Less Than JOURNAL

女には向かない職業

ヒア・イズ・フィニアス

最近、70年代の山下洋輔トリオに改めてやられまくっている。どんな風にやられてるかっつーと、漢字で書くと「殺られまくってる」みたいなイメージかなというくらい。で、どうやら、それがきっかけで、脳内の「ピアノ」扉が開いたらしい。耳がピアノを欲してる? みたいな、久しく忘れていた感覚。ちなみにドアラ・ポッドに入っている山下洋輔以外のピアニストといえばエロール・ガーナーだけ。なので、とにかくピアノ、ピアノ……とタワーとユニオンをハシゴして、レイ・ブライアントバド・パウエルレス・マッキャンレッド・ガーランドに……と、目にとまった好きなアルバムを片っ端から無節操に買い漁ってきた。それにしても、ジャズのCDは今のところ「既聴アイテムしばり」のマイ・ルールを守っているのでハズレが少なくて、いつでも大アタリの買い物したような錯覚に陥りがち。気分よろし。
そして。現在、初のフィニアス・ニューボーンJr.まつり開催ちゅう!
いやぁ、好きだったなぁ。大好きだったなぁ。でも、今、ちょっとオトナになって聴くとよけいに良さがわかるなぁ。ますます好きだなぁ。シアワセだなぁ。
今、ちょっと後年になってアウトテイク集としてリリースされた『ハーレム・ブルース』を聴いているのですが、やっぱしサイコーだわなー。レイ・ブラウンエルヴィン・ジョーンズと演ってるやつ。タイトル曲のゴスペル・ファンキーもいいし、名演「ステラ・バイ・スターライト」も入ってるし。超カッコよすぎー。
 フィニアスは精神病とかアルコール障害とか、なにかと苦労続きでブランクが長くて、アルバム数もそう多くはない。が、そのぶん、ハズレなし。代表作といえばやっぱし『ワールド・オブ・ピアノ』とか、あとはロイ・ヘインズ名義の『ウイ・スリー』とかが挙げられるのだろうけど。わたしがいちばん好きなのは、デビュー・アルバムの『ヒア・イズ・フィニアス』。もちろん名演とか、収録曲とかで考えると他にもっとグッと来るものは多い。が。この1枚となれば、迷わない。すべてのジャズ・ピアノのアルバムの中でも、ベストのひとつ。エロール・ガーナー『コンサート・バイ・ザ・シー』と同様に。
なんでそんなに好きなのかというと、まず中学生の頃からめちゃめちゃよく聴いていたから。なのだが。そもそも、なぜそんなによく聴いていたのか……は考えたことがなかった。
でも。たぶん、その答えはジャケットにあるような気がしてきた。
今さらながらよーく考えてみて、今、そーゆー結論に至った。ただし、単にジャケが好きだからとか、そういう内容関係なしの「ジャケ買い」的発想という意味ではない。自分がこのアルバムを好きな理由は、もともとジャケに描かれていた。ということだ。
マンハッタンの中心、セントラル・パークの池のほとり(たぶん)。ちょっとぎこちなく、そのくせどこか不敵チックにニッコリ微笑むメガネっ子青年・フィニアス。
1956年、20代そこそこの天才青年ピアニスト。故郷メンフィスから大都会ニューヨークに出てきたとたん、ばっちり見初められてのレコーディング・デビューである。
ジャケットに使われているポートレイトには、その初々しさと、果てしなく広がる未来への希望と、底知れぬ自信と、オレはぜんっぜん平常心だぜとでも言いたげな若々しいカマシっぷりが見事に映し出されているように思う。
で。このジャケットから醸し出される空気が、収録されている彼の演奏とぴったりなのである。だから、この一見フツーのジャケがこんなに魅力的に思えるのではなかろうか。単純に初々しい演奏、というのとは違う。むしろ、デビューにしては初々しくない不敵なアルバムだ。バド・パウエルアート・テイタムの後を担う、新人らしからぬ天才の登場と騒がれた。ものすげーウルテク。とはいえ、後の作品と比べると、このアルバムにはすごく独特の繊細というか、神経質というか、スリリングな魅力という意味での「細さ」がある。その「細さ」にドキドキさせられる。わたしにはそれが『ワールド・オブ・ピアノ』などでの、ドッカーンという「太さ」と対照的に感じられる。
ニューヨークに出てくるまでに積んできたキャリアを集成するぞという意欲、無傷の自信、この先自分を待ち受けている大きな世界への希望とか不安、そして、ひょっとしたらピアノを弾くという行為そのものに対する新人らしい純粋な歓喜……。デビュー作ならではの、いろんなものが詰まってる気がするし。その「いろんなもの」がまさに、ジャケット写真の雰囲気とぴったり重なりあっているのだ。『ワールド・オブ・ピアノ』の、しっかりと立派なジャズメンになったぞというジャケと比べると、この頃のフィニアスはまだまだ相当にカワイイですもの。
その後、長年の療養生活などブランクの多い活動になることを知っているだけに、よけいにデビュー作での希望に満ちたフレッシュさがせつない深読みを誘うわけだが。
と、これだけ書いておきながら、今は“『ヒア・イズ・フィニアス』以外のフィニアス”ブームだったりするのだが。それでも、やっぱり、いくらフィニアスまつりになろうとも、何が好きってコレがいちばん好きなのは変わらないから仕方ないです。
好きな理由もわからず聴いていたくらいだから、当然、ジャケットのことなども昔は考えてみたこともなかった。ただ、なぜか妙に好きなジャケであったのは確かで。それもおそらく、デビューならではの存在感みたいなものが無意識のうちに心をとらえていたのだろう。やっぱ、音楽は理屈じゃないね。理屈は後からついてくるものだね。まずは心で聴け、だ。うむ、そういうことだよ。理屈以前に好きなアルバムは、何十年経っても好きだもの。ミドル・オブ・思春期にさしかかって『ミュージックマガジン』に出てるものは頑張って好きになるぞー!と決意したり、少し小賢しくなってから知った音楽の中には、まぁ、見栄で聴いていた音楽も多々ございますし、ほほほ。今では「自分は聴いてなかったことにしてください」と思うものも少なからずあるわけですし。てへへ。

ヒア・イズ・フィニアス(完全生産限定盤)

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