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女には向かない職業

輝く!日本レコード大将 2013《クラシック編》

「日本レコード大将」とは、その年に購入したレコードの中から勝手にオレの《大将》を選ぶまつりである。(ウェキペディアより)

 今年は年末30日にCRTがあるので、ロックのほうのレコード大将はそっちで散々やると思う。ので、そうじゃないほうを選んでみようと思う。年末にレコード整理をしながら、今年の購入はとうとうロックよりクラシックのほうが多くなってしまったことに気づきました。ここ数年、そろそろやばいと思っていました。いつかは逆転するだろうと思っていました。で、とうとう逆転しました。趣味は趣味として多少は自制していたけど、今年から自制やめたんです。というか、素直な話、近年は新譜でいちばん楽しいのがクラシック系なので。自分の好みというのも当然あるが、もしかしたら世代交代の時代というのも関係しているのかもしれない。

 では、さっそく今年の栄えある(ねぇよ)レコード大将グランプリを発表します。



シューベルト:交響曲3&4》
パブロ・エラス=カサド指揮
フライブルクバロックオーケストラ(Freiburger Barockorchester*1
Harmonia Mundi


 好きなCDと考えると、たくさんあるし。クラシックの場合はコンサートやストリーミング放送とかを考えると、CDというメディア限定で選んだ演奏がベストとしてどうかというのは難しいところだし。
 けれどレコード大将については《CD》というモノならではの存在価値を発揮した音楽という風に定義することにした。で、結局のところ、今年いちばんよく聴いていたのは何かなと考えてみると……自分でも意外だったのだが、たぶんこれだと思う。
 気鋭のスペイン人指揮者エラス=カサド、ハルモニア・ムンディからのデビュー盤。“古楽界のベルリン・フィル”こと名門フライブルクバロックオーケストラを従えてのシューベルト3&4。指揮者の名前は見たことがあるくらいで、実はよく知らなかったけど。なにげなく買って、なにげなく好きになって、気がついたら今年いちばんよく聴いていた。という、なんだか、中学生の初恋みたいなアルバム(笑)。てことは、素直にいちばん好きなアルバムなのだと思う。
 よって、このアルバムを2013年のレコード大将とする。
 このアルバムを買った理由は、今、ノッてるツイてるハルモニア・ムンディからのリリースだから“レーベル買い”というのもあったのだけど。それ以上に、ジャケのインパクト。今年の“ジャケ買い大将”でもある。

 このジャケを見たとたん、聴いてみたいと思った。キラキラしてる!と思った。エラス=カサドの溌剌とした勢いといい、この構図が醸し出す絶妙な空間感といい。レヴューや評判を読むよりも先に、現物を手にして自分の耳で確かめてみたい。そう思わせる魅力を感じた。



 元気はつらつ!


 こんな光景を、前にもどこかで見た……ような……………………





 あ。









「ひゃっはー!イリュージョンなっしー!ぷしゅー」

※写真と文章は関係ありません。








デジャブだったんか(´Д`)。






なんですか。これ、もしかしたら、若手指揮者がアメリカで成功するためには避けては通れない伝統的ポーズか何かなんですかね。
日本人には、ハラタツの入団会見ジャンプとしか……。



 それはさておき。


 このアルバムの魅力は、まさにジャケ通りのイメージ。とにかく、このアルバムを聴いていると確実にあがる。元気な演奏は、元気になる。楽しい。しょっちゅう聴いていた理由は、そこに尽きる。なんとなく何か聴いていたい時にはこれ。こんなにあがるシューベルトって初めて!みたいな。
 最初の摑み、古楽オーケストラというイメージを超越した痛快な“鳴り”。ここでまず、びっくりする。晴れやかで豪快な音像は、さすが“古楽界のベルリン・フィル”。が、これだけクールなバランスで華やかに痛快に鳴らしてのける指揮者も見事。斬新とか特異という意味ではなく、きっちり古典なのに“今”の歯ごたえがある感じというか。あとは、クールな躍動感とか。そこらへんは確実に、若いエラス=カサドの手腕だろう。男性的な柔らかさや鷹揚さをたたえながら、ガツンとパンチが効いている。しかもロマンティックなところは、遠慮なくとことんロマンティック浮かれモードで突き進む……みたいな。そんなところがカッコいい。たとえるならば、やんごとなき高学歴ガテン系男子(手芸部所属)みたいな魅力である。そんな男子、見たことないけど。

 パブロ・エラス=カサドは77年、スペイン・グラナダ生まれの36歳。

 2011年からNYCのセント・ルークス管(Orchestra of St.Luke's)の首席指揮者。実を言うと、エラス=カサドのことは今秋あたりまで全然知らなかった。このアルバムがよかったのと、11年にメンデルスゾーンを振ったベルリン・フィルのデビュー公演をデジタル・コンサート・ホールで見たくらいの知識のみ。興味を持ってから検索してみて、古楽と現代音楽の両方で非常に高い評価を受けていて、すでに欧米の名門オーケストラの数々でデビューを果たしていることを初めて知ったくらい。日本にも09年にシュトックハウゼン『グルッペン』の指揮者のひとりとして登場したり、N響で客演したりしていたようだ。古楽と現代音楽の両方でしっかり個性を発揮していて、それぞれに高く評価されていて、オペラも得意とは。細川俊夫の新作オペラの世界初演も指揮したとか。ハーディング、ネルソンス、ネゼ・セガン、ちょっと下のドゥダメル……という世代で、ここにも将来が楽しみな若手がいたんだなぁと嬉しくなった。ドゥダメルと同様、数少ないスペイン語を母国語とする在米指揮者だし。と。

 なんと、そうこうするうちに、全米最古のクラシック業界紙(今はネット主体だが)《Musical America》が今年の“コンダクター・オブ・ジ・イヤー”にエラス=カサドを選出。いやぁ、びっくりした。そりゃあ、勢いもあるはずだ。とりわけ米国音楽ウォッチャーとしては、今、もっとも目を離してはいけない最重要指揮者だったのだ。すでにそこまで注目株になっているとは知らなかった。不覚でした。

 《Musical America》といえば、日本ではまったくどーでもいいメディアだが(ていうか、米国でも単なる業界ニュースWEBだが)。ショービズとしての米国クラシック業界がどっちの方向を向いていて、お芸術ではなく商売としてのクラシック音楽は今、どんな塩梅で何がどうなっているのか……という下世話な動向を知りたいミーハーには不可欠のネタ元。ちなみに昨年、同紙のグランプリ(というか、ホール・オブ・フェイム的なものか)《ミュージシャン・オブ・ジ・イヤー》を受賞したのはグスターボ・ドゥダメル。今年は『ポーギー&ベス』他でトニー賞を5回受賞していて、最近はTVドラマ『プライベート・プラクティス』に出演するなどクロスオーヴァーな活躍を続ける歌手/女優のオードラ・マクドナルドが受賞している。こういう絶妙なジャンルまたぎ、この感じがまさに《Musical America》。

 “コンダクター・オブ・ジ・イヤー”のニュースと前後して、偶然なのか何なのか、エラス=カサドの名前をあちこちで見る機会が多くなった。首席指揮者を務めるセント・ルークス管とのカーネギーホール公演が大成功という新聞記事も読んだし。いちばん大きな話題としては、メトロポリタン・オペラへのデビューだろうか。しかも昨シーズンの新演出、マイケル・メイヤー演出の『リゴレット』再演で! オマケに、ディミトリ・ホロストフスキーがメトで初リゴレットを歌うという話題の公演で! この新演出は賛否両論あるものの、とてもニューヨークらしいという評判で、とりあえず“興行”としては大成功している。キャスティングも大物続々。そんな人気演目でのデビュー。いくら実績があるとは言え、このタイミングでの大抜擢にはびっくりした。話ができすぎている、とは言わないが。アメリカショービズ的に、ドゥダメルに続くスター指揮者を作りたいという思惑がないとは言わせない(にやり)……と、ちょっと邪推してしまった。もちろん、好意的な意味でね。
 この『リゴレット』はラジオの生中継で聴いた。放送で聴く限りでは歯切れよくグルーヴしていて、男性的な力強さもありつつロマンチックな泣きもたっぷりで、歌心を感じさせる演奏が素晴らしかった。評判もよく、NYタイムズの小言おやじトマシーニさんも褒めていた。初演のマリオッティよりも、こっちのほうがポップな演出には合っていたというのもあるかもしれない。あくまで音の印象だけど。

 前々から、セント・ルークス管も一度は見てみたいオーケストラのひとつだった。なんたって、グリニッヂヴィレッジ発祥のオーケストラですから。アラン・ギルバートが地元NYのカーネギーでデビューした時も彼らとの共演だったし。NYフィルが読売巨人ならば、セント・ルークスはヤクルトスワローズみたいなイメージ。そこに首席指揮者として迎えられているという事実も興味深いことだし。セント・ルークスの公演スケジュールを眺めていると、彼が指揮するプログラムはいつも魅力的。来年になると、いよいよニューヨーク・フィルでのデビューも予定されている。これもよさそうだなぁ。
 とにかく、いちどはナマで見てみたい。そう思える若手指揮者と、久々に出会った。最初にドゥダメルを聴いた時のことが、ふと頭をよぎる。どんな曲でも新鮮に響かせて、その構造を視覚的に描き出して、聴き手をワクワクさせてくれる……という、あの、理屈では説明のつかないフシギな感じを、ちょっと思い出させる。そういうタイプ。
 別に髪型が似てるから思ったわけじゃないですよ。そもそも、今はもっとヒゲぼーぼーでぜんぜん違う雰囲気だし。

 そんなわけで、期待もこめての大将です。

 他の部門(最優秀パンダ大将とか)については、また明日以降。

*1:日本語表記だと主に「ヘラス=カサド」だったりするけど、目が落ち着かないのでこう表記します。