Less Than JOURNAL

女には向かない職業

そして神戸

 一昨年の紅白歌合戦内山田洋の追悼として、前川清とクールファイブが20年ぶりの競演を果たし「長崎は今日も雨だった」を歌った。亡き人を悼む思いやりに満ちた競演は、どれだけ歳月を経ても変わりようがない《バンド・サウンド》としての底力を思い知らせる、それはもう、本当に素晴らしい、洋の東西を見渡しても近年まれに見る感動的なリユニオンだった。この曲は、まさに和製「イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト」。なんて美しい曲なのだろう。クールファイブは日本のファイブ・サテンズだ!と思った。

 当初は一夜限りの再結成と謳われていたが、そのステージ上で何かが生まれたことを確信したのは視聴者だけでなく、前川清とクールファイブの面々も同じだったようだ。この競演をきっかけに、昨年(と言っても昨日までの07年)は前川清&クールファイブとして、これまた20年ぶりのレコーディングが実現。2枚のシングルがリリースされた。そして私は、以前どこかにも書いたが、昨年の前半はずっとクールファイブを聞いていた。というか、空前のムード歌謡マイブームが巻き起こったのだった。

 そして昨年(と言っても昨日)の紅白。一昨年に引き続きの出場となった「前川清&クールファイブ」*1は、「そして神戸」を歌った。

 もう、これは凄かった。鳥肌が立った。紅白MVP。近年わたしが見聞きした前川ソロ、あるいは昨年からの前川&クールファイブによる「そして神戸」の中でもベスト・パフォーマンスではないだろうか。クールファイブの名に相応しい、ぐっと抑え込んだ情感のニヒリズムから「♪あいでぇぇぇぇざがずのぅぉぉぉよーーーー」(←イメージ表記)での爆発へとなだれこむダイナミズム。前川の歌唱力とか、クールファイブのコーラスワークとか、そういう具体的なスキルの問題ではない。グループで歌う瞬間だけ生まれる何か、それがハッキリと感じてとれた。もう、完璧だった。

 いや、ほぼ完璧だった。

 ただひとつ、いっちばんいいところで前川清が、歌いながら思わず笑ってしまった点をのぞいては。

 背後にいるムーディ勝山に、ついつい笑っちゃったのだ。でも、誰がキヨシを責められよう。

 そう、今回は日本放送協会の素晴らしいユーモアなのか何なのか、目玉企画なのか何なのか、クールファイブにムーディ勝山がジョイントするという想像を絶する悪夢が実現してしまったのだった。

 前述したように今年、わたしの中では過去最高のムード歌謡ブームだったわけだ。で。別にムーディ勝山の芸にケチをつけるわけではないが、あれは全然「ムード歌謡」ではないのにムード歌謡と言い張っているものに過ぎず、まぁ、そこが面白いっちゃ面白いわけでしょう。余興ならともかく、想像するだに紆余曲折な20年の歳月を経てリユニオンしたグループと一緒に、ムーディ勝山が「ぱっぱーやー」と歌っているのはいったい何なのだ。

 今回、紅白歌合戦は今いちど原点に立ち返り、歌の力を見直し、歌の魅力を味わえる番組を作ろうということで、「歌力(うたぢから)」なるコンセプト・ワードが掲げられていたという。わたしにとっては、前川清&クールファイブがこの一年をかけて育んできた邂逅そのもの、と言っても過言ではない「そして神戸」の名唱こそが「歌力」の最たるものだと思った。が、そこにムーディ勝山とは……果たして、この番組を作った人たちは歌の力というものを信じているのかな。と、素朴な疑問。

 とりわけ「そして神戸」は、その歌詞のシュールさというか、破壊力の凄まじさが際だった作品だ。歌詞サイトで確認していただければわかると思うが。もしも今、このメンタリティを持った歌詞が書けるロックバンドがいたら、たちまちものすごいコトになると思う。ので、大晦日に家族と何となく紅白を見ていて、この曲がスッと入ってきてブッ飛んでしまう若者というのがいても全然おかしくない。《ムード歌謡》というカテゴライズをされているがゆえに、ムーディ勝山がアニメソング的なふざけた「意味なしソング」として諷刺する《なんちゃってムード歌謡》と一緒くたにされているのかもしれないけれど。この曲はむしろ、ムード歌謡の王道からは遠く離れた場所にある。なんというか、深すぎて孤立している曲というか。他のムード歌謡と並べて聞くと、ものすごく異質な存在感がよくわかる。歌詞といい、前川の歌い方といい、今の歌謡曲からロックから全部ひっくるめた音楽シーンに欠乏している《ヤバい感》をたっぷりと含んでいる。大衆音楽として許される、限界ギリギリの境界線に踏みとどまっているような緊張感にドキドキする。神戸を舞台にしたご当地ソングではあるが、正確には「脳内宇宙」という場所のご当地ソングかと思うほどに、そこに描かれる世界は凄まじくネジれ、ゆがみ、汚れ、壊されて、もしかしたら浄化されてゆく。だから、歌詞の意味が描く「映像」は聞き手の自由に委ねられ、それゆえ、いろんな風に響くのだ。マジヤバイ。で、いちばんすごいのは、こういう、想像力を与えてくれる、おそろしいほど自由な曲が、かつてフツウにお茶の間に流れる流行歌として大ヒットしたという事実。理屈を超越した、「伝わる」パワー。それこそがまさに「歌力」の魔法ではないのか。なのに、なんでムーディ勝山。おもしろいか? おもしろくないよね。たぶん、ムーディ勝山もちょっと居心地悪かったにちがいない。本当にガッカリ。

 でも、まぁ、それでも決められたことはきっちりとジョイントしてみせるところがプロの歌手の、そして芸人の立派なところではある。とは思う。ただ、とりあえずツルベは楽屋中継でのクールファイブの宮本さんに対する暴挙はわびるべきだろうね。ものすごく失礼だった。本当に、紅白歌合戦という、時代の流れの中で苦心しながらもクラシカルな名前を守り続ける番組の矜持を汚す司会者だったね。

前川清ソロと、クールファイブでのナイスなスプリット盤ベストが出ている。
 おすすめ。こういうの、去年、自分でも作った。

*1:正確には前川清名義の出場で、出演回数上クールファイブはノーカウント