Less Than JOURNAL

女には向かない職業

オリバー・ツイスト

オスカー受賞後第一作に『オリバー・ツイスト』のリメイクを選んだ心意気は、たとえば山下達郎で言うならば『FOR YOU』の大ヒットの後に『オンスト』第一作を作った時の心意気をほうふつさせる。はたまたニール・ヤングで言うならば、『テス』『戦場のピアニスト』『オリバー・ツイスト』が『ハーベスト』『ハーベスト・ムーン』『プレイリー・ウインド』3部作に相当するのではないか?

ポランスキーすごすぎ。

人は敬愛するアーティストに対して、自らの想像を超えるあらゆる想定外を求めると同時に、何かしら自分とアーティトを結ぶ“永遠の絆”が証明される瞬間に至福の喜びを感じる生き物である。それは、山下達郎のコンサートであれば「レッツ・ダンス・ベイビー」でクラッカーを鳴らす瞬間なのかもしれない。ニール・ヤングのコンサートであれば、「ライク・ア・ハリケーン」の大合唱なのかもしれない。そして、ポランスキーの場合であれば……
イヤァ〜な余韻。
ああ、もう、素晴らしい。この余韻こそが宝石です。宇宙です。「当機はまもなく成田に到着します」と言われてたのに着いてみたら成田山新勝寺で「成田に着いてないじゃん」「いいえ、確かに成田でございます」みたいなビミョーな着地ぶりとでも申しましょうか。いやー、よかった。映画が終わって場内が明るくなった瞬間、心の底から「この人についてきてよかった」と思った。

なんだか、マジで、ニール・ヤングの「ハーベスト」3部作を思わせるような匂いを感じた。あまりにも大きなものに押しつぶされている者は、自分が何に押しつぶされているのかなんてわからない。そんな中で淡々と生きてゆくオリバー少年の姿は時にはテスを、時には「戦場のピアニスト」のシュピルマンを思い出させる。ポランスキーは、ずっとずっと同じことを描き続けているのだなぁ。ただ、「テス」では男たちから求愛される美貌があったし、「戦場のピアニスト」では音楽という才能があったのに対して、オリバー・ツイストには何もない。あるとすれば、無垢とか純潔とか。つまり「何もない」ものしか持っていない。この3作にひとつのテーマを貫きながらもポランスキーは、どんどんエクスキューズすなわち大義となりうる要素を排除して表現者としての自らを追いつめているような気がする。

あと、単純に映画として美しい。もう、それだけで映画館で見る価値がある。
オスカー受賞によって潤沢な資金を得て、制作費は80億円だとか。19世紀ロンドンの街並みのセットは、『宇宙戦争』のSFXとは対極。今でも同じ場所にあるジョン・ロブとかフロリスが当時の街並みの中にあるのを見るとめちゃめちゃ感動する。SFXとか最先端技術は今後もどんどん発展してゆくし、この先もっともっと優れた才能のクリエイターが生まれることは間違いないけれど。この映画みたいな映画を撮れるのは、自分たちがもう最後の世代なのだという自負があるのかもしれない。映画の伝統という流れの中にきちんと置くことのできる「美しい映像」を残すのだという情熱。それもまた3部作にずーっと貫かれているし、ここで完結したのかなぁって気もする。自分の子供たちのために作った、という発言からも「次へ向けて遺すもの」という意識が感じられるし。

あ。ちなみに、子供で思い出したけど。
ポランスキーの息子、名前がElvisっていうんですよ。エルビスポランスキー。ひょっとしたら、フランス風にエッフィーとか何か読むのかもしんないけど。クレジットを見たら、この映画にちょこっと出ていたみたい。見逃したけど。
わたし、ポランスキーのやることはたいてい受け入れてるんですけど。こればかりは、なに考えてんだこのオッサンは。と思いました。やっぱ、ちょっとヘン。

で。以下余談。
ファンとしては少しでも多くのお客さんに入ってほしいので否定的なことは書きたくないが、しかし、それにしても「涙のあと 幸せはやってくる。」という宣伝コピーとか、唐突なBoAちゃんのイメージソングとか、いかにも「一般大衆が喜びそうなもの」をムリヤリ貼り付けた効果はあったのかな。なんか、毎日CMを見ながら、もし自分がポランスキーを知らなかったら、誰がこんな「母をたずねて三千里」の実写版みたいな映画をわざわざ映画館まで見に行くんだろうと思っただろうなぁと考えていた。これはもともと大作として作られているわけで、別に小難しい映画でもないし(深読みしたらキリがないけど)、オリバー役の子役がカワイイなぁと思って見に行ったとしても全然楽しめる映画だけれども。BoAのバラードに涙する気持ちで映画を見たら涙できないと思うし。「涙のあと 幸せはやってくる。」という煽り文句は、いろいろあったけどめでたしめでたし……という水戸黄門的なスッキリ感を約束された映画を見たい人を誘う文句だと思うし。なんか、映画界っていうのは、ここまで作品の本質と宣伝が剥離してるのもオッケーな世界なんですかね。まぁ、それでヒットすればオッケーなのでしょうが。上映3日目の最終回、平日月曜日とはいえあまりにガラガラだったのにちょっとビックリした。まぁ、別にエンドロールでBoAが流れるとかいう暴挙があったわけではないんで、いいんですけどね。