Less Than JOURNAL

女には向かない職業

ジョニー・キャッシュがキターーーー!

■『ウォーク・ハード ロックへの階段』
原題:WALK HARD: THE DEWEY COX STORY (2007年・アメリカ)


最近、ちょっと衝撃的だったこと。
オレ様ともあろうTVっ子が、CMに出ているO田裕二に気がつかなかった!
これまで、100メートル先にTVがあっても「あ、O田裕二だ!」ってわかったのにね。たとえTVを見ていなくても、音声だけでもわかった。そこがスポンサー好みというか、彼のCM王たるゆえんだったのではないかと。ところが、今は“ニューO田”をめざしているのだろうか? 何かのCMでは金髪だったりする見た目といい、妙に抑えた喋りのトーンといい、もう、なんか別人のよーです。これが実際、本人が別人になろうとしているのだとしたら……つまり、本当に、山本高広に似せないように……という方向転換だとしたら、残念ながらO田の負けと山本の勝ちが決まる。そのうち、金髪にして「O田っぽくないO田」のモノマネで山本が追いかけてくるだろう。残念ながら。

ポピュラリティってのは、マネされてこそ。
本当の人気者は、パロられないと。

と、あらためて思いましたよ。
いや、O田裕二のことを考えながらじゃなくて。この映画『ウォーク・ハード ロックへの階段』を見ながら。

実は『テネイシャスD』が見たくてTSUTAYA行ったんだけど、見つからなくて(なぜだ!?)。で、これが地味〜に置いてあったので借りてみた。こないだNYで、どこの大型店でもわりと目立つとこにあったので気になっていた。それがなければ、たぶん気づかなかったなぁ。シマっぴーズほど酷くないにしても“ロックへの階段”なんてカッチョ悪い邦題がついてるし。スクール・オブ・ロックに続くロック・コメディとか書いてあるし。しかし、これはすごい。製作・脚本がジャド・アパトウで、おなじみの面々が出演のバカ・コメディ映画なのでハズレはないだろう程度に思ったが……超めっけもん! 儲けもん!

どこがロックへの階段やねん!
これはなんと、オレたちのビッグ・アニキことジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のパロディだから『ウォーク・ハード』なんですってば!
でも、まぁ、そもそも『ウォーク・ザ・ライン』つかジョニー・キャッシュそのものが、日本では認知度低いですからね。いくらアメリカで映画化を機に大再評価ブームが吹き荒れたとしても、その嵐は日本までは届かなかったわけで。ましてや、そのパロディがウケるはずもなく。それなのに、日本版DVDが出たというだけで快挙だ。ありがとうございます。さっそく先ほど、アマゾンでもポチッとプライムっておきました。おそらく、日本発売にあたっては一般ウケ狙いのキーワードが不可欠で、ゆえに『ロックへの階段』もやむなしだったのでしょう。あー、ごめんなさい。ちゃんと買ったからゆるちて。

簡単に説明すると、原題にあるように“デューイ・コックス”という実在の(つまり架空の)ロックスタァの伝記映画という設定。しかし、ただの『ウォーク・ザ・ライン』ではないのですよ。主に『ウォーク・ザ・ライン』と『Ray レイ』という近年オスカーを獲った2大実録ロック偉人伝がベースになっている。他にもいろんな有名ロック偉人伝ものがメチャクチャにミックスされている。メチャクチャにミックスされてるから話も筋が通ってなくてメチャクチャなのだが、子供時代のトラウマがあったり、酒と女に溺れたり、大成功の後に堕落したり、奇跡的な復活があったり……と、ロック伝記映画の《お約束》が満載。たぶん、ケヴィン・スペイシー監督・主演のボビー・ダーリン映画『ビヨンドtheシー〜夢みるように歌えば』も入ってるなぁ。あと、『グレイス・オブ・マイ・ハート』も。いろんなスタァのエピソードをコラージュして架空のロックスタァを作り上げているという意味では『グレイス〜』っぽいのか。あ、あとはブルース・ウィリスが自分の歌を聞かせたいがために作った懐かしの珍作、珍なのにフェイク・ドキュメンタリーとしてはかなり本格的だった『ブルース・ウィリスの逆襲』(1987)にも絶対に影響を受けているに違いねぇ。

とにもかくにも上記『ウォーク・ザ・ライン』と『Ray』を見ている人ならば、オープニングの「ま、ま、まさか……これは『ウォーク〜』のパロ?」という場面からラスト・シーン、エンドロール後のオマケまで爆笑ポイント満載。
もちろん音楽的な部分があんまりわからなくても全然楽しい映画なので、このテのB級コメディ好きなら必見と思いますし。IMDBを見ると、お約束のド大量なカメオ出演だけでもビックラこくと思いますが。しかし、まぁ、これは音楽……特にアメリカのレジェンダリー系の音楽が好きな人だったら、くすぐりネタが多すぎて! うれし泣き必至!




以下、音楽がらみの必見ネタなど。多少のネタばれ(特にカメオ出演系)があるのでご注意ください。



ようするに、主役のデューイ・コックスなる人物はエルヴィスやバディ・ホリーと共にロックンロール黄金時代を生き、ジューン・カーターのような女性とカントリー・デュオで一世を風靡し、60年代にはディランみたいになって、ビートルズとインドで修行して、薬でボロボロになってブライアンみたいになって、カムバックを狙ってボビー・ダーリンみたいに歌ありコントありのTVショーをやったり……みたいな。しまいにゃ、パートリッジ・ファミリーになっちゃうし。50年代あたりはもろに『ウォーク・ザ・ライン』なんだけど、その後、ディランみたいになった時には映像がいきなりモノクロのニューポート映像っぽくなって。隣では、ジューン役だったはずの奥さんがバエズ役になってるし(笑)。つまり『ノー・ディレクション・ホーム』も入ってるってことだ。

そんなわけで、もう、めちゃくちゃなんだけど。そのパロディが、どれもホントに見事。ざっくり分類すると、サタデー・ナイト・ライブの音楽コントの面白さ。出てくる人たちがスゴすぎる点も含めて、いろんな意味でアゴがはずれます。

たとえばエルヴィス役をホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトがやっていたり。あと、なんたってすごいのが終盤、デューイ・コックスのカムバックを祝うコンサート場面。これが、なんとなくロイ・オービソンの復活ライブみたいな雰囲気に仕上がっているのもニンマリしちゃうんですが。そこに登場して、デューイ・コックスの代表曲「ウォーク・ハード」をジャクソン・ブラウンとライル・ラヴェットとジュエルが一本のマイクで歌ってる! このコンサートは他にもテンプテーションズが出てきたり。そもそも、リバイバル・ブームが起こったのが、人気ラップ歌手のエロくてエグいヒット曲にコックスの曲がサンプリングされたから……という、いかにもな設定なんだけど。そのラップ歌手が当然コンサートにも登場、これがまたゴーストフェイス・キラーだという豪華さ。そして、最後に登場するエディ・コックスを紹介するプレゼンターがエディ・ヴェダー! 彼のスピーチがまた感動的で、ホントにデューイ・コックスを尊敬してるんじゃないかっつーくらいの演技力。こんなバカ映画なのに泣けてくるし。

ビートルズは、インド時代ね。このキャスティングもヒネリが効いている。ジャック・ブラックが、まんまるっちぃポールだし。リンゴがジェイソン・シュワルツマンってのも、なるほどって感じだし。インド修行中の会話も笑えるし、その後ちゃんとイエローサブマリンのアニメにもなる! ただし、セリフはサウスパーク調だけど。

しかしまぁ、なんとゆっても注目すべきは、インドから戻ってきたデューイ・コックスが酒と薬でどんどんダメ人間になっていって……で、ブライアンになっちゃうところだな。やっぱ、ダメちゃんスタァのデフォルトはウチの大将かよ!(笑) このブライアン? なくだりは、もろに『グレイス・オブ・マイ・ハート』っぽい場面なんだけど。ただ、あの時はマット・ディロンがカッコよすぎたので、ブライアンなのかデニスなのかハッキリしなかったわけですが。今回はもう、ブライアン確定! だって、そっくりなんですもん。このデューイ・コックスは、どのホンモノにも全然似てないオッサンなのに「カッコいいスタァ」というキャラだと思いきや。ブライアンだけは、激似だよ。しかも、寝室に砂敷いて朝からパフェ食べてた頃のブライアンに(T_T)。

ま、ひいき目かもしんないけど、この映画、“ブライアン・コーナー”はけっこう力が入ってるよーな気がするんだよ。

だって、そこで出てくるスタジオの場面には腰を抜かしましたよ。




以下、超ネタバレなので注意。ま、あらかじめわかって見たほうが楽しい場合もあるかなと。自己責任でひとつ。





あまりにバカになってしまったらしきデューイ(つかブライアン?)を心配してマネージャーがやってくる。なんで8ケ月も同じ曲を録ってるんだよ! おまえヘンだよ!と呆れるマネージャーを意に介さず、新しい音楽を作っていると自信満々のデューイ(つかブライアン?)。

そして、スタジオでのレコーディング風景へ……。

それは、なんと、

「英雄と悪漢」のレコーディング・セッションのパロディ!


曲も、レコーディング風景も。ですよ。


もう、バカすぎる。マネしてるんじゃなくて、純然たるパロディなのですよ。
曲調まで!
ビートルズとかツェッペリンくらいならわかるけど。
「英雄と悪漢」のパロディって何なんだ!?
そんなことするとしたら、キャメロン・クロウくらいだと思っていた。
しかも、キャメロンなら、たぶんマジな場面でカッコよく使うためのパロディでしょうが。こちらはおバカ・パロディで、あからさまに「英雄と悪漢」である。
ビーチボーイズ・ファンは必見!
こんなわかりづらいことを本気で、しかも大金つぎこんでやる人がいるとは!

ジョニー・キャッシュのバンド・メンバー風だった人たちがここでは“ビーチボーイズ”になってて(笑)、しかもちゃんとマイク役がマイクっぽいことを言う。これまた、マイク発言とされる発言のパロディだしなぁ。マニアにもほどがあるぜ。


しかしまぁ、やっぱしマニアすぎるのはビーチボーイズだけじゃなくて。全般的に、あまりにも深すぎる。日本人としては、アメリカ音楽の深みを思い知らされるばかり。こんなおもしろい映画なのに、ある意味、グリール・マーカス先生の本を読んだ時と同じよーな感じで打ちのめされますわ。

くだらないネタだらけなんだけど、それが全部めちゃくちゃ濃すぎるんです。

ただ単に、70年代のバカバカしいTVショー『デューイ・コックス・ショウ』をやりましたということを説明するために、これまたホントにありそうな番組を作っちゃうわけで。往年のスタァが、バカみたいな宇宙服を着てデビッド・ボウイを歌ってる……なんて設定、大爆笑なんだけど。同時に、これって、まさにボビー・ダーリンがいちばん苦悩していた時代の、もがくほどマヌケになってしまう悲喜劇を思い出させるわけで。こういうビミョーさは、たぶんケヴィン・スペイシーも『ビヨンドtheシー』でものすごく描きたかったけど、絶対に描けなかったに違いない“マジ映画の死角”の部分なわけで。

小ネタを紹介するとキリがないんですけどね。晩年のデューイ・コックスが、キャラはジョニー・キャッシュなんだけど見た目がジョージ・ジョーンズなところとか。奥さんがデューイと別れている間につきあっていたと言う男性がさもありなんで、会話の中に名前(実在のミュージシャン)が出てくるだけなのに爆笑してしまったり。

この映画と一緒に『ダークナイト』も借りてきて、遅ればせながら見たんですけど。まぁ、この2本を一緒に借りるというメリハリの激しさはさておき(笑)。
言うまでもなく『ウォーク・ハード』は完璧なパロディ映画ですが。おっきな意味で考えると、『ダークナイト』もアメコミ原作をダークなベクトルでパロった「加工作品」と解釈することができる。で、どっちも、最終的にはパロディを突き抜けて、その先にある新たなリアリティみたいなところに辿りついている感じがする。いずれにせよ、この二作品、国民的有名人が自身のモノマネをする人間を規制しようとしたり、国民的人気マンガの映画化がコスプレだけは秀逸な再現ドラマに過ぎなかったりする国ではあり得ない映画なのでしょう。と。