Less Than JOURNAL

女には向かない職業

私の頭の中の今剛〜『Reflections』ふたたび〜

3日前、ついに念願の『Reflections』を入手。しかも、紙ジャケしかなかったんで紙ジャケを購入いたしました。ああ、懐かしい。「歌は世につれ」と申しますが、「ジャケも世につれ」ですな。タバコの先端でL−O−V−Eの文字を書く寺尾聰。その小さなパッケージを手にした途端、わたしの心は遠い昔の数寄屋橋ハンターへと引き戻されたよ。そこかしこに昭和の匂いがたちこめる、ウナギの寝床のような数寄屋橋ショッピングセンター。パタパタとエサ箱を漁る風音が響く店内。ニューミュージックのコーナー「た」を繰りながら、わたしはひとり呟く。
「てらお、てらお、てらお……くそーっ、またてらお。この店にはてらおしかないのか」
すいません。ちょっとウソです。デフォルメかけすぎました。
それはさておき。歳月を経て聞いて思うのは、やっぱりものすごい大名盤である。ただし、若者が古い音楽をほめる時の「今聞いてもぜんぜん古くさくな〜い♪」とゆー音楽ではない。もう、確実にバリバリに80年代初頭という時代の音そのもの。しかし、だからと言って「古くさい」のではない。しかし、ワインみたいにずーっとしまっておくことで熟成の味わいが出るとゆーものでもなく。かと言って、ずーっとしまっておいても味が変わらないように作られた非常食みたいな素っ気ないモノではなくて。20年後にフタを開けたら、その場の空気まで20年前に戻ってしまう……なんだか竜宮城の玉手箱みたいな。
無意識のうちに、時代の空気ごと真空パックしちゃった……のかもしれない。
ここ10年くらいのエイティーズ・ブームによって、久しく“ダサい音”の代表とされていた80年代ジャパニーズ・スタジオミュージシャンサウンドみたいな音は「なし」から「あり」に変わった。つまり「今」との接点が生まれ、オシャレになった。で、ある意味、そういうサウンドの頂点と言ってよい『Reflections』だが、あまりにも頂点なので「今」との接点がないのである。時代の空気というものを、あまりにも完璧に体現している……すなわち、あの時代がそっくりそのまま“真空パック”されて完結してしまっているわけだ。
ラテン・フュージョン風の「HAVANA EXPRESS」から始まって、日本っぽいオールディーズ「渚のカンパリソーダ」とか、「マッカーサー・パーク」調のやたらめったら壮大な組曲ふう「二季物語」とか、もちろん3連発ヒット・シングル「ルビーの指環」「SHADOW CITY」「出航 SASURAI」とか。ものすごく久しぶりに聞いたのに、久しぶりという気がしない。このアルバムによって、結果的に寺尾聰はいわば“アルバムとしてのワン・ヒット・ワンダー”みたいな珍しい現象になったわけで。それも納得。彼自身にとっては幸か不幸か……なのだけれども、たった1枚のアルバムでひとつの時代を完結させてしまうほどの完璧さ。このアルバムの見事な完結ぶりというのは、まさに音楽史上に残る奇跡。ああー、もう、歌とか声とか曲とかだけでなく、音像とか漂う空気感をひっくるめてまるごと懐かすぃー。
“音像ごと懐かしい”とはどういうことかと説明すると、
「♪俺に返すつもりならば捨ててくれ」
というのを、フツウは歌詞・メロ・声で記憶している。で、まぁ、それに付随するかたちでアレンジを覚えているわけだが。この曲の場合は、
「♪俺に返すキャッキャーンつもりならばキャッキャッーン捨てーてくれーキャーンキャーンキャラララキャララーンちゃららちゃららチャーン」(←イメージ表記)
というふうに、歌もギターの音色もリズム隊のアンサンブルもすべて同格に、同一線上に並ぶかたちで記憶に残っているわけだ。しかもイントロからエンディングまで。
ああ、ひょっとしたら同一線上というのは『Reflections』のポイントのひとつかもしれないな。なぜなら、このアルバムのコーラスって輪唱が多いんだ。フレーズの復唱。しかも、追っかけがデカい。やたらデカいんです、ほんとうにデカいんです。そこがさすがサベージというか、ちょっとGSっぽい匂いなんだなぁ。名盤とは往々にして、こういう風にちょっとヘンなスパイスが密かに効いてるものだったりする。あ、あと「ルビーの指環」の、まるでサビと大サビみたいなAメロBメロだけでできてる構成とかもちょっとフシギ。
さて。ここでようやく本題。そんなわけで、この3日間ほどそんなことをつらつらと考え続けている。なぜかというとルビーの指環』が頭から離れなくなってしまったのです。頭の中でえんえんと鳴り続けているので、気持ちを大きく逆方向に振り切ろうとしてオーネット・コールマンエリック・ドルフィーを爆音で聞いたりしてるんですが。ふと気を抜くと♪そーしーてー2年の月日が流れ去り〜とか、いろんなフレーズが突如カットインしてくる。いやぁ、好むと好まざるにかかわらず曲が“出ていってくれない”という経験を久しぶりに堪能しております。ああ、当時もこんな感じで人々の頭を占拠していたのだろうか。しかも、前述のように音像まるごと脳内占拠だからなぁ。
特にギターの音色が。エリック・ドルフィーが死の4ケ月前に放った咆吼も、脳内「ルビーの指環」が流れ出すと今剛にシャッポを脱ぐ。ルビーの勝ち。当時のポップ・シーンを象徴する音である。あの頃のギターといえば、右を向いても左を向いてもルカサー、ルカサー、グレイドン、グレイドン。それが好きだったかというと、わかんない。今となってはたぶんあんまり好きでなかったんじゃないかなーと思うんだけれど。当時は好きとか嫌いとか判断する余裕もないくらいに蔓延していたから。でも、やっぱりそういう“時代の音”といわれる数多のギター・サウンドの中でも、このアルバムに参加している今剛と松原正樹の音というのはぶっちぎりの高みにいた。TOTO〜エアプレイ系ギター界におけるONみたいな存在だ。そんなわけで、ものすごく回りくどく書いてしまいましたが、つまり『Reflections』というのは結果的に、本質的な意味での“バンド・アルバム”だと思う。サベージ解散から10年以上の時を経て、ふたたび積極的に音楽シーンに関わってゆこうと意を決した寺尾聰。そして、気鋭のスタジオ侍たち……まだ若い新進アレンジャー/プレイヤーだった井上鑑を中心に今剛、松原正樹、上原裕、林立夫土岐英史などなど。ある意味、新人のような心境であったはずの寺尾と、音楽シーンのド真ん中で新しいムーブメントを模索していた若手プレイヤーたち。彼らの出会いが、世にも稀なる化学変化を生み出したのではないだろうか。で、たぶん、寺尾聰という人の立ち位置が何よりも奇跡だったんだと思う。当時は歌手というよりも俳優として有名で、だけど精神的には圧倒的にミュージシャンとしての部分が大きい人で。お茶の間的には顔も声もよく知られている人だけど、シンガーとしては新鮮な存在感があって。
で、このアルバムを聞くたびに、先日ここで紹介したキリン・ラガーのウェブサイトに行って寺尾聰with FriendsのCMメイキング映像で「ルビーの指環」を聞きたくなる。オリジナルを聞いてから、CMバージョンを聴くとまた新鮮なのだ。最初CMを観た時は「昔と全然変わってないじゃーん」と思ったけど、それは大間違い。あの頃とまったく同じアレンジで同じ音(特に今剛の音!)を出しているのに、それぞれの成熟がグルーヴの“余裕”として音に出ている。そこがいちばんの変化。で、だからものすごくいいセッションだ。びっくりするくらい「変わらないこと」をやっているのに、確実に変わってる。このメンバーでライブをやるらしいが、かなり楽しいことになるんじゃないかなぁ。ま、ただし高水健司山木秀夫は『Reflections』には参加してなかったんで、あの作品中の演奏との比較はできないけど。ただ、それでもやっぱし当時、同じシーンで同じような環境の中で活躍していた音楽仲間ですからね。
CMのほうは、冒頭に書いた「今聞いてもぜんぜん古くさくな〜い♪」的な流れに属するカッコよさだ。なんか、ものすごくオトナのグルーヴだ。最近の若手たちが憧れるエイティーズ・サウンド、みたいな感じ。山木秀夫のドラムスも大きいのかもしんないな。80年代初頭、ギターはルカサーでグレイドンだったように、ドラムはみんなポーカロでガッドだった。かなり余談であるが、ポーカロをこよなく愛するMEN'S 5のドラマー・館一五六七(たちいちごろしち)氏の“たちいち”という名前は、エイティーズ・ドラムスの基本であるハイハットの♪タチーチ、タチーチ〜に由来することは知る人ぞ知る事実である。で、そんな中で、山木さんのドラムというのは当時からちょっと違う場所にいた。メインストリームの中で、絶対に他と混じっていなかった。なので、この2006年にやる「ルビーの指環」でドラムが山木秀夫というのはナルホドとヒザを打つ次第である。つか、他のメンバーも含めて“今”で“変わらない”というテーマを体現するにバッチリの理想的な顔ぶれが揃ってるなぁと思う。しつこく観てるうちに大好きになった。サビにハモりが入ってないのは、レコードというよりも歌番組のTVバージョンを思い起こさせて、それはそれで別の懐かしさも呼びさましますわ。このCMバージョンをCD化してくれないかなぁ。
♪そーおーねー誕生石ならルビーなのぉ〜
あぁぁぁぁー! こうしている間にまた、頭の中で「ルビーの指環」が始まった。ギターが、ゴキゲンにチョーキングってます。ああ、誰か止めてー。この曲だけでなく、このアルバムはマジでやばい。中毒になる。しかも、そのうちフッと我に返ってパッと飽きてしまうことがわかってて中毒になっている。ああ、だからハンターにいっぱい売ってたのかぁ、と、ふたたび2月27日の日記に戻るのか……曲だけでなく日記もリピートか!?

でも、そろそろ私の頭の中の今剛さんを誰か止めて〜(泣)。