Less Than JOURNAL

女には向かない職業

ざんげの値打ちも

 これはもう、一生お目にかかれない運命かと思っていた。

 ロンドンのテート・ブリテン美術館は5回くらい訪れていて、そもそもロンドンに行った回数の少なさから考えると、駅からも遠くて他の観光やらショッピングのついでに寄るのは面倒くさい場所だというのに、かなりの頻度で足を運んでいるほうだと思う。本当に落ち着く、大好きな場所で何度行っても飽きない。昼過ぎに着いて、カフェで遅めのランチをしたりしながら半日まったりフラフラしている。テート・ブリテンといえば、ターナーの大コレクションが有名。かつて大貫妙子さんは、ここで観たターナーの絵にインスパイアされてアルバムを作った。そういえば、山下達郎さんにも『ターナーの汽罐車』って曲がありましたね。なんか、「ターナーが好きな女の子」って好感度が高いですね。知的でセンスがよくて、確固たる自分を持っていて、それでいて優しいイメージ。ああ、やっぱし若き日のター坊さんみたいな感じか。ワタクシでさえ、最初にテート・ブリテンに行った頃は「ターナーが好きな自分」に酔ってましたとも。しかし、人生の黄昏時を迎えた今は、いつもアタマの中はボーッと霞がかっていて、脳内がターナーの風景画みたいですよ。あはははは。

 そして、もうひとつ。テート・ブリテンといえば、ミレイの「オフィーリア」。

 夏目漱石の『草枕』にも登場する、世界でいちばん美しいドザエモン

 あ、正確には《ドザエモン直前》ですか。

 そんなわけでね、いつも、「オフィーリア」を見たいと思って行くんですよ。
 しかし、なぜかいつも見られずに帰ってくる。海外出張中だったり、探しても探しても見つからなかったり、訊ねてみても言われた場所に辿り着けなかったこともあった。なんかもう、ここまで見られないのは運命なのかと。ひょっとして前世にわたしはロンドンの強欲な悪徳画商の娘で若き日のターナーを足蹴にしたとか何とか、それくらいの因縁で死ぬまで「オフィーリア」を見られない宿命にあるのかしらんと。それくらい、もう、わざわざ地球の向こう側からテート・ブリテンめがけて行っているのにこれだけ見られないっつーのは、もう面白いくらいで笑っちゃうわ、おほほほほ。みたいな感じで、いつもホンモノが見られずに(ま、時には探してるうちに「オフィーリア」のこと忘れていることもあるんですが)、とりあえず絵ハガキとかメモ帳を買ってすごすご帰ることに。

 でも先日、とあるロンドンの美術館めぐりガイドを読んでいたら、その筆者が「オフィーリア」はテート・ブリテンの目玉なのに、しょっちゅう展示室が変わるわ、しかもめちゃめちゃわかりづらい場所にあるわ、とても見つかりづらいのご注意をと書いていた。なので、まぁ、面白いくらい出会えないのもフシギではなかったようです。ま、不親切っちゃ不親切だが、人気があるからとゆって「オフィーリア」だけ特別扱いしないのもイギリスっぽくて好きだ。ルーブル美術館は、あちらこちらに「モナリザはこっちです→」という看板を掲げて誘導しているけど。会いたかったら自分の力で探し当てて来い的な上から目線のほうが、わたしは楽しい。

 そんなわけで、もはや「オフィーリア」は絵ハガキだけで結構です。と思っていた。で、夏頃、電車の広告で初めて見た東京の「ミレイ展」開催のポスターは「マリアナ」が載っていた。ああ、「マリアナ」は見たいなー。でも、やっぱし「オフィーリア」は来ないのか。と、妙に納得していたわたしだが、その後、「オフィーリア」も来ることがわかった。エルトン・ジョンを見に行こうと思ったら、一緒にビリー・ジョエルも来ることがわかったくらいの感動。

 で。まじまじと鑑賞してきました。

 すごい! 聞きしにまさる迫力。なんともいえない恍惚の表情。そして、ひとつひとつに花言葉の意味をこめた精細な植物の描写。隣に「オフィーリア」の習作デッサンも展示されているのだが、それはもっと「ぐ、く、くるしい」みたいな表情をしているのです。それが、結局、ああいう何ともいえない表情になったわけですが。モナリザの微笑と同じくらい、永遠に謎めいた表情だなー。
 夏目も感動、オレも感動。
 しかも、これはミレイが25歳くらいの時の作品だという。初期も初期、ぜんぜん初期ですよ。ブライアン・ウィルソンでいえば……あ、「スマイル」……(T_T)。まじまじと、まさに吸い寄せられるよーに目が離せなかった。他にも見たかった絵が多くて、行ったり来たり2時間くらいかけてゆっくり鑑賞。「マリアナ」も、ゾクっとするほどの哀愁が本当に美しい。ミレイが自分の子供たちをモデルにした「初めての説教」を始めとする可愛らしいファンシー・ピクチャー、ターナーとはまた違った哀愁と平穏さが滲む老年期の風景画の数々、高貴な娘さんたちを描いた華麗な美人画……。とても充実した展示でした。これだけの回顧展は、なんと110年ぶりなのだとか。もういちど見に行きたいなぁ。

 学生時代に夏目漱石が目の当たりにして感動したと言われる作品を、あるいは子供の頃から書物や印刷物でずーっと見てきた作品を、こうして今、至近距離で自分の目で見ることができて、そこからまっすぐ感動を受け止められるって……絵画って、すごい。

 ところで。




 わたくしが、↑この「オフィーリア」にインスパイアされて描いたのがこれ↓。




















 というのは、渡辺満里奈さんの「金曜日のウソつき」が布谷文夫さんの「深南部牛追唄」へのオマージュとして作詞されたという事実と同様、まったく誰にも知られておりません。

 ちなみに、96年、Amigo GarageのURL引っ越し案内です。