Less Than JOURNAL

女には向かない職業

宇宙戦争

ダコタちゃんまつり第2弾、ということで。

はぁ〜、つかれた。

テーマ・パークのものすごいCGツアー・アトラクション(2時間コース)みたいな。
これは映画としてあーだこーだ語る作品というよりも、世界一お金のかかった娯楽とゆーことで楽しめばいいのだ←いい意味で。
自らの『未知との遭遇』や『ジュラシック・パーク』を始めとして、他にも元祖『宇宙戦争』から『インデペンデンス・デイ』や『タイタニック』まで、古今のあらゆる映画の大災害シーンの醍醐味や、さらには深作監督ばりのハンディカメラで9・11テロ発生時の生々しいニュース映像をも想起させたりもして、とにかく虚実さまざまな“恐怖”をみっちり詰め込んでコラージュした映画。
加えて、理由もなく追われて追われて破壊されて……というのは、構造としてはまさに『激突!』。やっぱり、音楽でも映画でも処女作とはその人の未来の予告を内包しているものなのかのぉ。

びゃーびゃー泣き叫ぶダコタちゃんは、内に秘めた恐怖の微妙な変化をいろんな“泣き”で見せた『ハイド・アンド・シーク』での三國蓮太郎ぶりとは別人のように、大作映画における“子役”の役割をしっかりと果たしていた。ダイコンなトム・クルーズに恥をかかせない程度の押さえた演技、というオトナの気配りが心憎い。
これからは、ダコタちゃんを“おやっさん”と呼びたい。

この映画を、もっともっとリアルな人間ドラマとして丁寧に描いてゆくと、M・ナイト・シャマラン監督の『サイン』になるのだろう。が、スピルバーグには『サイン』は撮れないし、シャマランに『宇宙戦争』は撮れないし。比べてあーだこーだするのは野暮とゆーもので、こういう「リアリティがあるようにみえる非リアリティ」な映画というのはやっぱしスピルバーグの大作映画でしか成立しえないわけだから。

ただ、これが2005年の映画だというリアリティはものすごく感じた。それはつまり、この映画が、人々の恐怖という概念が確実に変わった9・11以降、イラク戦争以降の映画だということ。逃げまどう群衆がめちゃめちゃに攻撃されてゆくシーンの中に「人にやられてやなことは、自分もやってはいけない」というメッセージを見た……気がする。ドッカンドッカンとド派手な超ハリウッド映画を作りつつ、どの作品もどこか100パーセント痛快になりきれない、ノド奥に小骨がひっかかってるよーな後味を残す……ということをきっちりやり遂げ続けているのが、スピルバーグ映画の凄さなのかもしれない。

まぁ、しかし、こんな世界最高にカネのかかった超大作ヒット映画で、わたくしがいちばん感動したのは、トム・クルーズがダコタちゃんに向かって子守歌がわりに口ずさむ「リトル・デュース・クーペ」であった。いやぁ、申し訳ない。正直、何十億円かかってるかわかんない宇宙人登場のシーンよりも驚いた。だって、明日は地球が滅亡するかもしれない時に、父と娘の最後の交流になるかもしれないって時に「リトル・デュース・クーペ」を歌うとは! いやー、スピルバーグ監督ありがとう。たとえそれが、トム・クルーズ扮するベタベタな“ガテン系庶民”の設定として「どーせ高尚な歌なんか知らないから、地球が滅亡する時でもビーチボーイズかなんか口ずさんでんじゃねぇーの? きゃはは」と、宇宙人が地球人を見下ろすくらいの高さから思いついたことだったとしても許す

《この映画を観て、今、いちばん言いたいこと》
いちばん泣けるシーンにビーチボーイズを使ってくれてありがとうございます!

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