Less Than JOURNAL

女には向かない職業

エリザベスタウン

ああ、これはまこと見事な「音楽映画」だな。
去年、封切りの時にも思っていたのだが、今回DVDで見てあらためて深く確信。見るたびにじわじわ、じわじわ来る映画。何度か見る系の作品。
やっぱりわたしは、キャメロン・クロウがめちゃめちゃ好きだ。
一生、何があろうともついて行きます。

散漫だとか乱雑だとかいう悪評もあるけれど、たぶん音楽映画として見ていなければ確かにそういう映画なのだ(笑)。ストーリーも、ちょっと寓話的にデフォルメかかってるし。音楽映画と銘打ってるわけでもないし。映画の“肩書き”としてはオーランド・ブルーム君というアイドル俳優を主役に据えた青春映画なわけだし。だとしたら、父と息子の関係とか、お節介なスチュワーデスを演じるキルステン・ダンストとのラブ・ストーリーとか、後半の音楽ロードムーヴィー的な展開とか、いろいろ詰め込まれた「柱」のいずれかひとつにもっとキッチリ焦点を合わせたほうが物語としてわかりやすいのかもしれないし……。
でも、これは音楽映画なのだ。そこに焦点を合わせてみると、すべてのつじつまが合う。
言葉は少ないけれど、コトバとコトバの間には音楽がみっちり詰まっていて、コトバにできないことを全部ゆってくれている。みたいな。後半、なんでいきなりアメリカの音楽名所めぐりみたいなロードムーヴィーになるのかとか、お父さんの遺灰を道のド真ん中にまくのかとか、そういうこともやっぱし「歌」という登場人物の存在を真ん中に置いてみることでわかってくるような気がする。
映画の後半、音楽CD−Rとロードマップの入ったスクラップブックが重要な小道具として登場するけど。そもそも、この映画そのものが、心象風景のスクラップブック(音楽つきの)みたいな映画なのかもしれない。

劇中、その場面、場面の心象風景にぴったりと合った楽曲が流れてくることで、脚本として描かれているストーリー以上の「目に見えないもの」が見えてくるというか。たとえば、オーランド君が亡き父を思い出しながらクルマを走らせる場面に流れてくるエルトンねえさんの「父の銃」。この曲は映画のテーマソングのような存在なのだが、そもそもこの作品は「父の銃」ありきで始まったのでは……と思わせるほど。『あの頃、ペニー・レーンと』でも、ねえさんの曲が非常に巧く使われていたが。エルトン作品だけでなく、キャメロン・クロウは曲の使い方がホントにうまい。うますぎる。あたりまえなんだけど。本来、映画のスジにまったく関係ない歌詞までひっくるめて、作品の持つ世界観と融合させている。というか、融合できない曲は絶対に使わないというか。
他にも、印象的なシーンとしてオーランド君の母親役のスーザン・サランドンが父の葬儀で突然タップダンスを踊るシーンがあって。そのシロート・タップが可笑しくも美しく、泣けて泣けて仕方ないのは、たぶんダンスのBGMとして流れる「ムーン・リバー」のせいだ。亡き夫のためにタップを踊るという彼女は、曲が始まる前に「土曜の夜の曲を」と言う。わかんないけど、ひょっとして、アメリカでは「アンディ・ウィリアムズ・ショー」は土曜の夜に放映されていたんじゃないかなぁと思ったんですよ。で、たとえば日本だったら、同じようなシチュエーションで「日曜の夜の曲を」と紹介してからタバハラスの「スターダスト」が流れたら、ある世代ならば「ああ、シャボン玉ホリデーかぁ」と同じ時代を過ごした(映画の中の架空の)夫妻の過去に思いを馳せ、見る者の間で同じ感傷を「共有」することができるだろう。だから、この「ムーンリバー」もそんな感じなのかな。と。

かつて『バニラ・スカイ』でビーチボーイズの「グッド・バイブレーション」を使ったことについてクロウは、オーディオ・コメンタリーかメイキングの中で「この曲はあまりにもいろんなとこで使われているけど、どれもせいぜい爽やかCMソング的な扱いだ。この曲のホントの使い方をオレが教えてやる!と思った」みたいなことを言っているのだが。実際、あの曲の本質を見事なまでに突いた、映像のBGMというよりむしろ、ブライアン・ウィルソンの魂を映像化したような使い方だった。

だから、しつこいようだけど、これは音楽映画なのです。
物語に深く関わる場面以外にも、音楽がらみの小ネタはことごとく面白いしね。オーランド君のケータイの着メロが、なぜかテンプスの「I Can't Get Next To You」だったり。オーランド君が伝説のブルースマンたちの訪れた、実在する古いバーに立ち寄る場面があって、そこで店主のラス(ホンモノの)が昔話をあれこれとしてくれているのだが。映画ではちょこっとしか使われないものの、特典映像では、彼がブルースマンたちの素顔や、十代の頃に出場したジェームズ・ブラウンが審査員のダンスコンテストのことなどを楽しそうにいっぱい話しているところが収録されていて、ちょっとしたブルース・ドキュメンタリー映画の趣。

そして、ある意味、自らと音楽との関わりあい方についてを深く描いた私小説っぽい側面もある。だから、「あの頃、ペニー・レーンと」よりもずっと音楽映画っぽくて、私小説っぽい。音楽評論家であった彼が映画を撮るようになった理由というか必然性というか、そういうものも見えてくるような映画だ。いやー、やっぱりキャメロン・クロウはいい。彼の映画で嫌いな作品はないのだけれども、この映画はとりわけDVDで時々チビチビと好きな場面だけ拾い読みするように見たりするために、ずーっと大事に所有していたいって感じ。ベスト・アルバムとまではいかないけど、これまでの作品の印象をアンソロジーにしたような映画かもしれない。どこかリッジモンド・ハイ的な展開すらあったりするし。

あと、やっぱり出た! エルトンねえさんと並ぶ、キャメロン・クロウ映画名物といっても過言ではないレーナード・スキナード(笑)。しかも、昔、ロックバンドをやっていたという登場人物のひとりが、その再結成ライブでドラムを叩きながら歌う「フリー・バード」というヒネリの効きすぎた演出。おまけに、その演奏を聴いているキルステン・ダンストにわざわざ「あ、“フリー・バード”ね」というセリフまで言わせてやがりますよ。そこに至る前にもいろいろ細々とレーナード・スキナードに関する小ネタの伏線を張りまくり。いやぁー、監督ってばホントにレーナード・スキナードがネ申なのねー(T_T)。

ライアン・アダムズとかマイ・モーニング・ジャケットとか、ナウい音楽もいろいろ使いつつも、キャメロン・クロウは好きな音楽に対するポリシーをガンコに貫き続けている。というか、好きなものは変わりようはないんだと宣言しているというか。自分の許容範囲の狭さを恥じてないというか(笑)。すごく、57年生まれという世代を感じさせるシュミがイヤミなく主張されているというか。個人的にはすごく、音楽評論家っぽい感覚を感じる。もちろん、映画監督なんだけどね。モノの考え方というのが、映画を作っていても音楽評論家っぽいというか。でも、たぶん、もともとライター時代から、映画を撮っているような感覚を持っていた人なのだろう。だから今、映画監督になっているのだろう。

別れがあって、挫折があって、だけどまたすべてを建て直してゆく……たぶん誰の人生の中でも繰り返されてゆくスクラップ&ビルト。で、その過程において、誰もが自分だけのサウンドトラックを少しずつ増やしている。あの時はつらかったなぁ〜と昔を思い出すとき、その頃に聴いた曲が脳裏でBGMのように流れ出すことがある。その頃は気づかなかったとしても、なぜか何度も何度も聞いていた音楽に実はものすごく助けられていたことに後から気づくことは多い。音楽は大切だ。ああ、今、書きながらますますハッキリしてきた。そうなのよ、音楽は大切なのよ。で、この映画は、ようするに、音楽は大切なんだという映画なのだ。いや、たぶん世間からは間違っていると言われるのだろうが、わたしにとってはそういう映画に思えてくる。『ローマの休日』を見て、お姫様の生活を疑似体験できるところが大事だと思う人も、庶民に生まれてよかったと思えるところが大事だと思う人も、ファッションがマネできるところが大事な映画に思える人もいるのと同じように。人それぞれ、いろいろ違ったポイントで好きになりそうな映画だけど、自分にとっては音楽は大事だなぁ、音楽は人生の一部分なんだなぁという感謝の気持ちを新たにできる映画だ。

余談だが。キルステン・ダンストが、赤いニットのベレー帽をかぶってて。映画を観ながら、なぁんかデジャブを感じてたんだけど、終わりの頃になって「ひょっとしてジョニ・ミッチェルか?」と思った。金髪で赤いベレーで、しかもキルステン・ダンストが通常より3割増しくらいにひらべったい顔に映ってるのです(笑)。キレイでない、というのではなくて。なんか、美人でないが印象に残る顔……という雰囲気で。『バニラ・スカイ』ではジョニ・ミッチェルの絵をホンモノのモネと並べて使うほど、監督とジョニ・ミッチェルは親しい間柄らしいし。やっぱ意識しているのか?

で、さらなる余談。昨年、池袋HMVは「エリザベスタウン」の前売券(1300円)とプレスリリース(立派な作りだが0円)をビニール袋に詰めた “イケメンセット”(笑)とゆーふざけたシロモノを1500円で売っていた。いいのかHMV。と、ちょっと疑問に思いつつも、公開後だったし、窓口よりは安いので買ってしまったのでした。プレスリリースを200円で売るあきんどに「ああ、この人はオーランド・ブルームに萌え萌えなんだろうなぁ」と思われながら1500円払ったのか。だとしたら、少しくやちい。

エリザベスタウン [DVD]

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とにかくいっぱいいろんな曲が出てくるわけで、したがってサントラもよい。つい最近、サントラのパート2もリリースされた。

パラマウント映画提供「エリザベスタウン」オリジナル・サウンドトラック

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