Less Than JOURNAL

女には向かない職業

食べ物日記

年末年始の娯楽用に買った『オール讀物』新春号。
なんか、大人(てか、オッサン)のお正月っぽいでしょ。ゲームでもなくDVDでもなく、『オール讀物』って。いちばんのお目当ては高村薫氏の短編「四人組、夢を見る」だったのだが。新春号だけあって作家陣も濃いし、《総力特集・松本清張、生誕百年》など記事も濃いし。ゴロゴロしながら読んで、お風呂入りながら読んで、酔っぱらいながら読んで……と、年末年始ずいぶん楽しみました。

さて。『オール讀物』といえば、池波正太郎なわけです。
で、どうやら2月に単行本にもなるようだが、《特別公開・池波正太郎「食べ物日記」》というのが載っている。

もう、池波といえば食べ物なわけで。なんか、こう、フツウのものを食べるにしても、いちいち粋でカッコいいわけで。だから、庶民の食通を気取る昭和のオヤジが、池波がぁ、池波がぁと何かっつーとウダウダとウンチクを語りたがる気持ちもわかるが、ちょっとうるさいんだよなぁ。その、うるさく語りたがる時点ですでに、池波からどんどん離れているってことに気づけよ。鬼平などを拝読すると、ただ単に白いゴハンと焼き魚とだけ書いてあるのにムラムラしてくるほどおいしそうだったり。グルメや食通の筆による、自己表現としての食い物話とは根っから違ってる感じがカッコいいのになぁ。

て、そう言いながら、めちゃくちゃ語ってますけどね。
ああ、いよいよオレも昭和のオヤジかぁぁ(泣)。


でも、語りたくなるんですよね。仕方あるめぇ。江戸っ子ちゃんちゃん。


あ。そうだ、で、「食べ物日記」ですが。
毎日の、基本的にはその日に食べたものと簡単な予定や来訪者が書いてあるだけのメモ。

が、もう、それだけで十分に楽しめる。

[夕]ビール、メンチカツレツ、サラダ、大喜ずしの上ちらし

とか。
そう書いてあるだけなのに、それだけでめちゃめちゃ美味しそう。
なぜこんなに美味しそうなのだ!?
食ったものを書く、という行為じたいは基本的に岡田某氏のレコーディング・ダイエットと同じなのにね(笑)。

「カツレツ」っていう文字を見てるだけで、もう、フツウのカツレツとは違う《池波のカツレツ》が脳裏に浮かんでしまうというパブロフ効果もあるわけですが。
なんつーか、もう、他人のスケジュール帳をのぞき見、しかもそれが池波正太郎の食べた物メモだっていうのですから、これはもう、コーフンしないわけがない。
食べ物について書かれた池波本のファンは多いと思うんですが、そういった本が「レコード鑑賞」などに相当するものだとして、この「カツレツ」とか「ビール」とか字面だけでコーフンするってのは、いわばコード譜を見るだけでコーフンさせられる物凄い音楽……みたいなものかもしれない。もしくは、給食の献立表を見てコーフンしている小学生とか?

たとえば、ある日の昼ご飯。

[昼]めし、じゃがいものみそ汁、つけもの、いり卵


て。

ひょえー。

何も珍しいものはないのに、めちゃめちゃ美味しそう。
なんか、文字を見てるだけでみそ汁の湯気が立ってきそう。

なんか、バランスが絶妙で黄金なのか?「めし」という言葉の字面からして、じゃがいものみそ汁と合うんですなぁ。で、それらと一緒に供される「いり卵」……となると、こちらの脳内が勝手に今まで味わった中で最上の炒り卵をご用意しちゃうものね。

毎日、小説を書くだけでなく、舞台稽古を見に行ったり、映画の試写を見に行ったり、編集者の来訪を受けたり……箇条書きの中からも多忙さが伝わってくる、昭和の大流行作家の私生活。その中にある「食」だということを意識するから、よけいに、こんなにも魅力的な食事と感じられるのか。それは、まぁ、鬼平でも言えることですね。あの鬼平が食べてるものだ……という想像力の補助輪があるからこそ、字面だけで「粗食萌え!」みたいな楽しみ方ができちゃうのかもしれないですね。

まぁ、そんなわけで、「食べ物日記」のページを何度もぱらぱら眺めては「カツレツ」や「鳥の水炊き」や、あるいは「豚団子なべ(ホウレン草)」や「湯どうふ(松茸、油揚げ、ゆず)」といった魅惑のボキャブラリーで妄想グルメな正月を楽しんだわたくしは、「女芯」とか「乳房」とかいう言葉にズキズキ過剰反応している男子中学生のごとき。とほほ。

六本木・香妃園のトリそばとか、目黒デパートのニュートーキョーとか。そういう知っている場所が出てくるのも、池波作品に出てくる古地図の地名みたいでワクワクする。

しかし、当然のこととはいえ、本当に毎日ものすごい勢いで執筆をされている様子が日記の端々からも伝わってきて、それもまた驚きの連続。熱があって「タバコ一本ものまず、またのんでも味なし。ものも、ほとんど食べず」という日は「一日ねている」と記されているが、その日でさえも「しかし夜、週刊新潮十二枚を終わる」と。オレだったら、十二枚も書いた日は「一日ねている」とはいわないぜ。十二枚書いた日、というぜ。て、こんなレベルの低い比較をしたらバチが当たるぜ。反省したぜ。

働かざる者、食うべからず。

これを新春の、池波先生からのお年玉メッセージとして心に刻みたく思いまちゅ(T_T)。


池波正太郎の食まんだら (新潮文庫)

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↓もう、これに尽きます。たまりません。
食べ物の名前を書いただけで湯気が立ってくる池波マジックの神髄を、なんと、我らが矢吹画伯が図解しておられるのですから! 最強!

池波正太郎のそうざい料理帖 (深夜倶楽部)

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