Less Than JOURNAL

女には向かない職業

テス

  • テス(1979年・フランス)《DVDプレミアム・エディション》

美しすぎてこわい。
という表現は『テス』のナスターシャ・キンスキーのためにある。当時18歳。一瞬一瞬が完璧に美しい。しかも、天然の美。19世紀イギリスにおける封建的な絶対的権力に対して、醜くあらがうのではなく、静かに静かに押しつぶされてゆくことを“諦念”ではなく高潔な戦いとして描きだす。そんな奇跡のような主題を映像化することができたのは、ポランスキーとキンスキーの出会いがあったからこそ。

暗くて重くて、しかも長い物語ではあるのだが。ときどきむしょうに観たくなる。ただし、ホントに、よっぽど調子のいい時に「えいっ」と気合いを入れて観られる時に限る。そうでないと作品が持つ、メロウでありつつビートの効いた独特のグルーヴに乗りきれずに負けてしまう。負けると、酔ってしまうのだ。そうなった場合、この作品の水面下にあるフシギな明るさや、淡々としたテンポの心地よさを味わうことができない。結果、表面上の暗さや重さの余韻だけを味わうことになって損をする。ので、昨年末にデジタル・リマスター版が出たと同時に買ったのだが、そのまま見そびれて今に至ってしまった。

が、明日からポランスキーの新作『オリバー・ツイスト』が公開になるわけで。予告CMを観たら、まさしく『テス』に出てくる田舎道によく似た場面をオリバー君が走ってるし。ポランスキーにとって久々の時代劇というだけでなく、舞台が『テス』と同じく19世紀イギリスだし。
おおーっ! これはひょっとして!?
と、にわかにテンションあがってしまったのです。
なんだか、なんだか、つながってるんじゃないか? 実際はどんなもんか全然わかんないけど、監督の中では『テス』と何らかのつながりのある映画じゃないか、いや、絶対につながってるに違いない!という気がしてきたわけで。その予感つーか妄想を検証するためにも『オリバー・ツイスト』を観る前に、予習(になるのかわかんないけど)として『テス』を観ておかねばと思った次第。で、観た。結果、予習うんぬんは別問題として、やっぱし『テス』は最高にいい。めちゃめちゃキレイです、デジタル・リマスター版。キンスキーの美しさも2割増。
そして、ボーナス・ディスクのほうもスゴい。

DISC1:本編ディスク(172分)
DISC2:特典ディスク

  • 「テス」ドキュメンタリー三部作【2004年】
    • 「テス」小説から映画へ(29分)
    • 「テス」の撮影日記(27分)
    • 「テス」の体験記(19分)

※監督:ローラン・プーゼロー/インタビュー出演:ロマン・ポランスキーナスターシャ・キンスキー、クロード・ベリ

  • オリジナル予告編
  • 「テス」フォト・ギャラリー

もともと米版に収録されていたドキュメンタリー3部作。もう、このドキュメンタリーのためだけに買ってもいいくらい。これが3990円で買える時代が来るなんて。確か、前に出た劣画質版はこれより高かったのでは?
今まで、たとえば自伝とか研究本とかでこーゆー話がまとまって出ていたのかどうかは知らないが。わたしにとっては、初耳だらけの制作秘話満載。たとえば、ラストシーンに出てくるストーンヘンジ。あれ、ロケでなくてフランス郊外にセットを組んだのだそうだ。びっくり。まぁ、そういったSFXなき時代の撮影苦労話の数々はもちろんのこと、キャスティングを巡る奇跡や、撮影中に名匠であったカメラマンが亡くなったという悲劇、週末も一緒に遊んで過ごしていたというスタッフ/キャストの結束力の固さ……などなど、名作誕生の背景にこそふさわしいエピソードが次から次へと語られる。この映画はシャロン・テートに捧げられているわけだが、テスのように高潔で美しかったとポランスキー自身が亡き妻を語る姿はたぶん初めて見た。ナスターシャ・キンスキーは当時まだ無名であったばかりか英語はドイツなまり、彼女がイギリス女性を演じることに反対する声もあったという。が、ポランスキーは彼女にドイツなまりを克服することを約束させると、彼女をイギリスに長期滞在させ、有名な教師のもとで徹底的にイギリス英語の訓練をさせた。なんだか、マイ・フェア・レディみたいな話だ。撮影中、彼女の18歳の誕生日にポランスキーがサプライズド・パーティを開いてくれて、「がんばってるご褒美」として監督が車をプレゼントしてくれたという話をキンスキーがしている。その時、車のカギを渡しながら監督が「気をつけるように」と彼女に言ったそうだ。運転のことじゃなくて、これからの人生についての「気をつけるように」だったという。カッコよすぎるよ、監督。

音楽でも映画でも、昨今の×周年記念エディションについてくるメイキングとか秘話とかは往々にして、それが名作であればあるほど充実している。というのは、やはり、名作というのは単にひとりの脳内で完結するものではなく、ひとりの脳内に生まれたタネがいろんな人を巻き込んで、かかわった人それぞれに忘れがたい思い出を与え、プロジェクトが進むにつれて当事者たちが想像だにしなかったような様々な奇跡を呼びこんでゆくものだからだ……と思う。で、20年とか30年とか経っても関係者たちが細々としたことをよく覚えているのも、それがその人たちの人生においても重要な経験となったからだと思う。ドキュメンタリー第一部の最後だったか、ポランスキーが「スーベニールとしてとってあるんだ」と『テス』のロケ用地図を取り出して見せる場面がある。とてつもない距離を移動しながら撮影した過酷な道程の記録。それをスーベニールとしてとってあるということ自体、この映画がいかに奇跡の名作かという証ではないだろうか。このドキュメンタリーの中では監督以下、スタッフもキャストもみんな本当に楽しそうに当時のことを語っているし。ものすごく得意げに苦労話をしているし。撮影中のスタッフの死については、涙を浮かべて家族を失った悲しみを語っている。あれだけ暗く憂鬱なテーマを扱いつつも、なぜかどこかにフシギな明るさを感じる……というのは、この作品にかかわった人々の結束とか情熱も関係あるのかもしれないな、と思った。
30年近く前の、たった3週間の撮影。それがどんなに濃密で偉大な時間だったのかということが、こうしてひとつの“作品”となって世に出る。これもまた、DVD時代ならではの恩恵だ。

とか何とか『テス』で頭いっぱいになっていたら、前にアマゾンで予約していた『水の中のナイフ』『反撥』『袋小路』のポランスキーBOXが届いちゃったよ。忘れてた。これもまたドキュメンタリーがすごいよ。やばいよ。おまけに『オリバー・ツイスト』の割引券まで封入されてやがるよ(笑)。しばらくはポランスキーにまみれろってことか。

テス プレミアム・エディション [DVD]

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