Less Than JOURNAL

女には向かない職業

チャック・Eに関する覚え書き


 ワーナーの洋楽廉価盤シリーズ“FOREVER YOUNG”の6月発売ラインナップは、「昔あまりによく聞いたので、そういえば最近聞いてなかった。聞きたいなー」的な名盤が揃っていて個人的にかなりツボだった。

 特にリッキー・リー・ジョーンズの『浪漫』と『パイレーツ』。つい最近、今さら突然に『浪漫』がモーレツに聞きたくなって。で、我が家にはムダに何枚もあるはずなのに、こんな時に限って全然見つからず。発掘作業に疲れてモンモンとしていた時だったので、もう、これは絶妙のタイミング。『パイレーツ』も、ジャケット見ただけで懐かしさにキュンとして聞きたくなった。

 考えてみると、仕事で必要とか、何か調べ物をするとかいう目的ではなく、自発的にただフツウに自分が楽しむために『浪漫』を聞きたいと思ったのは久しぶりだなぁ。あまりに素晴らしすぎて、もはや聞かなくても聞こえてくる『エア浪漫』化していたかも。

 その『浪漫』の1曲目。「恋するチャック」に出てくるチャック・Eは、リッキー・リー・ジョーンズがデビュー前、LAに移り住んだ時に出会った友達。

 彼女が最初に歌ったLAのナイトクラブのひとつ、トルヴァドールのキッチンで働いていたのがチャックだった。彼はトム・ウェイツの友人でもあり、やがてリッキー・リーはチャック・Eを通じてトム・ウェイツと運命的な出会いを果たす。

 その昔、このエピソードを初めて聞いた時から、わたしの中では長いことオリジナルな「チャック・E像」のイメージがキッチリとできあがっていた。
 以下、ご参考までに、その妄想をまとめてみる。

 デビュー前の若きリッキー・リー・ジョーンズ紫煙たちこめる猥雑なナイトクラブで、酔客相手に歌を唄っている。そこで披露された曲の中には、後に『浪漫』に収録されることになる自作曲も含まれていた。が、その才能の輝きは酔客たちの喧噪にかき消されてしまう。ちょっとがっくりしながらステージを降り、裏の事務所兼楽屋へと戻るリッキー・リー。その時、彼女は廊下で、コックさんの帽子をかぶったひとりの男とすれ違う。
コ「今日のステージは、昨日よりずっとよかったぜ!」
リ「えっ?」
コ「最後の曲に聴き惚れていて、ポテートを焦がしてチーフに怒られちったぜ」
リ「あたしの歌を聞いて? 本当に?」
コ「ああ、オレはよぉ、ジャズとか何とか、音楽のことは全然わからねーけどよ、あんたの歌が好きだよ。がんばれよ。あんた、何かを持ってるぜ」
リ「そんなこと、初めて言われたわ。ありがとう(T_T)。ねぇ、あなたの名前、教えて」
 男は、油にまみれたエプロンで慌ててぬぐった手を差し出す。
コ「オレ、チャック・E・ワイス。あんたは?」
リ「ジョーンズよ。リッキー・リー・ジョーンズ
コ「そういえば、オレの友達にも音楽やってるヤツがいてさ。まぁ、オレから見ればただのロクでもない酔いどれ野郎だけどな。なかなか変わった歌を聞かせるんだ……そうだ、あんたとは気が合うかもしんねぇ。今度紹介するよ。そいつ、トムってゆーんだけど……」

 以上、妄想。つか、ねつ造。
 お気づきのように、そもそもトム・ウェイツが《酔いどれ野郎》という設定の段階で、すでにあっさりメディア操作されているわけで。

 でも、ホントにこんな話だったとしたら、もう、最高にカッコいいじゃないすか?
 そんなわけで、我が脳内バイオグラフィーにおいては、そういうハリウッドB級音楽サクセス・ストーリーみたいなものが出来上がっていたので。当然、わたしの思う「恋するチャック」というのは、陽気で、人のいい、音楽を愛するコックさんの歌であった。勝手ながら。

 そのチャック・E・ワイスが実は、もともとミュージシャンで、そん時たまたま生活のために(?)クラブで働いていただけで、で、81年にはファースト・アルバムを発売していたことを知ったのはずっと後のことである。もう、全然わたしが妄想してたよーなコックさんじゃなくて、トム・ウェイツの友達っつーくらいで全然カッコよくてクールでビートでニヒルシンガー・ソングライターで、で、その活動歴を見るに、ひょっとしたらリッキー・リーとかトム・ウェイツよりも気むずかしくてガンコ者かも。カッコええ。

 80年代以後どんな活動をしていたのかはよく知らないのだが、ずっとクラブシーンを中心に活躍していたらしい。で、つい最近……といっても99年だが、トム・ウェイツをプロデューサーに迎えてめちゃくちゃ渋くてカッコいい18年ぶりのセカンドを発表。昨年は通算4作めにあたる新作がリリースされ、アメリカン・ルーツ・ロック界の《伝説》として今なお意欲的な活動を続けている。

 ちなみに、わたしの夫はと言えば、トム・ウェイツの「想い出のニューオリンズ」を聴いて、歌詞の中に出てくる“チャック・E・ワイス”という人が「恋するチャック」のチャック・Eとは長らく気づかず、ずっとアメリカの歴史上の有名な人か何かだと思っていたそうだ。

 ところで、ついでに余談を書きますが。

 数年前、LAハリウッドボウルでブライアン・ウィルソンがLAフィルと共演(ヴァン・ダイク先生が指揮をした!)《ペット・サウンズ》シンフォニー公演の時、客席にいたわたしの目の前を、スタッフらしき人々に先導されて足早に歩いてゆく赤いベレー帽の女性がいたのです。誰か関係者であることは間違いない。とっさに「あ、リッキー・リーだ」と思った。
 「リッキー・リーがいたよ! 赤いベレー帽だったからまちがいないよ!」
 とゆったら、「もうベレー帽なんかかぶってねーよ」「わざわざ本人が『浪漫』のコスプレしてくるわけねーだろ」と誰も信じてくれなかった。
 なので、
 「じゃ、ジョニ・ミッチェルかも」
 と、ベレー帽つながりでちょっと妥協してみました。
 が、やっぱし誰も信じてくれなかった。

 でも、翌日の新聞を見たらホントにリッキー・リーだかジョニ・ミッチェルが来ていて……あー、忘れちゃったけど、ジョニだったかなぁ……わたしは、誰に自慢できることでもないが、とにかく何だか勝ち誇った気分を満喫したのだった。
 て、それだけの話です。

浪漫

浪漫

オールド・ソウルズ&ウォルフ・ティケッツ

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