Less Than JOURNAL

女には向かない職業

グリ五郎さんまつり

 ヴィットリオ・グリゴーロ@オペラシティ。スカラ座の珍企画『ウエスト・サイド物語』での初来日から12年ぶりの来日、初リサイタル公演。正直、歌手の来日リサイタル公演は当たり外れが大きすぎるので、あまり素直に楽しみに待つことができない。人気歌手ならいかにもアジア出稼ぎツアーって感じだったり、日本通のベテランならば緊張感のない演歌ショーみたいだったり。あるいは、誰かさんみたいに来ないとかね(´・ω・`)。でも、これは見てよかった! 

しかし、さすがグリゴーロ。すごかった。今、まさに旬の歌手が、ここまで真摯に「伝える」という情熱を持って来日公演をおこなってくれたということに感激。ベッリーニ、トスティ、ロッシーニヴェルディ、レオンカヴァッロとイタリア中心選曲。最後はクルティス「世界でただひとり君を愛す」、ダンニバーレ「太陽の土地」というイタリアン・テノールの星ならではのナポリ二連発で〆。で、アンコールは妙薬とトスカとオペラの十八番もサービス。とにかく、すべての瞬間、歌の伝わり方が半端じゃなかった。私、座席指定不可の啞然席で開演前まで不満ぶりぶりだったんですが、開演したとたん反省。まっすぐ自分のところに「歌が飛びこんでくる」のを実感できる。あの歌が聴けるなら、最前列でも天井桟敷でも極上天国席。歌がうまいとか声域が凄いとか、そういうことは芸術でいうところの「術」。その先にある「伝える」という力が「芸」。その両方に、とことん打ちのめされました。とにかく何がすごいって、彼による空間の“支配力”がすごい。完全に、彼のペースに巻き込まれていた感じ。だから、会場の雰囲気もほどよく緩んで(笑)、日本のコンサートにありがちな無駄な堅さもないし、逆にくだけすぎる不作法な感じでもなく、すごくいい雰囲気だった。彼が「パヴァロッティの再来」と呼ばれるのはイタリア人テノールで、容姿も麗しいスターであることだけでなく、オペラという土俵の中からオペラ・ファン以外の音楽好きにまで訴えかけてゆくカリスマ性のゆえんでもある。前半は燕尾服、後半はタキシードという、様式としての伝統はちゃんと踏まえつつ、その古めかしさをいかに「粋」に見せるかの演出も周到。おどけた踊りやジェスチャーで笑いをとったり、最後はゆっくりと英語で実直に語りかけたり、客席まで降りて歌ったり、アンコールの拍手を指揮しながら「ウイ・ウィル・ロック・ユー」歌ったり!と、サービス満点。照明を生かした、ちょっとした演出も見事だった。ピアノのスカレーラさんも素晴らしかったんですが、彼はもともとニュージャージー生まれのイタローアメリカンだと聞いて納得。グリ五郎さんはパヴァロッティ的なところもあるけど、カルーゾーとかランツァのようなアメリカ人好みのスマートなスター性が何よりも魅力。なので、そのあたりも理解してうまく引き出していた伴奏だったと思う。

 4年前に初めて舞台を見た時は、巧いけどもうちょっと線の細い若々しい印象があった。今は、若々しさと華やかさと貫禄と自信と使命感が絶妙にバランスがとれていて、本当に今、いちばんいい時期のライブを見られたんじゃないかと思う。ありがたい。チケット高杉でしたが(誰かさんほどではないけど)、まちがいなくお値段以上の価値でした。今度のポール・マッカートニー諦めて、こっちを選んで正解。オレの場合はね。「オペラをもっと親しみやすく」って、こういうことだよね。ティラミスのにぎり寿司やアイドルのプロデュースした面白メニューを出す回転寿司では、若者の寿司離れは止められない。うまい寿司を、気さくに食わせるしか道はないんだよね。