夜のMETには魔物がいる
《どこまで続くかわかりませんが、旅の覚え書きシリーズ【6】》〜ラ・ボエームふたたび。の巻〜
いやはや。自分がロマンチックな人間ではないことは百も承知している。
「オペラに恋してる」とか、絶対に言えません書けません。
でもね…………
夜のメト。
見上げれば、眩いシャンデリア。
有名な、シャガールの大壁画。
そして、外は雨。
美しすぎる。
しかも今夜の演目は『ラ・ボエーム』。
ここに来たらもう、オペラと恋に落ちるしかないです。
恋には疎いオレ様も、さすがに無条件降伏。
2014年3月19日 20:00p.m.@The Metropolitan Opera
Giacomo Puccini 《La Bohème》
Conductor:Stefano Ranzani
Production:Franco Zeffirelli
- -
Massimo Cavalletti(Marcello)
Vittorio Grigolo(Rodolfo)
Nicolas Testè(Colline)---debut
Patrick Carfizzi(Schaunard)
Philip Cokorinos(Benoit)
Anita Hartig(Mimi)---debut
Daniel Clark Smith(Parpignol)
Philip Cokorinos(Alcindoro)
Jennifer Rowley(Musetta)---debut
これがメトの底力なのかぁぁぁぁ。
堪能しました。
『ラ・ボエーム』はメトを象徴する演目のひとつで、これまでの上演回数も最多。1900年の初演から数えて、この日で1251回目の公演だったそうだ。フランコ・ゼフィレッリ監督による有名なスペクタクル舞台も81年の初演から33年、ずーっと続いている。あまりにも素晴らしすぎてやめようもなく、変えようもない舞台。
しかも今回ロドルフォを演じるのは、ヴィットリオ・グリゴーロ。今いちばん輝いている、若きイタリアン・テノールの星。
もちろん夜茄子をはじめ、オペラのスター・テノール歌手はたくさんいる。でも、生粋イタリア人の若手となると意外と少ない。世界トップクラスとなると本当に少ない。そんな中で、ヴィットリオ君は実力、ルックスを含めたアイドル性、いかにもイタリアンらしい華やかな声……すべての面で、これぞスターという存在感。今年37歳になったばかり。イタロ好きとしては、今いちばん目が離せない歌手なのでございます。
マニアを唸らせる巧い歌手は多くても、彼のようにジャンルを超越して伝わるオーラを持つ歌手はなかなかいない。すでにオペラ界では大スターだけれど、今後、アメリカではジャンルの壁を超えて(とは言っても、音楽性はこのまま変わることなく)マリオ・ランツァ的な人気者になっていくかもしれない。最近のメト周辺でのグリゴーロ推しの気運を見ていると、ますますそんな気がしてきた。先日カーネギー・ホールでおこなわれたデザイナーのオスカー・デ・ラ・レンタの叙勲記念ガラでの、フリオ・イグレシアスと並んでいる記念写真を見た時にも思った。なんか、こう、いかにも《コロムビア(=ソニー)のゴージャス・ヨーロピアン・ポップ路線でニューヨーク社交界の奥様がた大コーフン!》みたいな雰囲気があまりにもバッチリきまっていたもので……。
そういえば、アメリカのポップス界は長いことマリオ・ランツァに代わる役が空席なんだよねぇ。待たれている“空席”、ひょっとしたら……ひょっとするかもしれない。
さて。話は戻って、この夜の『ラ・ボエーム』。
正直、感想を伝える言葉が何も思い浮かびません。ただただ、素晴らしかった。でも、いちお以下じぶんメモということで……。
グリゴーロの歌声には、最初のひと声で掴まれる。ライヴでの、圧倒的な“華”。メトのような広い会場でもアッパレと突き抜ける、太陽のような明るい声音。イタリア語がわからなくても、言葉の響きだけで繊細で複雑な感情をまっすぐに伝えてくる表現力。これから年齢を重ねて、もっともっと成熟した歌声を聞かせる歌手になるのだろうけど。等身大で演じる“若者”ロドルフォのリアリティは、今、この若さだからこそ体現できる魅力だ。
グリゴーロさんといえば、昨年のLAにおけるイケメン・トリオ(偽装表示)の一員として話題になりましたが(オレの中で)。
参考画像:ザ・イケメン・カニカマーズ
今回は、全然みのじゃありませんでした。やっぱり、あの時の“みの化”はカニカマの呪いだったかもね(意味不明)。
でも、ときどきマーカス・マムフォードかも。ちなみに昔ちょっと言われていたデカプリ男に関しては、とっくに超えていると思われ。
ロドルフォの恋人ミミは、ルーマニア出身のアニタ・ハーティグ(orアニタ・ハルティッヒ)。
グリゴーロとはすでに何度も『ラ・ボエーム』で共演しているが、今回がメト・デビュー。若い頃のアンジェラ・ゲオルギューねえさんにちょっと似た雰囲気のある美人。
ミミ役は美人であるべきだけど美人すぎてもいけないし、病弱で貧しいけれど弱々しすぎても純朴すぎてもだめ。清らかな雰囲気を漂わせているけれど、実は気も強くて、心のどこかに狡賢さもある複雑なキャラクター。それだけに演じる歌手によっていろんなミミが表現される面白さもある。ハーティグは、歌唱も、演技も、ルックスも、すべての面でとても自然な感じ。矛盾のないミミだったと思う。ゲオルギューほど薄幸すぎないし、ネトレプコほど元気すぎないし(笑)。グリゴーロとのコンビも息ぴったりで、お互いの“華”を相殺することなく高めあう絶妙なバランスを終始キープしていた。
で、このコンビと同じくらい、男性陣のアンサンブルも魅力的で最高だった。米伊連合軍というキャスティングも、いいノリを生んだのかも。アパートでの悪ふざけのシーン、いかにも親友4人組がじゃれあっているようなドタバタぶりには大爆笑。演技だけでなく会話(歌)のテンポよさで笑いをとったり、4人で作る面白さを本人たちも楽しんで演じているような雰囲気だった。この舞台はグリゴーロの二枚目なところも、三枚目の軽妙さもたっぷり見られてお得感ハンパない。
ハーティグと同じく今回がメト・デビューのムゼッタ役、クリーブランド出身のジェニファー・ローリーも素晴らしかった。いわばマドンナねえさんの「マテリアル・ガール」に出てくるような、あっけらかんとした“ちゃっかり娘”の可愛らしさ。ムゼッタは、アメリカ出身の歌手に向いている役なのかも。シアター・ビューイングの時にムゼッタを演じたスザンナ・フィリップスも同じくアメリカ人。彼女がメトの来日公演で演じた、明るくてお人好しな今風おバカ・セレブのムゼッタも新鮮で印象的だった。
メトに行くなら、とにかくまず『ラ・ボエーム』を観ろ……と言われる理由がよーくわかった。とりわけ、有名な第2幕のセット。ステージびっしりの群衆が行き来し、クマの着ぐるみやら馬やら物売りやら何から何までがででくる、お祭り騒ぎのシーン。
今まで映像では何十回となく観ているし、来日公演のNHKホールでも観た。でも、やっぱり全然違う。幕が開いた瞬間、初めて見る人ならば絶対に誰でも息をのむ。その美しさ、迫力。日本での公演を見た時にも、やっぱりホンモノは違うなぁと思ったのに。全然スケールが違う。
そもそも、この大がかりな雑踏シーンがなぜ作られたのか……という理由も、メトで観てようやく初めて理解できた気がする。
まるで本当の街角をそのまま持ってきたような場面の片隅で、主人公ふたりの心がどんどん近づいてゆくのがわかる。音楽は、群衆の中にうもれている平凡なカップルをとらえるカメラの役割を果たしている。舞台を観ているのに、カメラがどんどんカップルをクローズアップしてゆくのを見ているような錯角にとらわれる。舞台の美術的な視覚効果もすごいんだけど、それ以上に精神的な視覚効果がすごい。
やっぱり、百聞は一見にしかず。実際に観て感じないとわからないことはいっぱいある。オペラに限らず言えることだとは思いますが。
もうすぐ日本の映画館でも4月のライヴが上映されるので、グリゴーロとハーティグの名コンビが再び見られるのを楽しみにしていたのだが。直前に急病でハーティグが降板したそうで残念。代役はクリスティーネ・オポライス。私にとってのオポライスさんは、ものすごーく美人で、ものすごく気が強そうでおっかなそうな強…もといお嫁さん、という印象しかないんですが*1。蝶々さんを得意とする歌手が、どんなミミを演じたのかは楽しみではある。
ちなみに『ラ・ボエーム』の上映は08年に続いて2度目。前回ゲオルギュー&ヴァルガスのコンビだったことを思うと、確かにそろそろメトの次世代スターを育てていかねばならない時期ではある。次シーズンではグリゴーロ出演の『ホフマン物語』が上映予定だけど、これも09年にカレー屋の歌った新演出版の再登場もの。そういえばネゼ=セガンのメト・デビュー作『カルメン』も、今度は新鋭メト推しエラス=カサド指揮でやるようだし。ライブビューイングは来シーズンも上映国&館数を拡大するなど世界各国で好調みたいなので、そこに誰がブッキングされるかはけっこう重要。全体的に本格的な世代交代が始まる?のかな?もしくは、すでに始まってるの?
以前このブログでも書いたけれど、私が初めて見たナマのオペラはメトの引越公演。2011年の『ラ・ボエーム』。ほんの3年前のこと。まぁ、そんなわけでオペラのどうこうを語る資格もないド素人でございます。とは言っても、厳密には、それまでは《オペラはCDや映像に限定してナマでは絶対に見ちゃダメ》というドMルールを自らに課してきたのでございます。なぜなら、ナマで見たら絶対に溺れることがわかっていたので(笑)。
しかし、やっぱりどうしても一度はナマで見てみたい……と思って禁を破ったのがメトの来日公演。《メト名物のボエム+ネト子+カレー屋(当時いちばん注目していたテノールだったので)》という舞台、これならば一生に一度きりの観劇にふさわしい!と思ったのです。公演は、震災直後の6月。で、来日までのもろもろいろいろについては今ここでは長くなるし面倒なので説明を省くが……。とにかく、誰にとっても大変な季節だった。私にとっては今までのようには音楽を好きになれなくなっていたのと同時に、今までのように音楽との関係が気軽なものとも考えられなくなっていた時期だった。正直、その時点ではオペラなんか見る気分でもなかったしね。そんな時に見た初めてのナマのオペラ舞台が『ラ・ボエーム』だったというのは、それもまた運命だったかもしれないなぁ。と、今回あらためて、当時のことをあれこれ思い出していた。音楽というのは、すごいものだな。このまま日本が滅びるんじゃないかという不安の中で、プッチーニの書いた曲で涙している自分がフシギだったし。でも、それは現実逃避とはちょっと違う感覚で、そうしている時間だけは心が音楽の中にいる……という安心を確かに実感できたものだった。
音楽はすごいし、こわい。と思った。そのこともよく覚えている。
そして。人生で一度だけ……と決めたはずなのに、その3ヶ月後には早くもロンドンのコベントガーデンで『ファウスト』を観ている自分がいました(笑)。思えばそれが、はじめてのヴィットリオ体験でした。縁は異なもの。まぁ、なんつーか、結局やっぱり、まんまとオペラに溺れてしまったわけです。で、今回も、当初の目的はまったくオペラではなかったのに、たまたま日程的に『ウェルテル』と『ラ・ボエーム』という最強2タイトルを観ることができた奇跡も幸運だったのか不幸のはじまりなのか。
ああ。かくして帰りの飛行機では、メトで貰った来シーズンのパンフレットをずーっと睨んでいる自分がいました(涙)。
オペラ、魔物っすなぁ。
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*1:ネルっちのお嫁さんです