Less Than JOURNAL

女には向かない職業

クラッシュ

エンド・ロールの間、わたしの脳裏では勝手にジョン・メレンキャンプの「PINK HOUSE」が流れ続けていた。♪ディス・イズ・アメリカ・あっおぅぅ〜♪という、あのフレーズだけがえんえんリピートしていたわけですが。
めちゃめちゃアメリカ的な、しかしフツウはアメリカ人が映画にしようなんて絶対に考えない、アメリカらしからぬアメリカらしい映画とでも申しましょうか。
テレビドラマの製作者出身で、昨年のアカデミー賞を総ナメした「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本家として注目を浴びたポール・ハギスの映画監督デビュー作。アフリカ系(金持ち)、アフリカ系(貧乏)、中東系、ヒスパニック系、アジア系、でもって貧乏系白人……と、ありとあらゆる人種カタログみたいな人々のアンサンブルでいくつものドラマが同時進行していて、“クラッシュ”=衝突事故という共通項によって徐々に点が線につながってゆく。LAが舞台で、ひとつのできごとでつながる複数のドラマという意味ではアルトマンの『ショート・カッツ』をちょっと思い出したりもした。
とにかく脚本の練り方がものすごく周到。テーマ的にはハリウッドっぽくないし、ストーリーもパッと見は地味で重たいけれど、監督のテレビドラマでの経験がモノを言っているのか、淡々としたエピソードを時にユーモアをまじえてポップに飽きさせずに展開してゆくスピード感がある。で、それが作品全体に絶対的なメジャー感を与えている。クルマ強盗をする若者を演じたヒップホップのリュダクリスいわく「これは誰も作りたくない映画。この映画は誰も認めたくないことについて語っている」という、アメリカに暮らすありとあらゆる人種をポジティブな意味でもネガティブな意味でも平等に扱った作品なわけで。なんつーか、誰もが悪者に描かれていて。しかし同時に、誰もがどこかに善人の顔を持っていることも描かれている。誰が見ても、絶対どっかでちょっと後ろめたさを感じるような後味の悪さがスパイスとして効いていて。それだからこそ、フシギとあったかく勇気づけられる。言われてみれば確かに、そんな風な映画をアメリカで作ろうと思うこと自体がちょっとフシギな感じなのかも。かつてイーストウッドがヒーローを演じた勧善懲悪西部劇みたいな映画ではない。日本人みたいな第三者には「アメリカがリアルに描かれているね」という客観的な視点でしか見られないが、アメリカ人自身にとっては「日常」をわざわざ映画にした映画に過ぎないのかもしれない。だが、だからこそ、こういう映画が作られて、アメリカでも海外でもたくさんの人が見たという事実はすがすがしい快挙だ。
まぁ、『ブロークバック・マウンテン』をおさえてコレがアカデミー作品賞という点については、なんとなくヒネくれた政治的な意図を感じなくもないのだが……。ただ、去年が『ミリオンダラー・ベイビー』で、今年はその脚本家(製作者でもある)が監督した『クラッシュ』だったわけだよ。アメリカという国の陰と陽の両面にかかわってきたイーストウッドが、その前の『ミスティック・リバー』なども含む、自らの監督作品を通じてハリウッドに送り続けてきたメッセージが何らかの結実を果たし、それによって何かが少しだけ前進しつつある。そんな気はする。
誰が悪者で、誰が正義の味方かなんて誰にもわからないし。他人を傷つけないで生きていけない人なんていないし。それでも生きていくって、人間はすげータフな生物だなぁ。なんてことを思うと、「よしっ」って気持ちになる。あんな暗い映画を観たというのにね(笑)。ちょっとポジティブな気分になりますよ。
マット・ディロンとかサンドラ・ブロックとかライアン・フィリップとか、今は『ホテル・ルワンダ』で超話題のドン・チードルとか、オールスター・キャストで。しかもみんな、演技力いかんによっては単なるヨゴレ役になりそうなギリギリのキャラクターを、崖っぷちに踏ん張って魅力的に演じているとゆーのがまたカッコいい。スケールはメジャーで、精神はアンダーグラウンドみたいな。カッチョいいね、ほんとにね。なんか、その製作過程の情熱みたいなものまでがスクリーンからジワッと染み出てきてるような気がしてくる。そういう映画。
ロスのハイウェイを運転していて『合流するのがこわい』と言うのは、小説『レス・ザン・ゼロ』の冒頭に出てくる象徴的なセリフだけど。この映画が同じロスの街で“衝突”をテーマにしているというのは何だか妙な偶然だな。
合流したら衝突する。
それは街のことだけでなく、人間と人間の間でのことでもあるし、この映画では人種間のことも含むし、もっと大きく考えれば国と国のことでもあるし。あらまぁ、深いかも。
あ、そういえばノナ・ゲイちゃんも出ていた。『マトリックス』シリーズとか、今はすっかり脇役系の女優さんとしておなじみ。なんだかすっかりキレイになってしまって、ビックラしました。