Less Than JOURNAL

女には向かない職業

クインシー・ジョーンズ、アメリカ版・私の履歴書。

名作からビミョー作まで、幅広いジャンルと心憎いラインナップのDVDを続々とリリースしているナウオンメディアからクインシー・ジョーンズのドキュメント『イン・ザ・ポケット』(の日本版)が出た。サン・ラからパーラメント、ゴールディまで……みたいな道筋によってブラック・カルチャーの歴史を追った必見ドキュメンタリー『マザー・シップ コネクション』と同時リリースだったというのは、やっぱし、『マザー・シップ〜』を買う若者たちもクインシーの基本くらいは知っておいたほうがいいよ〜というサブテキスト的な意味あいもあるのかな。

で、この『イン・ザ・ポケット』。もともとは自伝発売のタイミングにあわせて01年に米PBSで放映された番組のようだ。番組公式サイトにはクインシーの歴史についての長編エッセイやタイムラインなどの詳しいデータや、ハービー・ハンコックら関係者インタビューのアウトテイク映像なども掲載されている。
http://www.pbs.org/wnet/americanmasters/database/jones_q.html

子供の頃に暮らしていた家を訪ねて中を案内してもらったり、最近のレコーディング・スタジオでの様子、自伝の朗読CDの録音などなど近況映像をおりまぜつつ、幼年期からライオネル・ハンプトン楽団に在籍していたバンドマン時代、脚光を浴びながらもバンドの維持が大変だった困窮時代、黒人初のレコード会社重役になり、レズリー・ゴアの「イッツ・マイ・パーティ」などのヒット曲を次々と手がけたA&R時代、映画界への進出、そしておなじみUSA for AFRICAのレコーディング、マイケル・ジャクソンとの出会い、クリントンの大統領就任式でのコンサート……などなど、長くて長くて語りきれないキャリアをダダダダーッと駆け足でふりかえっている。いや、てゆーか、駆け足でないと振りかえれませんて。このオッサン、いったい何十人ぶんの人生を生きてきたのだというミスター・ワーカホリックですから。わたしなどは「ホワッツ・ゴーイング・オン」も「スマックウォーター・ジャック」も「ノルウェイの森」も、オリジナルより先にクインシーのアルバムで知ったような絶対服従系クインシーっ子なんですが。それでも、それはオリジナル・アルバムをよく聞いていたとゆーだけの話で。テレビや映画音楽の世界でも数え切れないほどの作品を手がけ、「黒人のハリウッド音楽家」としての先駆者でもあるわけだし。60年代から始まるプロデュース作品の膨大さやら、そのほかのさまざまな社会的な活動やら、ひとつひとつとりあげても充分に大作ドキュメンタリが作れるほどにたくさんの偉業を残してきた人なわけで。だから、まぁ、その人生を回顧するドキュメンタリーに完璧なレトロスペクティブを求めるのはムリだとゆーのは承知しているのだが。ただ、やっぱし、せっかくの伝記映画としてはちょっとユルい感じは否めないかなぁ。同じように回顧不可能と言われてきたディランの『ノー・ディレクション・ホーム』というバイオ映画の頂点みたいな作品を観てしまった後、というせいもあるのかもしんないけど。まぁ、ハンプトン楽団でトランペットを吹いてる映像とか、昔の映像・写真なんかは面白かったものの、いわゆるソロ・ワークスに関しては『私の考えるジャズ』から、当時はまだ新しかった89年の『バック・オン・ザ・ブロック』までいきなり飛んでゆくよーな慌てっぷり。映画/ドラマ音楽も、プロデュース・ワークも代表作の紹介という枠を出ていない。関係者インタビューはいろいろ出てきて、特にクラーク・テリーとか古いミュージシャン仲間たちの話はとても興味深い。ただ、音楽界から映画界、そしてクリ金トン前大統領までという多岐にわたる人選の整理が難しかったのか、それほど膨大な素材があったわけではないのか、関係者発言でストーリーをつないでいくような緻密な構成力は感じられず。そもそも、元・奥さん(←2番めの)がやたらえんえんと音楽に関する事実関係とかクインシーの考えてたことについてまで語っていたりするバランスの悪さは何なんだ。みたいな(笑)。
あと、これは元の映像がそうだったのかもしんないけど、出てくる人たちの名前のクレジットが全然出てこないのはちょっと不親切すぎる。有名なミュージシャンばかり出てくる作品ならともかく、シドニー・ポワチエだのアレックス・ヘイリーだの出てきたってわかりゃしないです。たとえばオプラ・ウィンフリーが出てきて、しがないテレビのチョイ役女優だったオプラをクインシーがたまたま深夜番組で見かけて、自らが製作した映画『カラー・パープル』に大抜擢した……という話をしていて。今、女クインシーと呼ばれるまでに(呼ばれてねーよ)成功をおさめ、アメリカで最も影響力を持つアフリカ系アメリカ人女性であるオプラが世に出るきっかけを作ったのもクインシーだったというのは非常に興味深い話なんだけど。いかんせん、日本ではオプラ・ウィンフリーなんて顔どころか名前すらも浸透していないし、名前のクレジットが出てこないと話の流れも見えてこないよーな場面がいくつもあるんですよ。これはかなり残念。あと、ナレーションをしてるのがハリー・ベラフォンテだったり、やはりQちゃん特番ということで、いかにユルい台本とはいえめちゃめちゃ豪華な面々が協力をしていたりするのであります。そのあたり、原版になかったとしても解説で補足するとか、もちょっと丁寧な説明があったらよかったのになーというのが、ちょっと残念ではあります。もちろん、リリース自体は快挙なので感謝の気持ちを捧げつつ。ですが。
まぁ、わたくしとしてはクインシーの巨匠らしいブッ飛びオヤジぶりが見られるだけで楽しいから楽しめましたけどね。「ジャズにはこだわらない。ジャズのレコードの定義とは、2万枚しか売れないこと。がーっはっはっはっ」みたいな。この人の口から出ることの半分以上は、この人だから許されることで、しかも別に勝手なことを言ってるわけでもなく、単にみのもんた級にエネルギッシュで、何を言ってもあらゆる人々を圧倒しているというだけなんだけど。貧しかった子供時代、あちこち盗みに忍び込んだりする悪さをしていて、ある日、兵器庫か何かに入った時に、最初はそこにあるものを勝手に飲み食いして遊んでいたんだが、そのうちピアノが置いてある部屋を見つけて、そこで初めてピアノを弾いた。その瞬間からピアノが醸し出す音色のマジックに魅せられて、今に至るまでずーっと音楽を追い求めているのさ……という、パッと聞くとイイ話をしてるんだが、よくよく考えたら不法侵入と窃盗の話じゃん。みたいな、そーゆーとこがスゴいです。そんなわけで、よい子は絶対にQのマネをしてはいけません。

クインシー・ジョーンズ:イン・ザ・ポケット [DVD]

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