画を観てよくわかった。

 ぜんぜんフツウでない、とてつもない日常を、ものすごくフツウにホームビデオを撮るように、なんてことないブログ日記を書くように綴っている。

 フツウのことを、とてつもないことのように描く人。
 とてつもないことを、フツウのことのように描く人。
 どっちもすごいと思うけど、わたしは後者に魅かれる。
 
 地獄の崖っぷちを覗きこんでいるような音楽を奏でたかと思うと、次の瞬間には地元の人たちと笑顔で世間話を楽しむ場面になる。印象的だったのは、「ありがとう」という言葉が出てくる回数の多さ。カメラを持ったあがたさんの「ありがとう」という声がしたとたん、被写体となった人々が笑顔でおじぎをする……それは、日本中どこにでもある場面。人と人が出会って、何かを分かち合った後に訪れる「別れ」の瞬間。そこに漂う空気の美しさを、その映像はくっきりととらえている。ああ、なんか、何のストーリーもないのに、映画の名シーンのように心に残っているステキな場面がたくさんあったな。また、繰り返して見たい場面がたくさんあるなぁ。

 それが、この映画を見ているうち、次第に異空間に引き込まれていくような奇妙な感覚に陥る理由なのかもしれない。なんというか、気がついたら「カラダはそのままで、魂だけそっち側に行っちゃってる」みたいな。気持ちいいな。

 ぜんぜんフツウな人が、あたかもフツウでないように装った音楽(もしくは、そんなようなもの)には辟易している。ので、この映画を観ていたら、ちょっと、平衡感覚を取り戻したような気持ちになった。なんとも心地よい贅沢な時間。入場料2000円でDVD+読んでいるうちにあがたさんが憑依してくるよーな錯覚に陥る本誌がプレゼントされる。運が良ければ、あがたさんのトークライブもある。お値打ちすぎる。贅沢すぎる。