Less Than JOURNAL

女には向かない職業

THE CONSTANT GARDENER(邦題・ナイロビの蜂)

  • The Constant Gardener (2005年・イギリス)【DVD U.S.ver.(Widescreen Edition)】

結局、日本公開を待ちきれずにポチッとな。あっという間に海を越えて到着したDVD。早ぇー。尼ゾン早ぇー。飛行機早ぇー。
新刊が出ると意味もなく3冊くらいずつ買ってしまうほどのジョン・ル・カレ崇拝者としては、映画化が決まったという時から楽しみにしていたのだ。そして、まぁ、そういう盲目的なファンのヒイキ目なのかもしれないが、ル・カレの映画化やテレビ化作品って、数は少ないけどハズレがない。で、映画化が少ないのは「映画化しにくい作風」というのではなく、むしろ映画化に対してル・カレ側がすごく慎重にやってきたということではないだろうか。トム・クランシーマイケル・クライトンみたいな、ハリウッドシステムに原作を「売る」みたいなイメージを避けてきたような気がする。映画化するのなら原作の抜粋映像化ではなくて、原作では表現しえなかった映像を見せるという“原作以上”の付加価値があるものでなければならない。みたいな、けっこうガンコな丁々発止をやってるっぽい。ということを、ますます確信させる映画だ。

原作の「The Constant Gardener(邦訳『ナイロビの蜂』)」は、1冊で何本もの映画が撮れそうなほどいろんなテーマを内包したストーリー。なので、映画化が決まった時から、その中から映画ではどういう部分が抽出されるのかというのが楽しみだったのだが。想像していた以上に、絶妙に再構築されたストーリーになっていた。

ナイロビの英国高等弁務官事務所に勤める外交官ジャスティンは、庭いじりをこよなく愛する中年男だ。礼儀正しく誠実な人柄で知られている。そんな彼のもとに、突然、最愛の妻テッサが、咽喉を掻き切られて全裸で発見されたという知らせが飛びこんだ。人類学者リチャード・リーキーの発掘現場に向かう車中で、何者かに襲われたのだ。静かな怒りとともにジャスティンは、真相解明に立ちあがる。(amazon.co.jp「BOOK」データベースより)

という原作では、物静かで、他人に対しても怒りを爆発させることのなく、庭仕事が生き甲斐のまさしく“Constant Gardener”だったジャスティンが、妻の死を究明してゆく中で眠れる闘争本能を覚醒させてゆく……という、「ナイト・マネージャー」の主人公にも通じる“魂の成長物語”みたいなところが縦軸になっていて。で、いい人だけど、やっぱりイギリスの特権階級に育ったジャスティンはナイロビでも特権階級の枠内に生きていることが当たり前のことで、妻・テッサのこともそんな彼の視点寄りで描かれるわけで。最初は、アフリカに赴任してから妻が現地の人々の中にどんどん入り込んでゆく様子も「青い正義感」みたいなものかな?みたいに描かれていたり。妻の情熱よりも、むしろ妻をアフリカにとられちゃったよーな夫の孤独感のほうが細かく描かれていたり。でも、まぁ、結局最後は、亡きテッサの信念を、夫は完璧に包み込んで心がひとつに……という、ミステリーというよりもケニアを舞台にした究極ラブ・ストーリー(もしくは、ソウルメイトってこういうことなのかな)の色が濃いのだが。ブラジルの貧民街の物語をドキュメンタリータッチのドラマとして描いた『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスを監督に起用することで、物語の舞台でしかなかったケニアという風土や現地の人々が“背景”を超えた“メインキャスト”みたいな存在感になっている。

ル・カレ翁の偉いところは、現実>フィクションの構図というものをいつでもきっちりと認識している謙虚なところ(笑)。ル・カレは、もともとメイレレス監督がテッサ側の視点で物事を見られる人だということがわかっていた。なので、結果、小説ではル・カレが、主人公ジャスティン(と自分自身)が「入れない世界」として描いていたテッサの世界が、映画化によって完結した。そういう意味では、アナザー・サイドから見たストーリーのような映画なので、原作を読んでいてもとても新鮮だった。
と、同時に、ラスト・シーンは、原作を読んでて泣いてしまった時と同じ気持ちで泣けた。ので、わたしとしては超バツグンな映画化だ。ありがとう、ル・カレ先生! ありがとう、メイレレス! ありがとう、イギリス!

それにしてもメイレレスの映像は、第三世界を“第三”に見せない。ものすごい愛情がある。傍観者にありがちな、悲観的すぎるところも、明るすぎるところもない。そこに暮らす人々の貧しい暮らしぶりを淡々と撮ることで、そこにある悲惨さも自由さもパッと見で体感させるような映像。この映画の中に、“ケニアシティ・オブ・ゴッド”みたいなもうひとつの物語が入ってるような感じ。あと、実際、エイズについての舞台劇みたいな劇中劇も挿入されてるし。原作とは違った意味で、何重もの物語が詰まってて、何度か見ても飽きないんじゃないだろうか。で、ちょっと思ったんだけど、彼は「仁義」シリーズの深作欣二の影響は受けていないんだろうか。パーカッションを効かせた音楽のせいもあってか(笑)、なんか、手持ちカメラの緊迫した映像が仁義っぽい気がしたんだけどなー(ま、もしくは妥当に素直にペキンパーなのか)。

テッサ役のレイチェル・ワイズが、すごくキレイでカワイイ。原作では、聡明な弁護士でもあるのに、若くて美人な上に、親子ほど歳の離れた男と結婚して、しかもハダカ同然の露出度の高いエロいカッコをしてたりするがゆえに、がんばってボランティアしてても不倫疑惑をかけられたり、ジョージ・スマイリーとは正反対の意味での「人を見かけで判断してはいけない」を体現しているキャラで。それゆえ、堅物の夫ジャスティンとの対比が、行間にナニゲにエロさを漂わせる読みどころのひとつだったのだが(笑)。映画では、すっぴんで生き生きとしてる知的なホンモノの美人って感じで、レイフ・ファインズとの年の差カップルも原作よりも自然でイイ感じで描かれていた。ま、原作はあえて“イイ感じ”にしてないところにル・カレ先生の凄味を感じたのだが。映画であればこのキャスティングがバッチリなので、何ら違和感を感じるものではなかった。
それにしても、事実は小説より……というか何というか、特典映像の中に、元ナイロビの英国高等弁務官だったサーなんとかが登場してインタビューに答えているのだが。このサーが映画俳優よりも映画俳優みたいにカッコいい。レイフ・ファインズをもうちょっと歳とらせて渋くしたよーな。やっぱ英国紳士はホンモノだな(←何の?)。

この映画がアメリカの批評家筋とか新聞で評判が高いのはわかるような気がする。監督の、英語圏(?)への本格的進出第一弾としても、いい船出ではないだろうか。ね。英国アカデミー賞でも、ずいぶんとノミネートされてるみたいだけど。でね、批評家筋に評判がいいってことは、インテリが観て楽しい映画ってことだ(笑)。てことは、2歳児相当の語学力ではわからないボキャブラリーがたくさん出てくるってことだ。いや〜「Mr.&Mrs.スミス」くらいなら何とかなったんスけどねー、これは字幕を見ながら、さらに辞書引きながら見ましたよ。とほほほ。ちなみに、こーゆー映画についてる英語字幕は「SDH」と言うそうですね。耳の不自由な人のための字幕“Subtitles For Deaf And Hard-of-hearing”の略で、だから<ドアが閉まる音>とか<外国語で叫ぶ声>とかト書きも入る。アメリカ版DVDは、最近買ったものにはほとんど入っていた。増えてきてるのかな。日本版でも英字幕入っているものはあるけど、邦画も日本語字幕とか出せるのかな。こういう機能もDVDだとカンタンにできちゃうので、バリアフリーもどんどんあたりまえになっていくね。で、わたしのように、耳はよく聞こえるが英語のわからない海の向こうのバカちんも便乗して恩恵にあずかっているわけです。ありがとう。

ナイロビの蜂〈上〉 (集英社文庫)

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