Less Than JOURNAL

女には向かない職業

すべての道は『SMiLE』へ通ずる

《どこまで続くかわかりませんが、旅の覚え書きシリーズ【3】》

 〜グス太の北米縦断だいぼうけん/前編〜



 さて。ちょっと時間が空いてしまいましたが、とりあえず旅日記は書かねば。



 舞台はふたたびリンカーン・センター、エイブリー・フィッシャー・ホールへ。





ずん!
※写真)右からアラン、グス太、オレ。




 あなたはLAから。私はTYOから。
 にゅーよーく町で逢いましょう♪




 3月11日のサンフランシスコから始まり、カンサス、ニューヨーク、D.C.トロントモントリオール、ボストンと続いたドゥダメル&LAフィルの北米ツアー。ニューヨークは昨年もジョン・アダムスの新作オラトリオのお披露目ワールド・ツアーの一環として来ているが、本格的な北米コンサート・ツアーはたぶん09/10年の就任年以来。


 5年前、米国クラシック界の地図を塗り替えたセンセーショナルな《Dude旋風》。それもまぁ、ちょっと落ち着いてきて。同世代の俊英ネゼ=セガン、ネルソンスが相次いで名門の音楽監督に就任するなど米国オーケストラ・リーグもけっこう大きく動いてきている。そんな中での北米ツアーは《どうする!?どうなる!?今後のグス太&LAフィル》みたいな裏テーマを含みつつの、かなり重要な意味を持つツアー。


 で、その大事なツアーの中でもNY公演はとっても大事。


 そもそもだな、

《クラシック界のエルヴィス・プレスリーまたはマイケル・ジャクソン》

 とか、妙なことをどこよりも早く言い出したのも、小言トマ兵衛でおなじみNYタイムズだったわけで。ニューヨーク・デビュー公演の成功と、それに対するメディアの大絶賛は、彼の米国内での最初の評価にもおおいに貢献した。マンボの本場(←クラシック界の)で“第二のレナード・バーンスタイン”に育てあげるべく、NYフィルがドゥダメルを猛烈に欲しがっていたという噂もある。


 ドゥダメルが最初にNYフィルを指揮した公演では、バーンスタイン家が特例中の特例としてマエストロ・レニーの指揮棒を貸与したという。彼がまだ、無名の若者といってもよい頃の話だ。しかもコンダクティング・アニマル(byサロネン先生)ことパンダことドゥダメルは、嬉しさのあまり興奮してブンブン指揮棒を振りまわし、演奏中にバキッと折っちゃったのだそうです。




「わーい、わーい、笹おいしいなー、笹だーい好き……ぽきっ……(o・д・)あっ!」




 ところが。



 バーンスタイン財団はパンダを叱るどころか、修繕した指揮棒を飾って「ここに新しい歴史が加わった、めでたい( ・∀・)」と喜んだっつーんですから。




 「おー、よしよし。いけないパンダちゃんだね(はぁと)」




(……師匠、それパンダやない。コアラや)

※以上、実在の人物等にはまったく関係ないフィクションがまじってますのでご注意ください。


 ま。つまり……
 若きカリスマの登場に、NYの音楽業界もおおいに盛り上がっていたというわけだ。



 なので、アメリカで見る機会があるならば是非ニューヨーク公演を見たいものだと前から思っていた。そして今回、念願の初ドゥダメル/LAフィルを見に行くことができた。3月16、17日とリンカーン・センターで行われた公演は、同センター主催の年間企画《Great Performance》のひとつだが。開演前のロビーから、会場の雰囲気はちょっとスペシャルなざわざわ感に満ちていた。ふつうのオーケストラ公演のざわついた雰囲気とも、オペラのウキウキ感とも別モノな雰囲気。華やいだ空気。開演前から、ドゥダメルのオーラというものを実感する。客席はもちろん、超満員。私は昨年9月くらいにチケットを取ったのだけど、その時点ですでに空席はまばらだった。




しかしほんとに、外から撮っても内から撮っても美しい建物だにゃ。


 で。やっと本題です。

2014年3月16日 at3:00pm
Lincoln Center presents 2013/14 GREAT PERFORMERS

    • Symphonic Masters

Los Angels Philharmonic
Gustavo Dudamel,Conductor

・CORIGLIANO Symphony No.1(1988)
TCHAIKOVSKY Symphony No.5 in E minor(1888)


 2デイズ公演の幕を開けたのは、ジョン・コリリアーノの代表作『交響曲1番』。


 コリリアーノは1938年、ニューヨーク生まれのネイティヴ・ニューヨーカー。彼のお父さんはNYフィルで1943年から66年まで23年間にわたってコンマスを務めた有名なヴァイオリニスト*1で、1947年の映画『カーネギーホール』にも楽団メンバーとして出演している。世代的にロジンスキーワルターストコフスキーあたりからバーンスタインまでの、いちばん美しく幸せな時代のNYフィルを知るお父さんは、つまり人間国宝みたいな人だ。ニューヨーク・フィルのヴァイオリニストを親に持つ2世、という意味ではコリリアーノさんもアラン・ギルバートと同じ。で、年齢はアランのお父さんと同世代の76歳。

 現代アメリカを代表する作曲家であり、数々の映画音楽も手がけていてオスカーも受賞しているコリリアーノ。この『交響曲1番』は、映画『レボリューション・めぐり逢い』の中でも印象的に使われていたことでもおなじみ。そういう人の作品を映画の都・LAのオーケストラが北米ツアーで披露する、というのもなかなかドラマだな。さすがディズニー、やっぱりストーリー作りがうまい。

 コリリアーノがこの交響曲を書くきっかけになったのは、当時、何人もの友人をエイズで失った経験だったという。追悼として捧げられた…というよりも、彼自身の想い出、悲しみ、喪失感といったものがタペストリーのように織り上げられてゆく幻想的な作品。

 第一楽章で引用される、ピアノが奏でるイサーク・アルベニスのタンゴがとても美しく印象的だ。亡くなった友人のひとりが大好きだった曲で、いつもピアノで弾いていたのだという。ステージ陰から聞こえてくる、戯れにつま弾くようなピアノの調べが何ともせつない。で、この時、一緒にいた夫がプレイビルの解説を読んで「アルベニスだ!」と驚いているので何かと思ったら、以前、ヴァン・ダイク・パークスが大好きな作曲家としてアルベニスのことを教えてくれたのだという。ラヴェルと同様、ふだんからよく聴いていると。
 確かにそう言われてから聴いてみれば、アルベニスのメロディのせいなのかもしれないけど、これもまた『SMiLE』の世界につながる壮大なアメリカ音楽地図の一部分なのかな……という気がしてくる。まぁ、個人的に、だけどね。
 うーむ。
 すべての道は『SMiLE』に通じる。
 というか、この作品もまた、“『SMiLE』耳”で聴くことによって初めて見えてくる風景があるのだと痛感した。『SMiLE』は私たちに、すべての美しいアメリカの音楽の聴き方も教えてくれるのだ。あらためて感謝。

 “タランテラ”と名付けられた第2楽章は、激しい超絶パーカッションや、コリリアーノのルーツであるイタリアの民族舞踏(=タランテラ)の要素などが複雑に絡み合い、ユーロ・プログレ的な(?)疾走感で駆け抜けてゆく。こういうサウンドのカッコよさ、巧さは、LAフィルならでは。さすがサロネンに鍛え上げられ、北欧の実験音楽からザッパまでをこなしてきたスゴ腕軍団だ。
 第3楽章、アマチュアのチェロ奏者だった友人に捧げられたシャコンヌも息をのむ美しさだった。そして終楽章ではアルベニスのタンゴから始まり、これまで登場したモチーフが次々と浮かび上がっては消えて……それはまさに、いまわの際の想念に似ているといわれる“走馬燈”のようだった。
 淋しく、優しく、穏やかにだんだん薄れてゆく息づかいのような、最後のフレーズ。弾き終えたチェロ奏者とドゥダメルが向き合うかたちで迎えた、永遠に続くかのような長い余韻。すごかった。静謐という名の“音楽”に、そのまま魂が吸い込まれてゆくような気がした。指揮棒とチェロの弓が同時に下ろされた瞬間、万雷の拍手。スタンディング・オベーション。そして、ドゥダメルと共にステージに登場したジョン・コリリアーノ。彼は本当に嬉しそうに会場を見渡し、感極まった様子で胸に手を当て、深々と頭を下げた。

 うわぁー。ニューヨークっ子のスタンディング・オベーションに応える、ジョン・コリリアーノ。それを今、ナマで見ている。しかもエイブリー・フィッシャー・ホールで。
 今、オレ、ニューヨークにいるんだなぁ。という実感ぎんぎん。胸熱。

今、アメリカでもっとも輝いているオーケストラによる、熱狂的で、敬意にあふれ、ひとりひとりの心に深く語りかけるような真摯さをもった強烈な演奏が、コリリアーノの故郷に錦を飾った。この作品をツアー・プログラムに入れたのは、やはりニューヨーク公演をかなり意識してのことではないだろうか。コリリアーノとドゥダメルが、感極まった様子で何度もぎゅーっと抱き合う光景も印象的だった。

 2日間のコンサートの模様を伝えたニューヨーク・タイムズでも、この作品は“The best came first…”と絶賛されていた。本来ならば、もっとドゥダメル/LAフィル初体験ならではの印象とかいろいろあるはずなんだけど。そんなことを味わうのも忘れていた。それくらいの勢いで、コリリアーノの世界にブッ飛ばされてしまった。

 そもそもボブ・ディランのファンにとって、コリリアーノというのはおなじみの名前ではある。が、ちょっと厄介な存在で。ディランの歌詞に全然違う曲をつけた歌曲集『ミスター・タンブリン・マン:ボブ・ディランの7つの詩』で09年のグラミーを受賞しているのです。しかも、彼はディランが特別好きだったわけでもないという話だし。私は、なんとなく《浮き世離れした現代音楽のインテリがロックをバカにしてるんじゃないか?》的なモーレツな偏見を抱いていたわけです。が。イタリア系アメリカ人で生粋のニューヨーカーというのは、つまりスージー・ロトロと同じアイデンティティだし。しかも、年齢もディランより3つくらい上という同世代にあたる。そこに何か意味があるのかもしれない。いや、ないわけがない。きっと。これを機に、もういちどきちんと聴いてみます。

 ベートーヴェン風もじゃもじゃ頭で、若き“ロマン派大将”みたいなイメージで世に登場したドゥダメルだが。彼のニュー・ミュージックに対する感覚の鮮烈さは、古典とは別ベクトルでのインパクトがある。LAフィルとの新作がジョン・アダムズの新作オラトリオ2枚組というDGのムチャ振りも、むべなるかな。そのことを、初ドゥダメル/LAフィル体験のしょっぱなで思いっきり味わってしまった。

 そして後半は、チャイコフスキー交響曲5番。
 何と言っても、つい1ヶ月ほど前に東京&横浜でアラン・ギルバート&NYフィルの名演を聴いたばかり。あれを聴いた後は、今後、それ以上のものをナマで体験する機会がそうそうあるとは考えられなかった。
 その前には、チャイ5が十八番のネルソンス&バーミンガムでのヴァージョンも聴いちゃったし。そういえば、秋に来日したエル・システマのユースもチャイ5だった。なので、正直、LAもチャイ5だと知った時には、贅沢な話だけど自分の中のマンネリ感がなかったわけではない。ゆえに、当初は初日よりも2日目のプログラムのほうが楽しみだった。が、結論から言うと、個人的には、この日のほうが断然ずっしり心に残るコンサートだった。

 序盤から「うわっ、攻めてる!」(*゜∀゜)という感じ。
 ものすごい気迫。攻め攻め。攻めまくり。もう、ドゥダメルの背中も「いいですか、ウチのチャイ5はちょっとすごいですよ。覚悟してくださいよ」と言っている。

 NYフィルのクールでエレガントなチャイ5の色気とは対極の、キレッキレのグルーヴ。ああ、これこれ。これだ。これがドゥダメル。この、思わず笑ってしまいたくなるほどカッコよくタテの線がびしびし決まって、しかもエレガントでグルーヴィーなドゥダメル・マジック。これをナマで聴きたいと、どれだけ願ったことか。と、後半になってようやく、初のGD/LAP体験をしみじみと実感したのでした。
 やっぱ、こういう曲ではドゥダメルのラテン的な気質が思いっきり炸裂するというか。本来の彼らしさが、無邪気にはじけ出す。
 ツアー直前には本拠地ディズニーホールでLAフィルとシモン・ボリバル響による《チャイコフスキー・フェスタ》をやったばかりだし。これが今の自分たちだ、という自信と勢いも含めて文句なしのパーフェクト・パフォーマンス。会場全体が前半のコリリアーノでいったん燃え尽きてしまった感じはあったけど、後半はまた新たな気分でテンションばりばりに上げて盛り上がりました。もちろん、後半もスタンディング・オベーション

 チャイコフスキーは別腹よーん、ということだな。*2

 そんなわけで。ついついコリリアーノ先生に興奮しすぎて長くなっちゃったので、チャイコフスキーについてはこんなところでやめときます。とにかく、パーフェクトでした。
で、2日目については、次回に続きます。


チャイコフスキー:交響曲第5番

チャイコフスキー:交響曲第5番

●●●以前、シモン・ボリバル響ともこれを録音しているが、その時はまだ、若さとパワーで押し切るヤンチャな魅力という域を出ていなかった。LAフィルとの演奏では、若々しいだけではない正確無比なドライヴ感が醸し出す、大人のスリルと艶やかさに魅了された。



《ジョン・コリリアーノ》

コリリアーノ:交響曲第1番

コリリアーノ:交響曲第1番

●●●交響曲1番は、コリリアーノがシカゴ響のコンポーザー・イン・レジデンス時代に書いたもの。初演もバレンボイム/シカゴ響で1990年。今回の演奏というのは、この時代のバレンボイム/シカゴ響の演奏をほうふつさせる面があるのかもしれないと想像。この盤、欲しいのですが見つからない(´・ω・`)。


コリリアーノ:Mr.タンブリンマン

コリリアーノ:Mr.タンブリンマン

●●●まぁ、なんというか、これもひとつの来日記念ってことで(笑)。ディラン絡みとなると、なかなか素直になれないのねん。


アルタード・ステーツ 未知への挑戦 [DVD]

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●●●ちなみに、この音楽も。

*1:団員としての在籍は1935〜66年

*2:落合博満「おじやは別腹よーん」byいい旅・夢気分のパクリです。