Less Than JOURNAL

女には向かない職業

いい歌・夢気分

MAMALAID RAG寺尾紗穂 @代官山・晴れたら空に豆まいて

 食物には、カラダを温める素材とカラダを冷やす素材がある。お料理上手さんは、そのあたりのバランスをちゃんと考えているのでしょうが。わたくしのようなズボラは、あまり気にしない。でも、たとえば「ここんとこ、あたためる系が不足しているなぁ」というのはカラダでわかるし。いくらおいしいものばかり食べていても、カラダを冷やすばかりだと今ひとつ満たされないというか、妙な不安感があるというか……なんというか、つまり、カラダの中から冷えていると、心も冷える。てことだ。

 で、たぶん食材の問題とは別なんだけど。その、いわゆる「家庭料理があったかい」つーのを筆頭に、作り手や届け手の温かみというのも食物に確実に反映されている。別に、ファストフード批判ではないし。ファミレスやコンビニの食事にも、それを考えた人や作る人、運んでくれる人の気持ちみたいなものが反映されていて、とても幸せな気持ちにしてくれることもあるわけで。が、たとえば雑誌に載ってるような有名店でもね、人気にアグラをかいてテキトーに作ったり、店員がイライラムカムカしながらサービスしているようなものは、なんだか食べ物本来の温もりが奪われているような。ちょっとカラダに悪そう。そんな感じがする。

 音楽も、同じことだ。
 いい音楽とか悪い音楽とか、それは個々の主観で。だから、まぁ、その音楽が「冷やす」のか「温める」のかを一般論として断言することはできないとしても。やっぱり、心が冷えていくような音楽も多いなと。それはジャンルには関係ない。テクノでキンキンやってる機械音楽は冷えるとか、アコースティックでほんわかしてるから温めるとかいう単純な問題ではないですよ。ハートウォーミングでチャーミングで、人々の心を優しく癒してウンチャラカンチャラと(笑)謳っているわりに、その本質はゾッとするような、心を冷え冷えとさせる空虚な音楽もあるだろうし。逆にひゃくまん、にひゃくまんと売れるヒット曲でも人肌の温もりに満ちた音楽もあるだろうし。また、「冷やす音楽」イコール「悪い音楽」ではない。という、これもまた面倒くさいところなのだが。むつかしいことに、いい音楽だとは思うけど心を温めてはくれない音楽っつーのもたくさんあるわけで。まぁ、ジャンクフード同様、カラダに悪い食い物は旨い!みたいなこともあるしね。わたしも、いくつになってもジャンクフードが好きで止められないしね。
 以上、すべてあくまで個々の主観の問題ですがね(笑)。

 最近、なんか、カラダの芯から冷えるような音楽は本当にヤになっちゃったんです。心底から。たかが音楽でも、そういう音楽が頭の中に残っていると、気づかぬうちにネガティブ志向の温床になるんですよ。まじで。

 寺尾紗穂さんの音楽は、冷えない。
 聞いただけで目の奥から、じわッと温かくなっていく。音楽に対する純粋で素直で素朴で、なおかつ崇高で超常な気持ちを……すなわち、「最初は、こんなふうな気持ちを知ったから音楽を好きになったんだっけなぁ」という、郷愁にも近い初心を思い出させてくれる。その手触りは、むしろヒンヤリしているのだ。でも、温まる。日本家屋の縁側のような、ちょっと湿りけのある心地よいヒンヤリ感。みたいな。その、ヒンヤリした温もり……というのは、日本語の、残酷さや厳しさまでをも含めた《美しさ》を体現する、「日本語の音楽」ならではの魅力ではないかと。この独特の感触、絶対音感ならぬ絶対体温を感じさせる音楽だから、彼女には「日本語のロック」史を継ぐ者としての頼もしさを感じるのかも。

 昨年9月以来、彼女のライブを見るのは二度目。MAMALAID RAGとのツーマンだったのだが、どうしても外せない用事があって、前半の寺尾さんのステージだけを見て退去した。久々にMAMALAID RAGが見られると思ったのに、残念。悔やまれます。が。寺尾さんのステージは、本当に素晴らしかった。いい音楽で、いい気分。うれしかったなー。ひと声、ひと声が丁寧に手渡されて、心の奥まで染みこんでゆくような感じ。彼女が弾くピアノが、歌声と共に喜んだり弾んだり、ふわっと浮いたりするのが伝わってくるたびにドキドキする。本当に、なんというか、心に《くる》音楽。否応なく心にすべり込んでくる。英語でいうところのエモーショナル。動かされる音楽、というのはこういうことだとあらためて実感した。最初はちょっと不安げなところがチャーミングで、だけど、だんだんと彼女の歌で空間が満たされてゆき、やがてふとした瞬間、場の空気がパッと彼女らしい温度に変わるのを感じる。以前、彼女と共演したミュージシャンが「その空間の、支配感がすごいんですよ!」と言っていた。その意味、ライブを見るとわかる。本人に「支配」の意識があるのかどうかわからないけど(あんまりありそうにも見えないけど、どうなんだろう)。

 ある種、ものすごく緊張させる音楽で。でも、なおかつ、ものすごくリラックスさせる。その両極端の中にある音楽、というところが大好き。歌の中にある暗さとか哀しみとか、その場にいたら否応なくそっち側にぐーっと引っ張っていく強さがある。けれども、反面、天性の明るさ、または朗らかさみたいなものがずっと根底に流れていて。だから、どれだけシリアスでダークな世界観が歌われていても聞き手が《落ちない》。さっきからグダグダ書いている《カラダを温める音楽》云々も、つまり、彼女の音楽の場合は、根底にある温かさがいつも伝わってくる……というだけのことなのかもしれない。天才ならではの、独特の明るさってあるでしょ? モーツァルトの昔から。太陽のような、自力で発光できる存在ならではの陽気さというか、自分が想像もつかない場所へと向かっていることすら楽しめてしまうポジティブさというか。天にもらった才能だから、運を天に任せるのは当たり前だよーんと言えてしまうような、そういうドッシリと安定感のある明るさ。そこに、わたしはものすごく安らぎを覚えているのかな。という気がしている。

 わたしはライブのアンケートを書くことは、まずないのですが。昨年9月に見に行った下北沢での寺尾さんのライブで、おそらく20年ぶりくらいに書いた。これからレコーディングする新曲をたくさん歌ったライブだったので、記憶違いでなければ「愛の秘密」という曲がよかったです、と書いた。そして、なんと! この曲は来月、4月22日にリリースされるニュー・アルバムのタイトル・チューンになった。いやー、ものすごーくうれしい。今まで、仕事上のなりゆきで「アルバムのタイトル曲、どれがいいと思いますか?」とか相談されたことは全然いっぱいあるが。それは仕事上のなりゆきなので、仕事的にはお役に立ててうれしいけど個人の喜びっつーのとは別問題なわけです。が、ライブで初お披露目された曲の中から、いちばんよかったですとアンケートに書いた曲がタイトル・チューンになるって、別に偶然なだけだけど(笑)、なんかこう、リスナーとしてハナマル貰ったような、特上クラスの満足感があるな。しかも、今回は、前作『風はびゅうびゅう』で書いたレヴュー記事を見たレコード会社の方が連絡をくださって、新作のプレス資料用の文章を書くことになった。ビックリした。なんと光栄な。でね、自慢じゃないが、ふだん、わたしはプレス・リリース用の記事はわりと得意なほうなんですよ。しかし、この件に関してだけは、書けば書くほど、我ながら頭のネジがゆるみきったファンの投稿みたいな……(涙)。美しい日本語づかいの寺尾紗穂さんが、眉をひそめて赤ペンで「てにをは」直したくなりそうな文章を寄せさせていただきました。こっそりと。

 ちなみに。このブログでは、自分が好きなものについて書いても「これを買ってください」てなことはあまり書いたことがないと思うんですけどね。わたしが考える、今、この時代における音楽の理想的なありかたとか、日本語で歌われるポップ・ミュージックのもっとも新しいかたちとか、自作自演でなければ成立しない表現スタイルの必然性とか、キャロル・キングローラ・ニーロと同じ意味で「女性シンガーソングライター」という肩書きが似合うっていうのはどういうことか……とか。そういうことを、わたしが文章で書いているようなのだが珍監督ばりに文章が酷くてさっぱり意味わかんねーよ、と思っている人は、この『愛の秘密』を聞くと、「アンタ、そーゆーことが書きたかったんだね」とわかるかもしれないヨ! なんちて。とにかく、聞いてもらわんことには、なぜこんなにずーっとサホサホ言っているのかがわかってもらえまい!

愛の秘密

愛の秘密


 一昨日は、ムーンライダーズ(vs.相対性理論)@ロフト。こちらも書きたい感想はいろいろあったのだが、時間がなかった。また、4月のライブの後にでもまとめて。で、ライダーズの打ち上げで、とある日本語のロック当事者(ライダーズ世代の)の方々と「最近は洋の東西、二世ミュージシャンがいいねぇ」みたいな時事放談になって。ひとりが「そうだ、テラオクンの娘さんもミュージシャンなんだよ」と言ったら、それをご存じない方がいて「えッ!ベースのテラオクンの!?」と驚いていた。わたしは会話を聞きながら、ふたつの世代の音楽に同じくらいの大きなパワーを感じていられるって、本当にステキで幸福で、ちょっとフシギな気分になることだなー。と、ひとりニコニコしてしまいました。そういえば、明日はCRTなんですが、これまた「タツロウフロムナイアガラ」特集ですしね。今、BGMでは、どこかの路上にて拾得した、とある70年代の若々しいバンドのライブ音源が流れているのですが。ベースを弾いているのは…………まさに! そうなんです! おお、つながってるー!!! と、またまた感動。じぶん内では、脳内親子共演が実現!くらいの勢い(笑)。

TATSURO FROM NIAGARA

TATSURO FROM NIAGARA